声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

254 足掛け声優の徒然日誌 2

 一回の台詞は二分くらいで終わる。なにせ沢山の声優をグループとして審査してるんだ。そんな一杯時間を掛けてなんかいられないだろう。きっと台本の半分も読ませてはもらえない。でも私達は全部の台本の台詞に目を通してる。それは当然のことだ。

 いつものオーデションなら、もらったペラい台本の、自分のやる役を自分で選んで練習するだけ。一応他の役も何回かやるが、自分が狙いを定めた役を主軸に練習する。でもこのオーデションはそんな甘ったるい事を許してはなかった。

 今までのオーデションで一番の練習量を誇った。それだけは確かで、そしてそれは皆同じ筈。ただ、唯一例外があるとすれば……それは先輩だろう。匙川先輩は台本も持ってなかった。練習なんてしてるわけない。さっきのは必ず出るとわかってた場所だった。なにせ最初の最初……台本の初っぱなだ。だからこれはきっと全員がやる者だろうなっておもってた。

 事実、この台本の最初のページのキャラはメインと書かれてる。ソーシャルゲームにはそれこそ何十人もの女の子が出てる。だからこそ、それに対応するだけの声優が必要だ。でもそれだけのキャラがいたら、勿論割合は出てくる訳で、その作品の顔として宣伝に使われるのはやっぱりそのメインを担うキャラ達だ。

 ゲームがリリースされて、メインよりも人気なキャラが出てきたら、そっちに宣伝費が移っていく……なんて事も起こるけど、メインはメインでずっと強みはある。だからこそ、狙うならメインだ。そしてメインは一番力を入れて選ばれるから、絶対に全員やる。

 それは当然だ。今までに無く上手く出来たが……それからはちょっと時間が空く。どうやら、その場で次に何をやらせるか、監督さん達は話しながら決めてるみたいだ。勝負はまだまだここらだね。

『それでは八ページ目をお願いします』

 その声で私達は台本を捲った。先輩は大丈夫だろうか? そう思って私は横に視線を向ける。すると先輩は、マイクの前で目を閉じていた。

(凄い……)

 私は素直にそう思った。だってこの状況であんなに落ち着き払ってるなんて……やっぱり私なんかとは現場を経験した数が違うんだろう。なにせ向こうは本物の声優だ。私はまだなんのアニメにもまともな役で出たことなんかない。その場数の違い。

 それに先輩は次の台詞がわかってるのだろうか? 確かにメモしてたけど、どうあっても全部なんて無理だ。でも、あの先輩の落ち着き……先輩はもしかしたら一度見た台本は全て記憶してるのかもしれない。そのくらい出来て普通なのかも……私は先輩から目を離して自分の事に集中する。

 私が先輩を心配するなんておこがましい。なにせ私は半人前だ。だから私は自分の事だけを考えることにした。そして次の台詞を口にする。

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