声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

364 甘い罠は人を堕落させるのだ

 先生からの返信はこうだった。

『そうですか。それはとてもよろしいことです。まだまだ寒い時期が続きますので、どうか健康に気をつけて。特に喉の調子はとても大切ですから』

 なんとまあ……うん、めっちゃなんとまあって感じの文章が返ってきた。先生が丁寧な人なのは知ってる。ちゃんとした人なのも知ってる。けなんか異和漢華ある気もする。だって流石に……ね。

 ここまで硬い感じで返されると、ちょっと距離感を感じるというか? いや、そもそもが私と先生の距離感ってなんだよって感じなんだけどね。だって私は売れない声優だ。そして先生は売れっ子作家。そして今度アニメ化される先生の作品の役を私は狙ってる。

 はっきり言って、関わりなんてない方がいいよね。もしもどこかからちょっとした知り合い――本当にただの知り合いでLINEしてるくらいのそれだとしても、そんな関係だとバレると、きっとそこに付与したんじゃないかっていう疑念が生まれると思うんだ。

(そこら辺を先生も警戒してる?)

 てもそれなら、オーディションが終わるまで連絡そのものを取らないはずのような気がする。とりあえず無難に返しておくのが安牌だよね。

『はい、わかってます。これでも一応声優ですから』

 自虐も入れながらそんな風に返してみた。すると再びすぐに返信が帰ってきた。

『一応なんてそんな、立派な声優じゃないですか。ますますの活躍を願ってますよ』
「新年の挨拶かなにかなのかな?」

 そういえば先生から年賀状とか届いてたけど、いままで私は年賀状が届くなんて事が人生で一度もなかったから、あれは慌てた。だって男性でしかも目上の人からとか……初めてたったからね。
 事務所で関わってる人たちだってそんなの出さないし、よしんば出すとしても、今はもうほぼ紙なんて使ってなくて、LINEとかの年賀状で済ませられるからね。
 でも先生はわざわざ紙で送っててた。だからこっちも紙で返すのが礼儀だろうって事でコンビニに走ったよね。いや、実際走ってはないけど。

『それで、活躍といえばですが、オーディションとか、そのどうなってるんでしょうか? やはりまだクアンテッドに妨害されてるというのなら、良いお話があるんですが?』

 ん? いい話……それに一瞬ぴくんって反応する。けど、この時期のいい話って奴ってきっと……あれだよね? もしかして特別に枠をくれるとか? オーディションの? でもそれは完全な贔屓……それは私にとっても先生にとっても良くない事だ。

 その先生の優しさは嬉しい。でももしも、私が知り合いだから……苦しいから……このオーディションはそんな優しさで私は受かりたくなんかない。確かに声優として生き残るのが第一なら、先生の優しさに乗っかった方が確実だろう。
  でも私は、色々と背負ってる。それば事務所の他の声優の思いとかそんなのだ。私は事務所の枠にちょっとしたズルで滑り込んだような物。そんな私が先生の優しさでオーディションを受かって、もしもそれがバレようものなら、その時こそ、本当に私の声優としての人生は終わりだろう。

 それにはっきり言ってそこまでされても怖いだけだし、私にはそれを受け止めるだけの度胸なんてない。今でも私は罪悪感とかで胸がチクチクするのに、更に先生から手心をもらったら……それはもう声優として腐ってる……いや人として腐ってるじゃん。だから私はこう返す。

『ありがとうございます先生。お気に掛けてくださってとても光栄です。ですが私は大丈夫です。私なんかに言われたくはないでしょうが、先生のこれらかの飛躍を私も願ってます。ではではお仕事なので』

 そんな風にかえしてLINEを終わらせた。ズルズルと引っ張るなんてしたくなかったから、仕事を出したけど……別に嘘じゃないしいいだろう。私は台本を取り出してて、再び読み耽る。

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