声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

258 いつの間にか大きな力に絡め取られてる

 オーデションから数日が過ぎてた。私は相変わらずに静川秋華の代役を務めつつ、忙しい日々を送ってる。それは声優としてなかなか充実した日々だと言っていいと思う。確かに私の仕事って訳じゃない。本質的にはね。でも私は誰かに認められないのか? って疑問をこの頃持つようになってた。

 いや私にだって証人欲求はある。なにせこれまでの人生、私は誰にも認められることがなかった。私は容姿はもとより、頭だってそんなによくないし、芸術的感性があるわけでもなかった。それに声が良かったって学生時代に褒められることなんてそうそう無い。
 合唱コンクールとかの時とかが、そのチャンスなのかも知れないけど、私がまともに歌えるわけがない。寧ろ同じ女子に『匙川さんちゃんと歌ってよー』とか言われた思い出しかない。

 だから私には声しかない。本当の本当に、私の価値と言うのは声だけで、かなり早い段階から声優になると決めていた。なにせ私なんかが普通の会社に入ったって虐められたりするのは目に見えてた。それこそ学校の延長線上でしかないだろう。
 そんなのは耐えられない。なにせ学校生活を耐え抜いたのだって、私は声優になるんだ! って思い一筋だったからだ。

 まあ勿論、人気声優になってウハウハな人気者になれるって夢見てた時期はある。声に自信はあったし、今のよがアイドル声優時代だとはわかってても、それでも声で天下を取るぞっていう意気込みがあった。私もついにモテモテか~なんて何度妄想したか……けどそれは声優になって一年もせずに砕けたけどね。

 養成所では褒められる事が多かった。でも同時にやっかみも受けてた。けど講師の人達が褒めてくれるってだけで、私はグングンと自信を高めてたのだ。だけど実際本当の声優事務所に入ると、養成所とは違った。でも考えて見ればそれは当然だ。

 なにせ養成所は声優候補を育てるのが役目で技術的な事を教えてくれる。だから技術的に高かった私を褒めてくれるのは当たり前だった。でも声優業界に入った時点で技術的な事を言われる事なんかない。レッスンだって自主性だし……オーデションはそこまで何かを言われるなんて事はない。
 それはそうだ。なにせオーデションを開催してる側は選ぶ側であり、育てる側じゃないからだ。たまには光る物を見つけた時に育てるって事もしてくれるが、私がそれに当たった事は無かった。

 それでも私は這いつくばってやってきた。そして今、私は結構仕事に追われている。大体静川秋華の代理の仕事だけどね。
 けど、これが案外充実してる。時々オーデションにも行かせて貰ってるが、なかなか良い結果出ない。でもそういう物だ。腐らずにこの波に乗って全力を出せばきっと……そんな折、私はクアンテッド社内でたまたま大室社長を見つけた。連絡は取り合ってるが、直接後言う事はあんまりない

 今は社内だし、向こうも一人だったから挨拶くらいはしておこうかと追いかけた。すると何やら話し声が……私はとりあえず廊下の角で立ち止まる。

「は? 匙川ととのを合格に? 待ちなさい、彼女のスケジュールはこちらで抑えてるの。落としなさい」

 そんな声が聞こえた時、私の頭は真っ白になった。

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