声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

320 自分としておわることに意味がある

「それにしても、そろそろ覚悟、決まったんじゃない? 私的には専属になって欲しいんだけど? 下手に目立って貰っても困るし」
「それは……」

 大室社長は私に早くクインテットへと移籍してほしいらしい。てか声優として? なのか社員としてなのか……多分この場合社員じゃないのかな? 私が声優として活動してるのは大室社長に取っては都合が悪いんだ。

「まあいいわ。時間の問題だもの。それに今は楽しくやってるんじゃない? 静川秋華の影なんて、やりたくても出来ないわよ。賞賛、浴びれてるでしょ?」
「確かに、評判は良さそうですね。仕事もいっぱいですし」
「ええ、安定してるわよ? それに今は影だけで、生活できるでしょ? 安定した生活が。声優としては無理な生活よ」

 私は自身の服をギュッと掴む。確かにとても給料はいい。声優なんて仕事がなければニートみたいな物だ。だって毎月事務所からお金が振り込まれたりしないし。振り込まれるのは仕事があるときだけ……下手したら取られる位……まあ僅かには振り込まれてるが、それは生活出来る程じゃない。せめて最低限の生活は保障して欲しいよね。だからこそ、売れない声優はバイトと併用とかしてる訳で……確かに今のこの静川秋華の影役はとても実入りはいい。
 クアンテッドは業界最大手だからお金払いもいいのだろう。そこそこ仕事があったときよりも実は貰ってる。でもそれはきっとこの人の策力だ。私にお金の味を覚えさせようとしてる。そうして離れづらくしてるんだ。私はなるべくお金は使わずに、今までの生活をしてる。だってこのままこの仕事を……いや、声優を諦めるつもりはない。今は大人しくしておく。クアンテッドにだって繋がりを作っておく。それはきっと後々聞いてくる筈。
 だからクアンテッドでいやいやな感じで仕事はして無い。ちゃんと責任感をもってしてる。上手く話せてるかはわからないけど……でもそれなりに私が社内で知られてるって事は、ちょっとは評判になってるんじゃないだろうか? 今日の事も……善し悪しはわからないけど、既に評判にはなってる。なにせ社長の耳にも入ってる。

「トップにはいけないわよ」

 そういう大室社長は私を強くにらみつけてくる。明確に止めろなんて言わない。きっとパワハラになるからだろう。あくまで声優を自分の意思で諦めさせるつもり……でも大室社長は一つ見当違いをしてる。私は……こんなだけど……いや、こんなだからこそ、声優しかないって事。それにこの年までしがみついてきたって事。認められるのは嬉しいが、でも声優として活動できないのなら、意味は無い。

 だって思うんだ。いつか声優としておわる時は絶対にくる。でもそれが声優としておわる時なら、納得出来る。でも匙川ととのという声優として終わりじゃなく、静川秋華という声優の終わりで私もおわるのは、納得なんてできないよ。

「私は声優として、あるべき場所に立つだけです」

 私は静川秋華の様なアイドル声優になりたいわけでもないし、なれるわけでもない。だから言ってるじゃん。私はただ『声優』になりたいだけだ。

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