声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

374 運命の日 9

 浅く肩とかに積もった雪を払って、私達はオーディション会場である武雄スタジオの中へと入った。建物内は流石にちゃんと暖かくて私達はすっごく安心しただろう。

 だって外から見ると……ね。

「わぁ、潰れてなくてよかったですね先輩」
「そういう事は……言わない」

 私は失礼な浅野芽依にそう苦言を呈す。本当に、聞かれてたらどうするつもりよ。私まで、この失礼な女の知り合いとか思われたら、オーディションに不利になるかもしれない。
 私と浅野芽依じゃ、このオーディションに掛ける気合が違うのだ。なんだかんだ仕事が途切れてない浅野芽依と仕事なんて静川秋華の影の仕事しかない私では……ね。これで私は匙川ととのとしての仕事を復活させて、その実力を声優界に示す。そして仕事ウハウハ……が私のロードマップだ。
 実際そうなるかはわからないが……私はこのオーディション意外にはもうない。これ以外ではクアンテッドという悪の……まあ別に悪ではないが、大手の影響が避けられないのだ。

「それでは私は駐車場に車を止めて来ますので」
「うん、私はととのちゃんといるから」

 そう言って静川秋華のお付きの人が出ていく。その時、私を見て何やら優しげな笑みをしてた。あれは……なに? 

『無駄な事を……』
 
 的なほほえみだろうか? それとも好意的な解釈なら、『頑張ってください』的な? 社長がやってる事に社員は大手を振って反対なんか出来ないからね。だからただ表情で示したのかも?
 まあでもそれは最大限の高解釈の場合だけどね。

 廊下までもストーブを出して温めてくれてる武雄スタジオ。私達は一回のガランとした部屋へと通された。2階建てのボロボロに見えるビルだったけど、中は入ると意外と……いやそうでもないね。天上も壁も年季が見える。

「使われてない部屋が多いんですかね?」

 そんな事を浅野芽依が言ってくる。確かに電気のついてる所はなんか少ない。二階なんて真っ暗だったし……ここでアニメを制作……してるんだよね? とちょっと不安になる。

「すみません皆さん。本日は集まり頂きましてありがとうございます。なにせ本社自体でオーディションをやるなんて事は初めてなもので。いや〰スタジオを借りるお金が……ゴホンゴホン」

 私達声優の間で微妙な空気が流れる。今のは笑う所なのだろうか? むしろ、この会社の外観と相まって不安が強くなるよね。先生の作品のアニメ化だから……大丈夫……と言い聞かせてる声優達が多いと思うが、流石に不安に思って帰る人が出てきたり……してくれたらこっちとして嬉しい。
 なにせそうなれば、それだけライバルが減るわけだからね。そう思ってると、ガチャと別の扉が開いた。廊下側の扉じゃない。内部についてた扉だ。
 そこから現れたのは……

「皆さん、このオーディションに来てくださってありがとうございます。色々と不安があるかもですけど、制作サイドはちゃんと誠意一杯頑張ってますから、どうか安心してくださいね」

 それば先生だった。最初に挨拶した人は、なかなかにくたびれた感じの人という印象で、服もしわしわだったけと、先生はすっごくぴしっとした格好をしてた。
 なんか浮いてるが、でも先生の姿を見た女性声優達はキャッキャッしだした。私は先生の姿を見て安堵の息を吐いたけど、静川秋華はキャッキャッしてる声優たちを実は鋭い視線で見てた。

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