声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

229 意地悪してるわけじゃない

「もう一度お願いします!!」

 そう言ってくる声優は何人も見てきた。最初は意気揚々とそう言ってくるのだ。夢を見てるうら若き乙女達は、その瞳に希望って奴を宿してる。それを無闇に摘み取ろうなんて、そんなことは思わないさ。寧ろ我々はその手助けがしたいと本気で思ってる。ただそこにちょっと私情を挟むだけ。なにせこちらだって人間だ。好き嫌いは出る。それは仕方ないものだ。自分だけがわがままなわけではない。

 それにイメージというのは大事だ。このユニット……トゥモローエナジーには自分の好みを詰め込む予定だったのだ。趣味全開で良いって言ったのに……その思いが常にある。そもそもずっと当初の予定の三人のイメージ曲が出来てしまうんだ。彼女「浅野芽衣」は仮だったメンバーだ。そもそも私はあまりぶりっ子ぶりっ子した声優は好きじゃない。浅野芽衣はその典型と言っていい。だからこそ、気に食わない。

 別に彼女を否定する木は無い。ただ、私の好みではないと言うだけだ。だが彼女ならトゥモローエナジーを脱退しても直ぐにほかのグループを結成したり出来るだろうという見込みもある。脱退させたお詫びとして、どこかに紹介したって良い。そうすれば他のもっと合うところが見つかる可能性だってあるだろう。確かにこのトゥモローエナジーのメンバーは更に上を狙えるようなメンバーだ。だが、実際声優業界ってのは、誰が上に行くかなんて分からない物だ。一年目の声優がブレイクして頂点まで駆け上がることだって出来る。そう言うことは往々にしてある。だから誰と組むかが重要かと言われると……そうでも無い。
 だから彼女には早々に諦めて貰ってもっと自分自身が輝けるところに行って貰う。それも優しさなんだが……カナン君と共にどこかへ行って戻って来た彼女の顔は晴れやかだった。覚悟を決めた……そんな感じの顔だ。

(無駄なのに)

 確かに時代に残るアーティストなんかはその歌声で人の心を動かす物だ。だが、彼女達は声優だ。声優が時代に求められてアイドルのようなことをやってるに過ぎない。それに実際我々が感動するか? というと、そんなことはない。なにせ沢山のアーティストを生み出して来た我々だ。声優なんてのはそれなりを集めて見れる程度、聞ける程度にしてるに過ぎない。確かに彼女達は頑張ってるんだろう。
 でもそれは結局、声優基準だ。別に声優を落としてる訳じゃない。結局は畑違いだと言うことだ。それはそうだろう。本当に音楽に掛けてアーティストやってる人と足掛け音楽やってる人が同じ土俵な訳がない。それでも頑張るのが当たり前で、だがやはり壁がある。そういう物なんだ。だから彼女が気合いを入れた歌を聴いたとしても……しても……

 八時間くらいあれから聞かされたら……こっちの心が折れた。ただの小娘に、こっちが根負けした。別に彼女は最初からこっちの要求を満たす歌唱力をしてた。そしてそれをこの八時間、維持し続けた。そこまでやられると、こっちが意地を張ってるみたいじゃないか。大人としてここは引こう。だがやはり、君が輝くのはここじゃない。なにせ絶対にトゥモローエナジーでは、浅野芽衣がセンターに来ることはないんだから。

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