声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

172 ライバル(仮)です!

「私思うんですけど、逆に見せないから妄想が肥大していくんですよ。こいつらの幻想、打ち砕きましょうよ」
「なに……その右手が特殊な少年みたいな発言。絶対嫌」

 大晦日の長ったらしい番組が後ろで流れる中、浅野芽衣は炬燵の上を大半占拠する態勢でグデーとしてる。
 私は先輩でここは私の家の筈なのに、家主よりも寛いでるってどういう事だ。普通初めて他の人の家に上がると緊張したりする物じゃないの? いや、私はそもそも学生時代一回も誰かの家にお呼ばれしたことなんてなかったから知らんけど。
 でも漫画やアニメでも、もうちょっと遠慮ってものがあると思う。想像されたキャラよりも傍若無人なんて流石としか言い様がないなこいつ。もう呆れるよりも感心する。こいつはこれでいいんじゃないかなって……

「そうはいってもこのご時世、人気が出てくると、どうしてもって言われる可能性はあると思うんですけど~」
「それは……」
「よくも悪くもこの業界、変な人多いじゃないですかぁ。先輩の顔が幾ら踏み荒らされた馬糞みたいでも、声優なんだからって無茶言われるかもですよ? もう声だけで私たちの仕事は終わらないんですし」
「そんな事分かって……ん? いやちょっとまて、ばばばばば――」
「あははははは! 先輩壊れたボイスレコーダーみたいですよ」

 浅野芽衣が炬燵の中の脚を動かしてるから、家のぼろい炬燵が悲鳴を上げてガタガタ鳴ってる。笑ってるけど、私がもっと強気に出れる性格なら血を見てるよ。目の前に居るのにここまでの悪口を言ってくるとはね。浅野芽衣は嫌われたりするのが怖くないんだろうか? 私は嫌いだけどねこいつ。大嫌いではないけど、嫌い。好きか嫌いかで言えば嫌い。
 こいつと一緒に居ることは別段我慢できるけど、どっちかというか嫌い――くらいの嫌いだ。実際我慢する事だらけ。今だってあれだけの事を言ったのに、浅野芽衣はスマホみながら「超くだらねー」とか言ってケラケラしてる。

「こほん、馬糞かどうかは置いといて、私が顔をさらしたって……誰も得しないのは確実でしょ」
「そんなことないですよ先輩」
「どうしてそんな事……」

 スマホを見てた浅野芽衣がこっちを見て視線をぶつけてくる。陰キャな私は思わずそのまっすぐに見てくる瞳に顔を反らした。だってさっきのスレもそうだけど、人とは都合の良い方向に妄想を膨らませる生物だ。そして何故か今や、声優は顔も求められてるのが事実。浅野芽衣が言うように、かたくなに見せないからその妄想が肥大してるとは思う。けど妄想は真実が開示されない限り美しい妄想のままで居られるんだよ。
 私達声優は夢を売ってるのなら、それでいいんじゃないかって……

「私が得するじゃないですか。ライバルが一人減りますし~」
「ライバル……なの?」

 とりあえず一瞬怒りかけたけど、なんか冷静になった。だって前は私の事をただバカにしてた奴で、私の事を意識なんかしてなかった。いや、してたとしても下の奴って感じで見下された。けど今……浅野芽衣は私の事をライバルって……

「まあ一応ですよ。これからも継続的に仕事を取れるなら、正式なライバル認定します。今は仮です!」
「ぷっ……なにそれ」

 私はおかしくて笑ってしまった。こんな風に浅野芽衣と笑い合える日が来るなんて……思ってもなかったよ。

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