皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~

網野ホウ

出発前に乱れる足並み


 討伐参加の受付時間が終わり、提出された申請書は討伐隊の幹部たちの編成会議にかけられる。
 部隊の編成が発表になり、掲示板に張り出され、広いロビーに部隊ごとに集まり打ち合わせが始まる。

 ギュールスも配属された部隊の会議に参加する。
 車座の形に椅子を並べるが、いつもギュールスの両脇は他の席とは違い間が開く。
 同じ部隊に配属されることを希望する者は大勢いるが、一緒には居たくない。
 そんな心情の現れである。
 しかしこの時は違った。
 片側だけ等間隔の椅子の配置。隣に座ったのはエノーラだった。
 誰もが少しでも離れようとする『混族』相手に少しでも近寄ろうとしているような錯覚をメンバー全員が感じる。
 ギュールスも違和感を感じるが、だからと言って「もっと離れて」とは言えない。
 昨日はわざわざ少女から近寄って来て「なるべく一緒に行動したくない」と言われた。

 最初から近寄って来るということは、近寄らなければ出来ないことをしたいということだ。

「突き飛ばしにきたか。それくらいなら気にしないが」

「何を言っている? それより隊長、この時間は何をするのだ? 初めてのことで何も知らん」

 エノーラにいきなり指名された隊長は少し戸惑っている。
 何も知らない者が何かを誰かに尋ねる姿勢ではないしそんな聞き方でもない。
 隊長に就く者はその資質などは一切問われず、そのグループの名簿の一番最初の者が就く。
 この隊長は、そんなエノーラを受け入れるほどの器の持ち主ではないようだ。

「な、何も知らないのか。まず簡単な自己紹介。そして俺達が指示された目的地と、その地にやって来る魔族の大体の予想。それに応じた作戦立案などだ。じゃあまず俺から自己紹介しよう。俺は……」

 車座の時計回りの順に自己紹介が始まる。
 最後になるギュールスが終わり、幹部たちから決定された今日の作戦についての説明を受ける。

「よし、じゃあ到着するまで『混族』に荷物持ちしてもらうか」

「頼りにしてるぜ? 『混族』」

 打ち合わせが終わった後の、やや砕けた雰囲気の中でギュールスが受ける言葉はいつもと変わらない。
 しかしその後がいつもと違った。

「自分の荷物を人に預ける? 正気か? 自分の物に責任を持たないというのか? それに『混族』という自己紹介はあったが、そんな名前ではないだろう」

 エノーラの発言である。

「も、もちろんずっと人に任せるわけじゃないさ。目的地に着いたらいつ戦闘になるか分からないしな。なるべく体調は整えておくことも必要だしな」

「……私は自分の荷物に責任を持つべきだと思うから、人には任せん。その考えを押し付ける気はないが、そちらからも押し付けられたくはない」

「もちろんそれは自由さ。それと万が一撤退の時は、『混族』、お前に任せるぞ」

「撤退のことを先に考えるのか? 成功する確率を高めるための努力などはせんのか?」

 理由が存在しない決まり事を、何も知らない者に伝えたり教えたりすることは難しい。
 エノーラに、世間での『混族』の役割をどのように伝えるか、部隊の全員が頭を悩ましている。

「あ、あのさ。こいつ、『死神』って言われてんの知ってるか? 部隊が全滅することもあるけど、無事に生還する可能性も高いんだよ。犠牲者は少ない方がいいだろ?」

「いろんな役を押し付けられても生き残っているというのなら、この者の傍に居る方がより安全ということになるのではないか? 全滅することもあったということは、いつも足止めをしているこの者から離れていたからとも言えるな?」

 初めて討伐に出る者へ親切で説明しているのに、その思いを台無しにする無神経な者。
 部隊の全員がエノーラにそう感じ始めている。
 ギュールスはギュールスで、うれしいとも心強いとも思わない。
 普通の冒険者とは違う。
 ただそれだけしか感じられなかった。

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