声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

256 選ばれる者、選ばれない者

「あらら、何ですかこれ? ちょっと傘にパンケーキついてましてよ!」

 その瞬間、空気が凍った気がした。一応、他の皆の台詞とかけ離れてない台詞をメモの中から選んだ筈だ。もしかしたら投げ書いたから文字を間違って読んだかな? それはあり得る。でも……しょうがない。もう言ってしまった事はどうしようもない。なら……ただ堂々としておく。ここで弱気になってはいけない。

「お嬢様、それはパンケーキじゃなくお好み焼きです!」
「違いがわからぬわ!!」

 なんか馬渡佳子さんが返してくれたから直ぐ様のった。多分もう台本を飛び越えてるんじゃないだろうか? 事実、他の三人は……

「うわーやっぱりお嬢様って食べてる物が違うんですかね? パンケーキとお好み焼きの違いがわからないって……」

 緑山朝日ちゃんもなんとか台詞を絞り出してくれた。よし、この回がどれだけ止められないかわからないが、とりあえず私は台詞を続けるだけだ。

「ま、まあ、パンケーキとお好み焼ってどっちも丸いですからね」
「そこなんだ!? お嬢様の食べ物の判断そこなの!?」

 なかなかいいリアクションで遠山未来ちゃんが喋ってくれた。私は別ブースの監督達をみる。まだ……いけるか? いや、止められるまでは続ける。それがオーデションの基本でありそして極意。

「上に掛かってる物もにてません? うにゃうにゃしてて?」
「それって生クリームとかと鰹節じゃないよね!? そうだとしたら食材に謝って!」

 なんか遠山未来ちゃんが乗り出した。かなり弾けてる。でも……一人だけ……この空気に乗ってきてくれない人がいる。田中一さんだ。でも私はどうすることも出来ない。一応皆、次は……って譲ってくれてる。でも下手に微妙な間を作るわけにはいかない。そのせいで台詞が出てくる人が喋ることになった。それから一分くらいは私を中心に、なんか意味も無い会話をつづけてた。

『それでは次は十五ページを行ってみましょう』

 どういう空気に向こうが成るのか……ちょっとハラハラしてたが、向こうも楽しんでくれたみたいだった。一応きりの良い所まではやれたしね。良かった。ちょっと自信が出てきた私は、それからもメモの台詞を適当に言ってそしてそこからはもうアドリブだ。

 すると向こうからの注文も多くなってきて、色んなパターンを試すとかやるようになる。オーデションで注文がつけられるなんてのはそうそう無い。だからか、こっちも「よし!」と手応えを感じてる。でもその中で一人だけ、私をめっちゃ睨んでる人が一人……田中一さんだ。
 彼女はどうやらアドリブが得意じゃない。台詞はとても上手く言えるのに、アドリブに入ると口が動かなくなる。そしてそのアドリブには私がきっかけで入る。それがきっと彼女は気に食わない。でも監督達もそれを許容してしまってる。
 
 だから彼女は無言の抗議をしてる。私はそれを真っ直ぐに受け止める。だって私は彼女の努力を踏みにじってるからだ。

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