声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

236 大金って何回見ても良い物だよね

「あら、そうなの? まあけど、良いわ。ちょっと秋華の声真似してくれない?」
「なんで、ですか?」
「してくれない?」
 
 威圧……威圧を感じる。狭い部屋に二人っきりのこの状況……逃げ場なんてなく、そして助けだって呼べない。いや、警備員さん達が興味深そうに扉の向こうから見てるけど……彼等はこの事務所に雇われているのである。社員である彼等が、社長に逆らえるわけがない。私は実際ここの事務所に関係なんて無い。ない……が、クアンテッドは業界最大手である。声優業界なんて芸能界の端っこくらいだろうけど、一応芸能界なんだよ。

 そして芸能界というのは華やかな裏で黒い噂が絶えない場所だ。大手になるとその権力を利用してやれる事は沢山あるはずだ。私みたいな人気も何もない声優なんて、鶴の一声で干上がらせることなんかきっと簡単だ。それどころか、事務所自体が……なんて事に成るかも知れ無い。私はとりあえず静川秋華の真似をして声を出した。

「なるほど、本当に秋華そっくりだったわ。声だけじゃなく、しゃべり方とか目を閉じてるとそれこそ区別つかないわね」
「それは……どうも」
「まさか、あの子に貴女のような友達がいるなんて思わなかったけど、使えるから付き合ってたのかしら?」

 失礼な人だなこの人。そもそも私は友達だったのか……でも他人にこんな風に言われるとちょっとムッとする。それなりに静川秋華の事は尊敬もしてるしね。あの出来事で評価がさがったけどさ。付き合いを今一度考え直したいけど、私と静川秋華の事、この人に何が分かるのか。私にだって分からないっての。

「それで声真似させて……どういうつもり……なんですか?」
「そうね。実は秋華の仕事ってとても膨大なのよ。テレビは勿論、ラジオに映画にアニメにゲーム。メディアって言われる物には大抵出てる」

 自慢かな? まあ知ってるけど。静川秋華は見た目本当に良いからね。

「一応あんな状態だけど、やれる仕事はやって貰ってるわ。対外的にはあれは事故って事でね」
「それで……世間は……」
「納得しなくても、真実なんてもみ消すだけよ」

 怖い……やっぱりこの人怖い。

「静川秋華をこんな事で潰す訳にはいかないの。でも流石に両手使えないのに、仕事を全部して貰うのも無理があってね。ドラマとかどうしようもないのは、休みにしてるんだけど、それでも秋華の仕事は多いの。そこで貴女の出番」

 そう言ってなんかみたことある紙の束をブランド物のバッグから取り出す大室社長。なんかデジャヴってない?

「これでどうかしら?」

 そう言って差し出してくる大室社長の手に人生二度目の小切手を私はみた。

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