声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

337 若い芽を摘む老害にはなりたくないけど

「先輩、私はオーディションに出たいです!!」
「いや、私に言われても……」

 私はとっさに緑山朝日ちゃんにそう返した。だって……まさにそうなんだよ。私にはそんな権限ないっていうか……

「ひっ!?」

 緑山朝日ちゃんから視線を外すと、浅野芽依、北大路さん、登園さんとそれぞれなんか厳しい目を私に向けてた。なんで非難されないといけないのか……いやわかるけど。多分三人とも、私には拒絶しろって言いたいんだろう。緑山朝日ちゃんを拒絶して、オーディションから遠ざけろってことだ。

「朝日! 先輩はここにもいるぞ~」
「あっ、浅野先輩。私もオーディション受けたいです!」

 強い、緑山朝日ちゃん強い。今の子はこんな感じが普通なのかな? 考えるよりもやってみる……的な? まあいいことだとは思う。後悔するなら、やってから……それが一番だしね。

「ふーん、オーディション……ね。朝日、あんた今の自分にはオーディションを受けるだけの実力ないっていってなかった?」
「それば……」
「私だって、オーディションを受けるな……なんてそんなこと、言わない。だってオーディション受けないと、私達声優に仕事なんてないんだし」
「それじゃあ!」
「でもね朝日。今の自分の実力に納得行ってないのに、無闇にオーディションを受けたって意味ないよ。そういうのは声に現れる。朝日は新人だからわかんないかもだけど、オーディションをする側だってプロなんだよ。自分に自信がない声優なんてすぐにわかるの。そんな奴に役が回ってくるとでも?」

 それを聞いて緑山朝日ちゃんは首をふるふるとした。色々と身につまされることがあるのか、悔しそうにキュッと口を引き締めてる。浅野芽依のくせに……とか思うが、言ってることはとてもまともなんだよね。私もそう思ってるし、北大路さんも登園さんも同じようにおもってるのか、頷いてる。まさかちゃんと先輩らしいことを言うなんて……私よりも全然先輩らしいことを言ってる! あの浅野芽依が! 自分のこと以外に興味なんてないくせに。あのセリフだって、ほぼ、自分のため。
 めっちゃ先輩風吹かせてるけど、要はこのオーディションに緑山朝日ちゃんを参加させないための方便だからね。言ってることは正しいんだけどね。正論を言って諦めさせることは……悪いとは思わない。実際、今の緑山朝日ちゃんではオーディションを通るとは思えない。もちろん、先方がそれを決めるから、百パーセントないとは言えない。でも……私のイメージ的に、先生の作品は実力もしっかりとした人を起用してるイメージがある。

 新人を使うとしても、やっぱりうまいんだよね。緑山朝日ちゃんは決して下手じゃないし、声はきれいだ。伸びしろはある。それに最近はこうやって遅くまでレッスンまでしてる。だから実力はきっとメキメキと伸びてるんじゃないだろうか? なにせ若いってだけで伸びしろは高い。

「わかったなら、もうちょっと地道に頑張りなさい。大丈夫、あんたはまだまだこれらかよ」
「そうね、その通りよ。貴方には未来があると思うわ」
「今回にこだわる必要はないわね」

 年上連中が酷い。でもこれも自分が生き残るための戦い。若い芽は早々に積んでおくに限る。だって私達声優の足元ってやつは、とても脆い。ここにいる皆は業界の厳しさとともに、それを知ってる。最終的に、緑山朝日ちゃんはやっぱり私を見た。そしてやっぱり視線がぶつかりる。私は馬鹿か……わかってたじゃん。だから視線をずらして於けばよかったのに……悔しそうにしてる彼女がいつかの自分と重なって見えてしまって……

(そういえば、思ってたな。私は若い芽を摘むような老害にはならないって……)

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