声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

199 その時、一番響く声が知りたいの

「せんせーい、脱ぎますよ! いいんですか? 脱いじゃいますよ!!」

 なんか静川秋華がとち狂ってアホな事を言い出した。全然先生が反応してくれないのがそうとうキテルようだ。でも流石にこんな寒い場所で脱がないよね? 遠くはあるけど、一応この階には別の人も住んでるからね。ワンフロアまるごと先生が取ってるわけじゃない……とは思う。先生は小説家だ。別段、沢山の部屋が必要ってわけでもないだろう。

 もしも先生が漫画家なら、複数の部屋を取ってたりもするのかな? とかおもうけどね。なにせ漫画は一人で描くには大変だからだ。自分も少しはそういうの目指してた時期がある。オタクなら一度は通る道だろう。漫画は本当にめっちゃ大変だ。
 なにせ一人で話しを考えて撮影をして役者に命を吹き込んでるのと同じ。ようは一人で映画とか作ってる感じである。勿論映画の全部を……とは言わない。でも普通は監督や脚本、役者や撮影で分ける所を一人でやってるのだ。大変じゃない訳がない。

 だから週刊連載の漫画家とかはアシスタントを複数雇ってたりもする。そうなると、やっぱり部屋ってひつようじゃん? まあ先生は小説家だからね。そんな必要はないから、きっと先生の部屋はこの目の前の扉だけだとは思う。

 でももし、ほかの部屋から誰か出てきて、静川秋華の裸なんて見られたら……絶対にヤバいから。それが女性なら……いや横の扉の前で裸になってる女がいたら、普通は通報するだろう。

「だっだめだから! そんなのダメ!」

 私は静川秋華に抱きついて服を脱ぐのを邪魔するよ。一応ひっついてたら服は脱げないだろう。なんかめっちゃ良い匂いがする。美女の匂いなのかなんなのか……けどなんか香水とも違う感じだ。静川秋華はいつも自然と良い匂いをさせてる。気持ち悪くなったり、なんか餌付いたりするような匂いではない。二十歳も過ぎれば、大体香水をつけてる物だけど……静川秋華の匂いは香水きつさが全くない。

 もしかして、本人から匂い立つ匂いって奴? 美少女や美女だけにあるっていう都市伝説的なあれか? なんかイライラしてついつい力がこもる。

「ちょっ!? 匙川さん痛い!!」
「ぬがない?」
「脱がないから!」

 とりあえず言質は取ったし離れた。なんか名残惜しい。静川秋華の匂いはずっと香ってたい匂いだった。

「それじゃあ匙川さんお願いします」
「え? わた……し?」
「何の為に一緒に来たとおもってるんですか?」
「そんな事いわれても……」

 困る。そもそも私が呼んで先生が出てくるとはおもえない。とりあえずまずは普通に呼んでみた。

「先生、匙川です。匙川ととのです。お帰りですか?」

 大きな声なんて出せなくて小さくしぼんでいった。だって……こんな男性の家にきて、家主を呼ぶなんて経験がない。シチュエーションを想像するとなんか恥ずかしい。

「匙川さん、もっと大きな声で! ほら!」

 それから何度も静川秋華のせいで呼ぶ羽目になった。まあおかげで最後はなかなかの声量が出たと思う。こういうのも経験だね。でもどのみち先生からの反応はない。

「なかなか手強い……」
「本当にいるんなら……あっ」

 ここで私はひらめいた。一番直近に先生はなんで私に電話した? それに何をその時要求した? つまりはその時の声で呼びかけたら先生も反応するんじゃないのだろうか? なにせ先生はあの時、あの声を求めてた。直近で求めてた声なんだから、一番可能性が高いのでは?

 私は先生と会話を思いだしつつ、喉を優しく触る。そしてその声を出して先生に呼びかける。

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