声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

327 足が棒になる感覚を知ってるかい?

 足が棒になった。私の足は生まれたばかりの子鹿のようだった。いや、子鹿よりもよぼよぼかもしれない。最近の会社はバリアフリーとかで、一応壁に手すりとかあって助かった。それが無かったら、私はもう芋虫みたいに地面を這いずるしかなかっただろう。髪は顔に張り付いて、空気を求める口を閉じることも出来なくて、きっとよだれが出てるだろう。鼻水だって出てると思う。だってさっきからズズズと鼻をすすってるの、自分でもわかってて、それでも溢れてるのわかる。でもそれでも進む。だって既に浅野芽依には遅れを取ってる。このまま私が行かないと、あいつが……持って行く気がする。

 事務所の各部屋の明かりは付いてるけど、廊下は暗い。外からの明かりもあるけど、こんな中今の私の状態を見られたら……かなりヤバいだろう。動きもかなり人間味がない自覚はある。なにせほぼ足を引きずってるし。井戸から出てきたあのお化けみたいな動きをしてるよ。そんな私が一つの部屋の明かりに吸い寄せられる様に進んでいく。その部屋からは声が漏れていた。所々だけど、浅野芽依の声もする。

「……だから! し……が……さわし……」

 きっと自分の事を必死にアピールしてるんじゃないだろうか? やっぱり私が思ってた通り、浅野芽依もここに来た目的はきっと同じだ。私はなんとかドアを開けて中にはいる。その瞬間、浅野芽依に注目してた人達が背後に現れた私に視線が移ったのを感じた。そして雰囲気が変わったのもわかる。でも浅野芽依は興奮してるからか、きづいてない。そんな浅野芽依は大々的に自分アピールを……

「確かに先輩はブサイクですけど、実力は誰よりも、今の声優の誰よりもあるのは誰にだってわかってる筈じゃないですか! 確かにあの人、色々と不器用だし、誤解されることだって一杯だけど……そんなの私がもみ消してあげます。私が譲るって言ってるんです。他の誰でもない、この浅野芽依が匙川ととのに譲るんです! 他の誰に譲る事なんて許しません!!」

 幻聴? あまりにも体を酷使したせいで、とうとう脳に異常が発生したのかと、マジでそう思った。でもその後も何やら私の事を熱く語ってくれてる浅野芽依。私はよたよたと足を動かして背後から浅野芽依に抱きついた。

「あり……ありが……」
「なにっ……てぎゃあああああああああああああああああああああ!?」

 私が感動のあまり涙と鼻水をボロボロにだしてぼさぼさの髪を顔中に貼り付けた顔を見て、浅野芽依が声優として、いや、女の子として出しちゃいけない声出して驚いてる。私を突き飛ばし、浅野芽依も足をよろめかせて、机にぶつかって苦しそうにしてる。私も結構痛かったが、そんなのはどうでもよかった。

「そんな……そんな風に思って……くれて……」
「先輩? 驚かせないでよ!! あと更にブサイクに磨きかかってるからどうにかした方が良いですよそれ!!」

 酷い……けど、いつもの浅野芽依。でもいつもの冷たい言葉には聞こえない。言葉は厳しいけど、胸にしみる様な声してるよ。

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