声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

203 盤面のオセロが綺麗に返ったかの様な……

「今は、優しくなんてできないぞ」

 扉の前で立ち塞がる静川秋華に対して先生がそう言ってる。一瞬静川秋華のやつが、ちょっとだけ肩を揺らしたのが見えた。私は先生の背後にいるからわからなかったけど、もしかしなくても先生が静川秋華をきつく睨んだのかな? いや今の先生は出て来た時から座った目をしてた。

 さっきまではそんな目で睨まれても静川秋華は飄々としてたんだ。けど今回はちょっとだけ怯えが見えた。でも当たり前だ。静川秋華だって女なのだ。もしも、もしも先生が男の力を駆使して来たら、なす術なんてない。もちろん、先生はそんな事する訳ないとは思う。いくら虫の居所が悪くったって、一線を超える様なことはしない……と信じてる。でももしも暴力的なことになったら……私は背後であわあわしてるよ。

 だって、私はどう考えても役に立たない。今のうちに先生に抱きついて動きを阻害するべきか? とか思うけど、やっぱり私なんて疎外もできないと思う。私ガリガリだし。

「激しくしてくれるならご褒美ですよ!」

 私と先生の動きが止まった。てかなんか空気が止まった感じ。いや、だって静川秋華のやつ……ハアハアしちゃってるんだもん。なに興奮してるのあいつ? こわ!?

「先生はいつだって優しいじゃないですか。確かに優しい先生も好きですよ。でも、激しい先生だって好きです。先生こそ、侮らないでください−−」

 そう言って一度顔を伏せた静川秋華が声のトーンを調整して言葉を区切った。流石は声優。いや、流石はナンバーワン女性声優。ゾクリとする様な声とこっちの喉を張り付かせる様な間を作り出して来た。

すうう

 そんな空気を吸い込む音まで聞こえる様な錯覚。実際は風の音だったのかも知れない。でも、次の静川秋華の声には確かに気持ちが乗ってた。

「−−私は先生になにをされたって構いません! 私は先生が好き……愛してるんですから!!」

 言い直した!! ここで言い直したよ!! こいつの心臓は鋼で出来てるのかな? 

「ほわ……」

 思わず変な息が出る。だってなんか静川秋華が私にはキラキラ見える。世の中には綺麗な人、可愛い人は沢山居る。私が最底辺に居るんだから上を見ればきりが無いのは当然だ。そして静川秋華は見上げるだけ無駄って位の隔絶された人物だった。
 それは今までずっとそうだったんだけど……なんか私の中で天井を突破したかも知れない。私の中でほかの美女達と一線を画す存在になった。静川秋華……こいつは綺麗で社交的でわがままで……私がうらやむ物なんでも持ってる。本当は……私はこいつが、静川秋華が嫌いだった。だってそうでしょう。こんな何でももってる……天から必要な物、選んで良いよーとか言われたみたいな存在に嫉妬しない訳ない。嫌いにならない訳ない。

 けど……今私は静川秋華をこう思った。

(かっこいい)

 そう思えたから、今この瞬間から、私は静川秋華を好きになった。

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