声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

263 嫌われ続けた人生だから知ってる

 緑山朝日ちゃんの練習に付き合うことにした。別に褒められたからじゃない。私だって先輩なんだから、ちょっとは後輩を可愛がろうかと思っただけだ。別にいびったりはしないよ。そう言う事は浅野芽依でやる。まあ逆にやられるんだけどね。あいつ無茶ぶりばっかりラジオでしてくるからね。

 とりあえず事務所にあるレッスン室へといった。予約しとかないと使えないんだけど、そこはちゃんと緑山朝日ちゃんは予約してたみたいだ。まあ個人で使う場合ね。一応まだ入りたての子達の為の集団でレッスンする場所もある。でもそこでは……ね。台詞でなんの作品かとかわかって、それをネットにでもあげられて、まだ秘密のプロジェクトとかだったりしたら、こっちに責任が来かねない。

 そこら辺はちゃんと事務所に入るときとか、それこそ養成所の時から朽ち酸っぱく言われる事だけど、世の中には往々にして人の話を聞かない人種というのがいる。だからね……一応注意は必要だ。私は二人で狭いスペースにはいる。そこは三畳くらいのスペースで壁にはびっしりと吸音材が張ってある。これが大手とかならなんか最初から防音室とかで設計するんだけど、こっちは後付けである。

 実際クアンテッドの所は全部防音室だったからね。ウイングイメージの方は別に扉も重くはないし、この部屋が防音室って訳じゃない。壁に貼ってある吸音材も普通に売ってあるのを社員が貼り付けたって言ってた。まあだから漏れるには漏れる。

 でも何もしてないよりはマシである。漏れると言っても、扉に耳を当てたら、何か言ってるのが聞こえる……位だから、問題はない。そこまでする奴なんて怪しいからね。

「そ、それじゃあいきますね。何かあったら遠慮無く言ってください!」

 この部屋には一本のマイク……スタンドが立ってる。先にマイクはない。どうせ音を取る設備はないし、マイクスタンドだけで雰囲気は出るだろうって事だ。でも確かにマイクスタンドだけで雰囲気は出てる。ここでオーデションの予行練習をしてる子達は多い。

 緑山朝日ちゃんはちょくちょく噛みながらも、台詞を進めていく。でもやっぱり噛む回数がおおいような? 緊張してる? チラチラとこっちを見てるしね。とりあえず一旦口が落ち着いた所で私はストップをかけた。声をかけるのもどうかと思ったし、私は緑山朝日ちゃんの肩を掴んだ。

「すみません……」

 なんか止めた私に緑山朝日ちゃんはそういってきた。何が悪かったのか、多分これはわかってる。でも自分の口からは言わないから、これは私が指摘したほうがいいんだろう。でも私って誰かに嫌われるってはっきり言って怖い。嫌われてきた人生だから、それに慣れてる……なんて事はない。私はこの世で一番怖いのが幽霊とかなんか目に見えない存在じゃなく、人間だって今まで嫌われ続けた人生だからこそ、知ってるんだ。

 こんな役目……本当に嫌だけど……でも私の言葉だからこそ、彼女には届くんだろう。なら言うしかない。てかライバルを育成してる様なものなんだけど……私はそれは考えないようにした。

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