声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

200 やれって言ったのはそっちでしょ!?

 あの時、先生はなにを要求したか……私はあの時の会話を思い出しつつ、喉に空気を送った。ひんやりとした冬の空気が喉を刺激するのがわかる。けどむせる様なそれじゃない。確かに突き刺す様な寒さだが、このくらいなら、全然大丈夫。寧ろちょうど良い刺激だ。

(流石にOKだけじゃ、ダメだよね?)

 あの時は私はOKしか言わなかった。それで良いと先生に言われたからだ。けどこれだけじゃ、今はダメだと思う。なにせ言葉になってないし。OKOKOKOKOKと押し通しても良いけど、それじゃあ、なんか声優的にダメじゃないだろうか? 私はあの時先生から録音を聞かせてもらった。
 実際、電話越しに聞く声って結構違うものだと思うんだけど、あの時、先生はあれで納得してた。なら、あの時聞いた声を再現できれば……

「英語の方がいいかな?」
「なんですかいきなり?」

 私のいきなりの発言に、静川秋華が疑問を呈してる。もう隠せないし、あの時のこと話してもいいか。

「実は……」
「女……その録音、女の声だったんですね!!」
「ひいいいいいい!?」

 静川秋華に両肩を掴まれて揺さぶられる。一気になんか精神が振り切れちゃってる。私は別に向こうで女優とかと知り合ったのかな? とかしか思わなかったけど、静川秋華はなんかもっと深いことを考えてるらしい。まあ確かに、今思えばその可能性も見える。なにせなんか落ち込んでる声だったし、録音した声の主の声真似させてOKだからね。
 色々と考えると、なんかヤバい事をさせられた気がしてくる。

「やっぱり女関係で何かが……」
「それは、先生から直接聞いて……その為に、先生に出てきて貰わないと……」
「そうね。お願い匙川さん!」

 うーん、今の静川秋華を先生と会わせちゃいけない気がする。けどここでやらないと、私が静川秋華に殺されそうである。ごめん先生。私は私が一番大切です。まだ死にたくない……

「英語は話せないんですけど……」
「日本語で再現すればいいんじゃないですか? 匙川さんならそのくらい出来るでしょう」

 なにその絶対的な信頼感。嬉しいはずなのに嬉しくない。まあ実際出来ない事はない。声は記憶してるし……でも英語だったから、あんまりその声の人の人柄がわからない。どうしたら……うううーん、もうこうなったら声だけ真似るかな。それしかない。下手に色づけすると、不快感とかになるときあるしね。
 声ことはとても繊細なのだ。実際には声の記憶なんて曖昧なものだけど、美化は人一倍されるんだよね。だからここは美しい声に意識を集中だ。

 私は一つインターホンを押してそしていった。

「先生……いらっひゃいます……か?」

 噛んだ。なんか男の人の家を訪ねるシチュエーションに緊張してしまった。けどなんとか恥ずかしさを堪えて最後まで言った。でも流石にこれではダメだろう。静川秋華からもなんか白い目向けられてるし……私は気合いを入れ直してもう一度挑戦するためにインターホンに手を伸ばす。けどその時だ。

ガチャ――

 ――と鍵が開く音がした。

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