声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

268 可愛くない、可愛い後輩

「実際、先輩って有名になりたいんですかぁ?」
「どういう事?」
「いえ、先輩って顔出しとかイベントNGじゃないですか? それって有名になりたくないって事じゃないですか」

 極論……とも言い切れないね。浅野芽依の言葉は今の業界的にはその通りだ。今や声優もバンバンイベントやライブをして直接のファンを増やしていく時代なんだ。そして声優自体のファンも混みでスポンサーは勘定に入れてたりする。私だって、多分顔とか出して無くても僅かだけどファンはいると思う。でも、顔出しでイベントやライブもバンバンしてる声優に比べたら……それは微々たるものだろう。

 私はお茶で手先を温める様に湯飲みを持って、こういうよ。

「別に有名になりたくない訳じゃない……でも私こんなだし」

 自分の容姿が良くない事なんて、私自身が一番よく知ってる。メイクでどうにか出来るレベルならいいよ。それこそ浅野芽依くらいなら、メイクで化けて沢山の人達を騙してファンに出来るでしょうよ。でも私はそんなレベルじゃない。それに……

「それに……それは声優……なの?」
「まーたそんな事を。声優ですよ。今や声優も声だけ当ててれば良い時代じゃない。先輩は古いんです」

 グサッとくることを……

「じゃあ聞くけど、私が顔出してファンが出来ると思うわけ?」
「いや、ほら、世の中ブス専って一定数居るみたいですよ?」

 それ、なんの慰めにも成ってないから。寧ろ深々とナイフ刺さってるから。ブスって明言してるからね。

「じゃあ先輩はもうおしまいですね。ファンもいない声優なんて、消えても誰も気づきもしませんよ。今はまだ多少話題がありますけど……どうするんですか? クアンテッドなんて大手敵に回して」
「なに、心配?」

 さっきからぐちぐちと面白がって絡んできてるのかと思ったが、もしかしてこれは浅野芽依なりの優しさなのかもしれない。そもそも、こいつなら何も言わないって選択肢もある。我関せずとか……触らぬ神に祟りなしとか友人とかもヤバそうになると直ぐに連絡先を排除して今までのトーク履歴も全て削除して痕跡さえ消す浅野芽依だよ? 私なんかにこんな事をいうなんて……

「違います! ただ私はそう、事務所が標的になったらこっちにも迷惑がかかるから、そうですね。先輩さっさと引退してください。このラジオは私が引き受けますから心置きなくどうぞ」

 明らかに早口になってるの浅野芽依の奴は気付いてない。まったく、本当に可愛げがない後輩だ。可愛げがない後輩なのに、だからこそなんか最近は可愛いというか? 私もひねくれ者だしね。浅野芽依の事はちょっとわかる。

「引退はしない。でも……どうなるかはわからない。実は……」

 私は何を思ったかわからないけど、この口の軽そうな後輩に色々と喋ってしまった。それを案外真剣に聞いてた浅野芽依。ここは狭い一軒家の建物で、数人のスタジオの人達がいるはずだけど、気を遣って貰ったのか、その話をしてた間は誰も入ってくることはなかった。

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