声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

225 持ってない私だから

「何やってるの?」
「あーカナンちゃん! ポヨポヨ~」
「ぽよ……なによその挨拶。ちゃんとしなさい」

 二人でお喋りしてたら、私達『トゥモローエナジー』の最後の一人、『神名花南』がやってきた。カナンは私達トゥモローエナジーの中では一番売れてる声優である。アニメでは常にレギュラー四人組の一人には入ってるような、そんな声優だ。最近多い日常系には大体四・五人の女の子が出るじゃん。レギュラー組って言うのは、そのメイン四・五人に入ってる声優のことだ。ここはなかなかには実力派とか、ビジュアルとか、キテル度とかで決まる感じがする。私も時たまそこに入ることはある。でも……ね。私がそこに入ってるアニメは何故か売れないのだ。いや、私のせいじゃない。

 そう言うのは声優だけの力でどうにか出来るものじゃない。確かにやってるときから、これはクソアニメだなって思うアニメは……正直ある。なにせ今の時代、めっちゃ沢山のアニメが作られてる。それは良い。ありがたい事だ。声優の仕事の花形はやっぱりアニメだしね。それが一杯あるのは良い時代だと思う。でも……だからこそ、クオリティが担保できない作品もあるわけだ。でもだからって私達は適当にやってる作品なんてものはない。なにせ放送されるアニメは全て私達の経歴となるわけだ。それに手を抜くなんて事は出来ない。それにどんなクソみたいなアニメを作ってるスタッフでも愛想を振りまくのは忘れない。

 何が当たるかなんて誰にも分からない業界だからね。クソアニメを作ってた一太刀が大ヒットアニメを作る可能性だってある。そうなった時、嫌われてるとチャンスがないからね。まあとりあえずこの神名花南は今、結構売れてる声優なのだ。現在の女性声優トップ10とかつくったら、必ずその中に入るクラスの声優だ。そもそもがトゥモローエナジーがカナンの幅を広げるために作られたユニットだ。

 カナンは昔からポエムとか書いてる奴だったらしい。そこだけ聞くと痛々しい奴だけど、別にそれを黒歴史なんて思ってもない奴だ。カナンはカナンでちょっとずれた所がある。まあそれも里奈ほどではないけど。トゥモローエナジーのリーダーだし、基本は真面目だ。真面目だからこそ、時折出るそのズレた部分がカナンのキャラとなってる。本当に良いよね。作らなくてもキャラがある奴らって。

 結局私ってこの中で一番売れてないんだよね。いや、里奈とはどっこいどっこいだけどさ、里奈は案外個性強いアニメとかには相性が良いのか、そこら辺で主役をやるときもある。私はまだ主役は一度もやったことない。それは地味にコンプレックスだ。二人には持ってるものがあって私はそれを持ってないから。一生懸命にそれを取り付くっても、どこか……何かが足りないと思われてるのかも知れない。
 そんな不安が常にある。けど……下なんか向いてる暇なんてないんだ。後ろからは常に沢山の新人達が迫ってる。そして前に行くほどに道はどんどんと狭くなる。私はガタッと椅子を引いて立ち上がる。

「芽衣ちゃん?」
「芽衣?」
「ほら、さっさと収録するわよ。今回こそ、私があんた達を喰うんだから!」
「あははー、なんかいつもの芽衣ちゃんになってきたね」
「ふふ、私だってセンターとして喰われる気は無いわ」

 そんな宣せ布告をして私達はトゥモローエナジーのセカンドシングルの収録に向かった。

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