声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

223 小さな種を撒き続ける事が大事

 先輩事、匙川パイセンが――いや、まあパイセンなんて古い言い方してないけど、その匙川先輩が風邪気味でダウナーになって二日くらい経ったら、何やら声優業界にある噂が駆け巡っていた。なんでもそれはあの静川秋華の事だ。静川秋華は実は今までも声優生命が絶たれそうなスキャンダルがいくつもあったりしてる。何せああいう性格だ。そしてあの容姿。さぞやあいつの周りには男が集まるんだろうと思われる。

 うらやましい……いつかその地位を奪ってやるつもりの私としては、この噂はなかなかに気になる。なんでも、両腕がまともに使えないらしい。それに頭にも包帯を巻いてて……もうどこから突っ込めば良いのか分からない状態だと言う。そしてそんななのに、本人はいたって普通だというのだ。本人があまりにも普通にしてるから、誰もマジでそれに突っ込めないらしい。それに両腕が使えない静川秋華の為に事務所が付き人をつけてるらしい。その人がなかなかに迫力があるからなおさら。

 どうやら例の件を聞こうとすると、その人がものすごい形相で睨んで来るらしい。ようはその人は、静川秋華のお付きの人と言うよりは、監視? そして周囲に対しての牽制の意味が強いのかも知れない。てか、そんな風にしたら更に周囲は勘ぐるだろう。そのくらい静川秋華の所属してる事務所クアンテッドという声優界最大手の所は分かってる筈。けどそのくらいするくらいの何かがあった……と言うことだ。

 静川秋華が両腕を使えないほどに怪我してるところから、事故に遭ったんじゃ? と言う見方が強い。けどそれならそこまで隠す必要も無いはずだっていう一定数の反対意見もある。そして私もそう思う。自分に比がないなら、ちゃんと行った方が憶測なんて物を一蹴できる。それをしないって事は……出来ない事情があるわけで、つまりそれは静川秋華にとって都合が悪いこと。しかも事務所が盾になってるところを見るに、相当なことが起こったに違いない。

(確か先輩はアニメの現場で静川秋華と同じだった筈だし、この噂が流れる前にあってるはず……ああもう! なんで何も言わないのよ!)

 実際匙川先輩が何か知ってるなんて思わない。けど何か変化があったかくらい聞いておくべきだった。まあ無理か……だって静川秋華と匙川先輩って対局だしね。

(でも時々、匙川先輩の口から静川秋華の事聞くんだよね)

 まあでも同じ現場にいたら話す事くらいできるか。そう言う物だ。それに静川秋華は目立つ。そう悔しいけど、私よりも全然目立つのだ。私が頑張って振りまいてる愛想って奴を奴はたった一つの笑顔でむしり取っていく。あの屈辱と言ったら……

「芽衣ちゃん! ハロハロ~」
「ハロハロ、里奈」
「あれれ、なんかテンション低くない? メイク決まってるよ?」

 こいつは私のどこでその判断してんだ? まあ間違ってないけどね。私のテンションは大体メイクの出来で決まる。私はいつだってテンションマックスでやってるけど、MAXにも実は段階があるのだ。メイクが普通の比は頑張ってテンションを上げてMAX以上にしてる。数字にすると120状態だ。そしてメイクがイマイチの時はMAXに無理矢理持って行く。それは数字的には100だ。そしてメイクが最高の時は150以上になる。
 普通ならそのテンションの差は分からない。なにせ通常の人は100が限界値だからね。それ以上の変化は微々たる物なのだ。けど、まれにいる。こうやって見抜いてくる奴。里奈は事務所は違うが、仲いい声優だ。てかグループも結成してるしね。今日は里奈と私、そしてもう一人で結成してるグループのレコーディングなのだ。

 里奈は天然系ポワポワ系ギャルだ。そこまでギャルギャルして無いけど、結構個性的な服装とかしてて、なんか言動が不安定。でもそのキャラというか性格でなんか美味しいポジションに収まってる。唯一無二というか……そんな位置だ。一番には成れない。けど、ピラミッドから離れた位置にあって一人で光ってる存在って奴。私はそんな里奈に最近気になってる噂の事について訪ねてみた。

「静川秋華の事聞いた?」
「好きだね~芽衣ちゃん。静川秋華の事」

 変な倒置法を使うな。それじゃあ私が静川秋華のこと気にしてるみたいじゃない。そう言うことじゃないから、そう言うことじゃないけど、まあ気にはしてるけどね!

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