声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

177 想像できる余地が大事

「ありがとうございまーす」

 愛想を振りまいておかもちを受け取る浅野芽衣は上機嫌だ。そんなに蕎麦が食べたかったのか。私的にはそこまで……なんだけどね。一応なんか世間的に年末は蕎麦を食べるんだ――って強迫観念めいた事をやってくるから食べてるだけで、蕎麦にそこまでの思い入れは正直無い。木で出来た洒落たおかもちをもってきた浅野芽衣はそれをいったん畳において、スマホを取り出す。

「先輩先輩、ちょっと写真撮ってくださいよ」
「早く食べないと伸びる……」
「良いじゃないですか、ちょっとくらい。ほらほら、ここの大きく表示されてるボタン押してくださいね」
 
 私は機械音痴のおばあちゃんか。そのくらい普通に操作できるっての。確かに自撮りなんかしない私はスマホのカメラなんて殆ど使って無いけどね。どうやら浅野芽衣はインスタ映えしたいらしい。いや、どのSNSで映えたいのはかはしらないけど。とりあえずここで変に拒否しても意味ないから、適当にパシャッと撮るつもりで受け取った。

「先輩、もうちょっと角度つけて撮ってください」
「うーん、やっぱりこうしたほうが……」
「先輩、照明ないですか? 無いなら、先輩のスマホのライトを壁に当てて――そうそう、こっちからでお願いします」

 結局三分くらい掛かった。SNS女子恐るべし……軽い気持ちで写真を撮るのを引き受けるなんて事はしない方がいいと学んだ。

「「頂きます」」

 とりあえず蕎麦の写真も上げるらしい浅野芽衣は私のと一緒に二つの年越し蕎麦の写真をあげる。浅野芽衣のツイートを見てると、『先輩と一緒に年越し蕎麦食べてまーす。皆はどうかな?」とか作ったキャラでツイートしてた。ああ、食べる前から胸焼けが。

「先輩もツイートしてくださいよ。私だけじゃ、信憑性がないですからね。あっ、私の名前は出さないでくださいよ。後輩程度にとどめといてください」
「なんで?」

 意味不明な要求をしてくる浅野芽衣。まあ私も一応は声優でアニメに最近はちょくちょく出るから、フォロワーもちょっといる。大体、ツイートは自己報告みたいなことばかりなんだけど……まあこれくらいならいいかな。

「それはですね先輩。ネットには色々と考察するのが大好きな輩がやけにいるからですよ」

 輩って……

「私は先輩としか書いてないし、先輩も後輩としか書いてなかったから、同じ蕎麦の写真をアップして私と先輩なんだなって普通は思いますよね。まあ実際は互いのフォロワーはフォローしてる外の事なんか知らないって人が大半ですけど、ネットには色んな声優のツイートを分析して男の影とかを探してる輩がいるのです」

 まあ確かに人気声優に音が居るとかよく話題になって炎上してるね。

「でも……それなら普通に確定させた方がよくない?」

 危なくないじゃん。

「ちっちっち、誰もがこれは私と先輩が仲良くて同じ蕎麦を共有してるって思うツイートでも、確定させないことにより、様々な想像というインスピレーションが生まれるんですよ。そういう遊びを残しておくのも、大切なんです」
「へぇー」

 とりあえず生返事しながら、蕎麦を啜った。いや、その考えや実践してる所はなりふり構わない感じで感心してるよ。流石にそこまでやる事は出来ないけどね。それに私は実際視聴者のファンが欲しい訳じゃない。業界から常に必要とされる本物の声優になりたいのだ。

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