声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

217 もう蚊帳の外じゃない

「先生、あの」

 マネージャーが丸くなってる先生の背中に声をかける。ちょっと待ってほしかった。だって色々とあってなんて言えば……主に一千万だけど。

(いや、取り敢えず体は大丈夫って事を伝えて、帰ります――でいいか)

 寧ろそれ以上しゃべれない。そう思ってたんだけど……

「ああ、よかった。その大丈夫なのかい?」

 何やらとてもいたたまれないものを見るかのような表情だ。別に私が辛気臭い顔をしてるのはいつものことで、別段怪我のせいとかでは断じてない。
 けど何となく分かる。先生は私に申し訳なく思ってる。私のような奴は人の顔色というものを常日頃から伺ってきてるからね。そこら辺は敏感だ。私を巻き込んだこととか……それと静川秋華から逃げた事とか色々と考えてるんじゃないだろうか? でも私は先生が悪かったなんて思ってない。

「はい……私は全然。私達の方こそ、先生に迷惑掛けちゃって……すみません」

 本当はこんなつもりではなかった。いや、静川秋華がどんなつもりなのかは正直分からない。何がどうしてあんなことをするほどにおかしくなったのか……私はその過程を見てないからね。けどこんな預定ではなかった……と思いたい。いやきっと無かったはずだ。本当はもっと普通に……ちょっとお喋りするとか……でもなんだか大事になってしまった。

「いや、匙川さんのせいでは……うん、全然無いから」
「でも……私が彼女に付き合ったから……」

 本当は「そうですよね!」っていいたい。私のせいじゃないって言質が欲しい。でもそれやったら私は人としてどうなのかって葛藤がね。だから落とし所としては、私も責任の一端がありますよね? って態度を取るしかない。

「それはあいつが無理矢理君を付き合わせたんだろう? あれは強引だから」
「あはは……」

 まさにその通り。ちゃんと理解してくれて助かる。けど……やっぱりよく静川秋華の事、分かってるよね。実際どんな関係なの? 静川秋華の片思いって感じなのは分かってる。先生は静川秋華をキープしてるとか? じゃないよね。そういう人ではない……と思う。私は意を決して聞いて見ることにした。本当は二人の関係にあんまり踏み込みたくはない。なにせ静川秋華に刺されたくないしね。あいつならやる。今日でそのことに確信持った。

「あの……なんで静川秋華はあんな……」
「色々と問い詰めて来てね。それでちょっと言い合いに」
「彼女、引かなさそうですもんね……」
「そうなんだ。すると何故か押し倒された。そしてまあ身の危険を感じたから逃げたんだ」

 先生の話だけ聞くと、確実に静川秋華は異常者だね。それは逃げるよ……と思う。まあ大抵の男性なら、静川秋華を抱く方を選びそうだけど、先生は違った。だから更に静川秋華は逆上した? でも先生がぼかしてるところが気になる。でもそれってプライベートなことだと思う。私は……先生と友達? いや、知り合い程度。それなのにこれ以上踏み込むなんて……出来ないよ。

「気……をつけた方が良いですよ先生」
「そうだね。そうするよ。今日はもうゆっくり休んだ方が良い」
「はい、先生も休んだ方が良いですよ。静川秋華には事務所の社長さんがついてるみたいですし」
「ああ、その人とこれから色々と話す予定だよ。これからの事をね」

 そこには何やら決意……みたいなのを感じた。確かにあの大室社長と一対一で話すなんて決闘みたいな物かも知れない。どうやら先生にはまだ心労がのしかかりそうだ。倒れないでください。私はそう思いつつ、マネージャーと共に、病院を後にした。

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