皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~
彼を迎え入れるために その2
「考えたくもないことを考えさせたかもしれん」
表情に陰りが現れたギュールス。
これまで彼の話を聞いてきたロワーナは、彼が聞いたら嫌悪する話であると知りつつ彼自身のことを敢えて聞いた。
ギュールスは彼女の予想通りの反応を示す。しかし今後彼に指示を出し、時には行動を共にすることもある。
自分のためにも彼のためにも、彼自身のことを出来る限り知り尽くす必要はある。
彼女の元に届いた数々の報告。
その報告の中にあった彼が嫌うもの。その一つである『死神』の二つ名は、逆にロワーナにとっては誇らしいとさえ思える。それよりも捨て去ってもらいたいものがある。
いつまでも『捨て石』のままでいてもらうわけにはいかない。
ギュールスは自身の種族上の特性により、その渾名にふさわしい役割を果たし、結果を残してきた。
その褒美という認識なのかその代わりとしてということなのか、国民の一人として冒険者という職に就き、魔族討伐の傭兵という立場になれたと思っている。
だが果たして彼の周りの者達は、同じ国民という立場として彼を見ているのだろうか?
何より、捨て石以外の役目を任されたことはないはずである。
彼の能力を最大限に生かすことが出来たなら、魔族をもっと短期間で退けることが可能なはずである。
そんな彼と出会えたきっかけは、袖が触れ合うどころではない。出会うことが非現実と思われるくらいか細い縁。
しかし代わりになる者がいない存在であり、討伐の戦場ではある意味他の追随を許さない戦績を挙げている。
せっかく手元に呼び寄せた人材を手放す気はないロワーナにとっては、そばにいるにふさわしい人物になってもらわないと困るのだ。
しかし、さらにその功績を挙げる原動力についてロワーナに尋ねられ、答えることばかりではなく、考えることすら拒絶反応を起こすギュールス。魔族の特性について考えないことや無視することが、自分の体の中から忌まわしい魔族の血を追い出す作業の第一段階としているようにも見える。
「お前のために何かしらの救いの手を伸ばす、というつもりは毛頭ないし、おそらくお前も望まないだろう。だがお前の今のままでは、我々と行動を共にすることがなかったらば、間違いなくお前には明るい未来は訪れん。理由はわかるだろう?」
重ねて質問されたギュールスは、完全に横を向いたまま固まっている。
答えたくない、考えたくないという気持ちが、部下達にも手に取るように分かる。
だからこそ彼女らもギュールスに問い詰めたくなった。
「考えたくもない忌まわしいその力は、何度お前の命を救ってきた?」
彼が有する魔族の特色は本当に聞かれたくないことであった。
しかしそれ以上に、触れられたくないことをロワーナは聞いてきた。
死んだら周りの者から責められずに済む。それはどんなに楽だろう。
しかし魔族に対する怨念は、自分の死で簡単に終わらせていいものか?
周りの人々が自分の中にある魔族を憎む。同じ憎しみを自分自身に向けることで、周りの人々と思いを一つにすることが出来る。その最大の機会を失って、みんなは自分のことを同じ国の民であると受け入れてくれるだろうか?
ニュールにやってきてから次第に大きくなっていった、自身への疑問である。
そして答えが出ない、彼の永遠の課題。
「その力が、多くの仲間……仲間と呼べる者はいなかったか。ならば同業者を救ってきた? その力がなかったら、我々はどれだけ魔族に対抗する力を失っていただろうか」
全国民は魔族を憎み、恨みはすれども、その力に感謝する者など誰一人としていないだろう。
それを近衛兵団を率いる者が、国民を励ます者が、その力について知ろうとしている。
しかもただの好奇心ではない。それを国のために活用しようと考えている。
「やむを得ず……。仕方なく使っているだけです……。使わずに済むのであれば、この力を全く使わないで窮地を切り抜けたことも何度もありました」
「力は使う者の意思次第で、多くの者に安らぎを与えたり多くの者に危害を加えたりするものだ。目的を持とうとする意志は、力そのものには存在しない。その中にあるのは性質のみで意志はない。お前が忌まわしいと思っているその能力もそうだ」
口は閉じているが、その中では思い切り歯を食いしばっているのが分かる。
ロワーナに反論したがっているようだが、その力が存在すること自体認めたくないようにも見える。
誰もがギュールスに、根深い葛藤を抱え込んでいるように見えた。
「……説教しなきゃならんことはいろいろある。しかしそれよりも今は先にやっておかねばならないこともあるし、お前の気持ちを乱したいわけでもない。だがせっかく作った鎧がその力でまた作り直しというのも手間がかかりすぎる。それにそのシャツだ」
いきなりいつもの格好に話題が変わったため、毒気を抜かれたギュールスはついまともにロワーナと目を合わせてしまう。
「シャツ……って、これが何か? これで自分は不都合は」
「ないだろうな。だがスライム系の魔物は触れた物すべて溶かすというぞ? そのシャツが溶けないなら、我々のような鎧も溶かすことはないだろうとは思ったが、体を変化させる能力の妨げになるのではないか? お前の能力を生かしつつ、我々の鎧と揃いに見える防具を注文する必要があるのでな」
その説明が、自分の体の特徴よりも装備の話が中心であるために、普段から忌まわしく思うその力についてつい考え込むギュールス。
「えっと、自分の能力で自分の装備を劣化させることはないです。自分の怪我のついでに敗れたり、その……洗濯で強くこすりすぎたりして……」
シャツと一言で言ってはいるが、いわゆるランニングのように肩にかかる生地が極端に細く、腕を通す部分が広く、肌の露出が多い下着である。
つまり。
「ならば胸当て、肩当てのような、体の要所だけを守る防具の方がいいか。それと変化しやすい体の末端の部分は覆わない方がいいな」
そんなロワーナの独り言を聞いて、知らないうちに自分のことを詳しく調べられていることを再認識するギュールスは、露骨に嫌な顔をする。
「お前はそんなに気にはすまいが、我々は、特に私は気にかけねばならない。なにせ大事な部下の一人になったのだからな。それと知っているか?」
突然聞かれたギュールスは、その表情からやや険しさが消える。
「悪しき者が有する力を善い行いに用いると、それは誇りにもなり得るということをだ。さ、入るぞ」
そう言い終わるとロワーナは近くの店に入っていった。
いつの間にやら目的地である防具屋にたどり着いていたらしい。
残った部下達に背中を押されながら、ギュールスもその店の中に入っていった。
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