声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

300 才能をぶつけるって事

 今、俺は間違いなく人生の分水嶺にいる。それを肌で感じる。目の前には自分よりも若い男。精悍な顔立ちで、清潔感もある。シュッとした顔はさぞ女にもてるだろう。それに地位だってあって金もある。腹も出てて、髪も薄くなりつつあって、金もない。
 そんな俺とはまったく違う。だが、先生は俺を見下す事はしてない。ただ、真剣にこっちを見てる。そしてその訴えは至極当然の物だ。

『才能を示せ』

 先生が言った言葉は全然違うが、意味は一緒だ。ようは俺はまだ信用されてない。及第点ではあるようだが……でも彼の基準には達してない。本当なら、この審査さえ無理だったんだろう。なにせ俺の会社だけでは彼のマネージャーが課してきた基準を満たす事は不可能だった。だがなんとか裏技を使ってそれをクリアした俺はようやく、監督としての審査を受ける事が出来るようになったみたいだ。

 何かある……と野村の奴はいっていた。それがこれなんだろう。親交深める為の焼き肉……だとは流石の俺もおもって無かったが、そうか……ここで試される訳か。良いぜ、受けて立つ!! 皆が頑張ってくれたからここまで来たんだ。なら、後は社長である俺の仕事だろう。

「これを!」

 俺は持ってきてた鞄からファイルを取り出した。それは改良に改良をえた絵コンテだ。それにそれだけじゃない。ノートPCも取り出す。

「これは?」
「絵コンテとPVです!」
「絵コンテはわかりますけどPV……ですか?」

 先生は驚いてる。まあそれはそうだろう。だってそういうのは有る程度製作が進まないと作れない。最初からPV様の絵を作るか、それか作ってる素材を組み合わせてPVとするからだ。まだこの作品のアニメの話しは俺達の間だけで、全く進んでなんてない。だからこそ、PVがある事に先生は驚いてるんだろう。
 相手が相手なら、勝手にこんな物を作ったら怒られるかもしれない。でもきっと先生は大丈夫だ。PVはかなり前からつくってたんだが、間に合わなかったんだよな。けど、この大一番に間に合ったのは幸いだ。だが……それが先生にどういう印象を持たれるかはわからない。

 絵コンテだって何度も没を喰らってる。ベストセラーを連発する本物の天才には、いつだって心を折られまくりだ。だが、俺にはもうこの業界しかないんだ。幾ら折られようがしがみつく。自分には才能が無い。そんな事は自分が認めなければそんなことはない。後戻りも、道を変えるにも、今更なんだよ。だから俺は逃げるなんて事はしない。ぶつかるだけだ、壁が壊れるまでな!

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