声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

331 えげつなく抉ってくのが女の戦い

「なんだか……先輩達をみてると~声優には先が無いんじゃないかって思いになりますね。まあ安定した職業なんて微塵も思ってないですけど」

 なんか私や北大路さん、そして登園さんを見てそんな事をの宣う浅野芽依。本当にこいつ……全然物怖じしないな。まさに今の子って感じだけど、でもこれでも頑張ってる奴って私は知ってるからね。なんかそこまで好感度下がらなくなってきた。やっぱり一緒に仕事をやって苦労をともにしたってのは大きい。だってその前の私の浅野芽依に対する印象って結構酷かった。世間舐めてる、媚びうるだけの奴って印象だった。

 うん……そしてそれは北大路さんや、登園さんもその段階なんだよね。

「ふふ、ふふ……最近は皆さんお優しくなったせいでしょうかね? 言葉遣い成ってない輩がはびこってしまってるよう……」

 北大路さんから威圧が漏れてくる。いや、北大路さんは元々細い目で言葉も丁寧。それは下の立場の私達にも変わらなくて、とても上品な感じを普段から漂わせてる人だ。けど……だからこそその丁寧な言葉に少しの威圧? みたいなのが乗ってる気がする。ピリピリくる。同じ声優なら気付かないわけ無い音圧だと思う。それは多分浅野芽依もだ。あいつはそもそも、自分を色んな関係性に滑り込ませる事に長けてる。
 そして他人の機微というかパーソナルスペースとかを見破るのが上手い。地雷を踏まない本能って奴だろうか? だから色んな現場でも直ぐに友達とか出来るし、自分を売り込むって事をよくやってる。それは浅野芽依の対人交渉能力がそれだけ高いって事。でもだからこそ、逆も出来る訳で……今のはわかってて踏み入ってただろう。だからこそ、浅野芽依は引かない。

「ごめなさーーい北大路先輩! でもでも、先輩達は後輩に夢を見せて、そして託して行くのも役目だっておもいますよぉ? お仕事がないんですよね? ならなら、ここで後輩にレッスンするのはどうでしょう? 大先輩の授業なら、とてもお役に立てますよー。これで将来安泰ですね!」
「このガキャアアアアアアアア!!」

 ガタンと北大路さんが座ってたら椅子から立ち上がった。その勢いは凄く、椅子はそのまま後ろに倒れて大きく音を立てる。けど、そんな音がかき消える程に、北大路さんの声は大きかった。これぞ正に声優の本気の声量だと言わんばかり……その迫力にこの場にいる人達は動けない。男性だっているのに……普段丁寧な話し口調で物腰穏やかな北大路さんの激高に誰も動けない。立ち上がった北大路さんはズンズンと大股で迫ってくる。私を押しのけて、北大路さんは浅野芽依を見下す。彼女はどうやら結構背が高くて、170位はありそう。

「あんたは、私に身を引いて、引退しろって言ってるの?」

 顔に青筋浮かべて、そして細い目を目一杯開いてそう言ってる。怖すぎる。普段穏やかな人がキレるとヤバいと言うのがわかる。

「ええーそう聞こえちゃいましたぁ? 私は別にぃ、全然そんなこと思って無いんですけどぉ~そう聞こえたちゃいましたぁ?」
「つっ!? おんどりゃあああああ!!」

 浅野芽依は明らかに煽ってる。それはバレバレだ。けど、きっと北大路さんにはその選択肢はずっと突きつけられてたかのしれない。それをこんな生意気な後輩に指摘された物だから……彼女の長い手が振りかぶられた。その瞬間――誰かが立って叫んだ。

「ダメ! 小萌さん!!」

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