声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

305 いつの間にか移籍してた?

「匙川さんおはようございます!」

 静川秋華と別れて、一人クアンテッドの事務所を歩いてると声を掛けられた。それは研修生の子だ。サイドテールをした活溌そうな女の子。事務所内はあったかいからコートを腕にかけて、内部の服はパンツに上着をいれて、足首までのあるパンツに薄い靴を合わせてる。なんかオシャレだね。

「えっと、おはよう」

 名前……なんだったっけ? 確か最初に自己紹介してくれたんだけど……なかなかね。この事務所の皆さんは私的には敵だし。でも私の事情を皆が知ってる訳ではないから、向こうからしたら同じ事務所仲間と思われてるくさい。それに私の事は実は別事務所だとわかってない人も沢山居るみたい。

 私、今毎日この事務所に顔をだしてるからね。寧ろ、ウイングイメージに行ってないまである。

「あ、あの匙川さん。お仕事はどのくらいで終わるでしょうか?」
「えっとそうだね……」

 私はスケジュールを確認する。今日はそれなりにやる仕事がある……私がiPadを確認してると、廊下の向こうから耳に付くような笑い声が聞こえて来た。どうやら女子が複数人で廊下を歩いてるらしい。この事務所はウイングイメージと全然違って広いから、何人かが複数固まって歩いてても、余裕で通り抜けれる幅はある。けど、声は広くても狭くても同じように響く訳で……まあ言っちゃうと五月蠅い。

「あらあら、影川さんじゃないですかぁ、まだここに寄生してたんですかぁ?」

 iPadから顔を上げると、三人の中で一番派手な子がそんな事をいってくる。ここクアンテッドは業界最大手だけあって声優もイケイケなパリピ系が多い。学校で言うところの陽キャが集まってるみたいな? そんな感じだ。勿論ちゃんと良い子もいるけどね。
 でも私が静川秋華の仕事を代わりに受け持ってるのはここの声優には知られてるから、匙川じゃなく影川と呼んでくる人もいる。静川秋華の影だから影川なんだろう。まあ間違ってないけどね。本当に今の私は静川秋華の影だもん。

「絆、そんな人と一緒に居たら、影が移るわよ」

 そんな嫌みを言って、彼女達はガヤガヤしながら行った。ふう……あのくらいなら全然大丈夫。学生時代はもっと酷い事いっぱいあった。

「すみません匙川さん」
「なんで……絆ちゃんが謝るの?」

 さっきの子達のおかげでこの子の名前がわかったから、さりげなく知ってましたアピールしとく。本当なら、名前を呼ぶなんてハードル高いんだけどね。でもこの子の場合名字は憶えてないし、仕方ない。

「えっと、一応あの人達も先輩なので。後輩の私が謝っておくのが筋かと」

 なかなかに体育会系だね。絆ちゃんはとても良い子だ。まあちょっと押しが強いんだけどね。

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