皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~

網野ホウ

捨て石が利益をもたらすカラクリ


 ギュールスがエノーラからかなり遠ざかる。
 それでもほぼ直線。エノーラからは彼の様子はよく分かる。

 後ろを見ると、隊長をはじめメンバー全員の様子も見える。
 前方は、気を緩めることなく常に身構えているギュールスの背中。
 後ろは何を話しているのかは聞こえないが、何やら歓談に耽っている者達。
 ギュールスは、後ろからエノーラに見られている、観察されていることも知らない。
 その彼女の後ろで部隊のメンバー全員で和やかな時間を過ごしていることも知らない。

 ギュールスの部隊に下された指令は、その場に待機し続けること。
 出来うれば日が暮れるまで。
 敵の襲撃がきたならば、戦力を下げることなく撃退できるなら戦闘態勢をとる。
 太刀打ちできなければ即撤退すること。

 主力の国軍の進撃のため、敵をかく乱させ戦力を分散する役割を持っていた。
 同じ目的を持つ部隊は数多くいるようで、決してその責務は軽いものではない。

 半日が過ぎる。
 そんな緊張感に欠けたメンバー達はそれでも万一に備える。
 全員で食事の時間を取ることをせず、何人かずつで食事を摂る。
 エノーラもその場一人きりで、食事と言うよりただの栄養補給の意味合いで持ってきた食料の一部を口にする。
 しかしギュールスは気を張り続けているのが遠く離れているエノーラには分かった。
 幾度も、何かを口にすべきと提案しに行こうかと考えた。
 しかし魔族の襲撃はいつ来るかも分からない。
 彼女に出来ることは、ギュールスの様子を窺い続けることだけだった。

 魔族の軍勢が来たらしい。ギュールスはエノーラの方に顔だけを向け手を振った後、後ろに向かって指を差す。
 即座に反応するエノーラ。
 中継役は十分に果たした。
 彼女のことを変に思っていたメンバー達は急いで荷物を仕舞い、撤退を始める。

「よし、撤退するぞ」

 隊長の号令に全員が応じる。
 が、ここでもエノーラは異議を立てた。

「彼はどう……」

「捨て石だっつったろ? あいつ一人でも何とかなるさ。『死神』って渾名がつくくらいだから平気だろ。押し問答してる分命が縮まるぞ」

 エノーラは一瞬迷う。
 ギュールスに加勢するか、隊と行動を共にするか。
 ギュールスも、少ない自分の荷を片す。しかし体勢は前方、魔族が襲い来る方向を見て構え続けている。
 足止めの役割に徹する様子。

 エノーラは思い出す。
 全員生還。そしてそのための意思統一が必要。
 その指示は隊長から出るものである。

 エノーラは更に抗議しようとする思いを、唇をかんで思い止まる。
 ギュールス以外全員が撤退を始め、ギュールス一人のみ、その場に留まった。

 ───────────

「今回の仕事は楽でよかったな。腕が鈍るのが心配だが」

「命あっての物種。悪くはないよ」

「追手の気配もないし、無事に帰還できそうね」

「隊長の立場だから一応言っておくが、予想外のところから襲撃を受けても対処できるようにしといてくれ」

 全員が「了解」と声を揃える。
 しかしエノーラだけは力のない小声。

 メンバーの一人の予想通り、ギュールス以外が無事にライザラールに生還。

「よし、全員本部に行くぞ。目的達成には間違いないから全員で手続きだ」

 隊長の言う通りに全員が従い、参加登録の受付の窓口に向かう。

「ん? お前らは何の用だ?」

「はい、出撃した後、指令通りに目的地に滞在。魔族の襲撃がありましたので撤退し、全員帰還しました」

「全員?」

 受付の問いに隊長が答えたその内容に間違いがある。
 エノーラはその指摘をしようとしたが、メンバーの数人に止められる。

「んじゃこの出撃報告書の部隊メンバー表に名前書いて、報告内容書いた後に提出窓口に出してください」

 受付が事務的な口調で書類を出す。
 隊長が受け取り、全員でメンバー表に署名する。
 全員の名前が書き終わると、キャップをはめたペン先で隊長がギュールスの名前を書く。

「……何してるんですか?」

 奇妙な動作をする隊長にエノーラが質問し、立て続けに隊長に答えを求める問いを投げかける。

「今『混族』のやつは生還していない。だからこの名簿に書くわけにはいかない。とっと戻りゃこんな手間かけずに済むのによ」

 その問いの答えは愚痴めいたものとなって隊長からエノーラに返っていく。

「出撃した時には、編成表が国軍の上の方から発表になるでしょ? だから帰ってきてない奴の名前を書かないわけにはいかない」

「この報告書、写し紙になってて、転写される二枚目が上に報告されることになるのさ。つまり編成と同じメンバーの名前が報告の中に入る」

「でも一枚目には書かれていない。これは本部で保管することになるからね。来てない人の名前書くわけにはいかないでしょ?」

「俺達の部隊は目的を達成した。その功績の手当ても入る。それは国軍に提出される方を参考にするからな。あいつの分も受け取っておくってことさ」

 隊長に質問した、エノーラが求める答えは、隊長の代わりに隊員達が口にする。

 しかし面倒なことをする。
 首をかしげて疑問に思ったエノーラは納得している顔ではない。

「でも本部で保管する書類には彼の名前がない。功績の手当てはどうなるのだ?」

「死んだかもしれない奴に手当は必要ないだろ? 俺らが代わりに受け取っておくのさ」

「あの男が帰ってきたらどうなるのだ? 当然彼の手に渡るんだろう?」

 エノーラがやや怒りの顔で問い詰める。

「帰って来るも何も、こっちのメンバー表には書かれてないじゃないか。どこに問題がある? それに『混族』だから問題ない。あんたももう少しここの風習についていろいろ知った方がいいと思うよ?」

 そう話したメンバーの一人は、エノーラのことを心底心配している。

「ではあの男が受け取る報酬は……」

「あいつが申請した参加登録の手当ては入るさ。あいつが手続している限りな。心配無用。受け取る気があるなら受け取れるさ」

 メンバーがエノーラからの質問に答えている間に、隊長が窓口から全員分の報酬を受け取って来た。

「じゃ、給与袋の名前間違えずに受け取ってくれ。あと『混族』の分を……」

「隊長の功労ということでいいんじゃね?」

「不慣れな役割だったろ? 見てて分かるよ。その分の宛はある。誰も文句は言わないよ」

 メンバーからのその声で、ようやく緊張から解き放たれた隊長、いや、元隊長。

「……はぁ……。ありがと。ほんっとこんな役やりたくなかったわ。籍おいてたチームだと末席だったもん。みんなのおかげで助かった」

 自分の名前が書かれた給与袋を震える手で掴んでいるエノーラ。

「あの男の……まだ奮闘しているかもしれないあの男への報酬はっ……!」

「生還してこそ、だろ? 捨て石っつってたじゃねーか。っていうか、給与を手にした時点で部隊は解散。分からないことを知りたきゃ窓口で教えてもらいな」

 全員がこれまでとは違った雰囲気を出す。それが恐らくは彼らが個々に持つ性格ゆえのものだろう。
 しかしもはや彼らは、お互いの繋がりが切れることに未練はない。その場から全員が立ち去り、エノーラが一人その場に取り残された。

「……彼は……今何をしているのだ?」

 本部のロビーから外壁の方を見やる。
 戦火が全く見えないその外の風景を見ながら、ギュールスのことを心配するしかできないエノーラだった。

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