声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

168 降り注ぐ金の街のラブストーリー

「お待たせしました」

 赤い高級車から出てきたプラムさんはモコモコした服を着込んでて、上半身はなかなかあったかそう。けど下半身は短パンにタイツを合わせててすっきりした感じだ。ちょっとだけ高さがある靴を履いてるのは、自分の背の低さを気にしてるから? まあ自分は日本人の平均だから、彼女と並んでもそのままで全然問題ないと思う。
 けどそれは自分の価値観だろう。何にコンプレックスを持つかは人それぞれわざわざ指摘したりしないし、ここは大きな男を演出するためにもヘタな事はいわない。

「いえ、自分も今来た所ですよ」

 まさかこんな定番の台詞を言う日が来るなんて驚きだ。とことこと歩いて来て、キュッとちょっと遠慮がちに体を寄せてくるプラムさん。それはただのハグ……そうただのハグでこっちでは挨拶みたいなもの……いや、まてよ? 確かに外国の人は頭を下げる――とかよりも肉体的な接触を図りたがる人達だ。

 でもアメリカではハグをそこまでした記憶はない。握手ならよくやるけど……それに彼女はそういう慣習だからってそれをやるような人ではないような……

「ドキドキ……してる?」

 上目遣いでそんな事を言われてドキドキしない奴がいるだろうか? 特にプラムさんはめっちゃ可愛い。日本人にはあり得ない白い肌にさらさらの純粋な金糸の髪。睫とかまで彼女は金色で、その奥の深い色の青い瞳が宝石の様。
 だがここであまり有頂天になってはだめだ。このプラムさんはちょっとおかしい。彼女は自分から他人に興味を示す様な人じゃないし、わざわざ上目遣いであざとい感じを出す人でもない。天然ではあるが、今の彼女は明らかになんか演技入ってる。
 なにせここずっと彼女の舞台を見続けてる。そして自分は関係者特権を使って楽屋とかにもお邪魔できる訳で、オンとオフをしってるからこそ、このちょっとした違和感にも気付く。自分はプラムさんを送ってきた車をみる。そこにはサングラスつけた人が車に体をあづけてこっちを見てる。絶対彼女の入れ知恵だろ。
 自分が睨むと彼女、ミーシャ・デッドエンドさんは手を上げてそそくさと退散していった。

「どうしたの?」
「いえ、それよりも無理は止めてください。ミーシャさんに何言われたか知らないですけど、普通でいいんで」
「そう? 良かった。そういう先生好き」

 ドキン――と胸が高鳴る。天然だから……天然でこういうことをプラムさんは言う。本当にヤバい。今日一日持つだろうか? 既に心臓が早く動きすぎて疲れて来てる気がする。まあその分テンションも上がってるから大丈夫だけど。
 でもそのテンションを悟られないようにはする。なんといっても二人とも大人だ。落ち着きは大切だろうまあプラムさんが慌てた所なんか見たことないんだが……今もとっても落ち着いてる。自然体でいいって言ったから、直ぐに彼女は自分から離れた。

(あっ)

 と名残惜しく思ったけど、これからなんだ! と思い直してデートを開始した。まずはラスベガスの町並みを堪能……と思ったが結構寒いから室内の方がいいか? ラスベガスは色々と町並だけで楽しめるみたいだから、劇団で忙しいプラムさんはもしかしたらまだこの街を見てないかもおもったけど……

「寒いから、ちょっとあったまりましょうか?」
「それでいいなら……けど、大丈夫だよ? こうすればいい」

 そう言って彼女は普通に手を握ってきた。いや、手袋してるから直接肌にふれあってる訳じゃない。なのにどんどん内側から熱くなる。

(これもきっと彼女に他意は無い……よな?)

 そう思うけど……でも彼女は決して愚かじゃないんだよね。それなら、ここまで許してくれてるとおもってもいのだろうか? 自分は予定通りに町並みを見る事にするよ。エッフェル塔の様な建物があるホテルやビルの間を走り抜けてるジェットコースター、天井までスクリーンがうごめいてる歩行者天国、エジプト的なホテルだってある。
 そんな所にいったして、途中で食事を挟み、ある劇場へ。やっぱり彼女の興味を引くのも必要かなってね。町並み探索も実際かなり感触はよかった。彼女はとても心の起伏が少なそうに見えて、実は好奇心旺盛だと言うことが今日わかった。色んな所に行きたがるし、目を離すと直ぐにどこか消えそうになる。手を繋いでてよかった。
 いつの間にか自然と手をつなげるようになってたよ。保護者的な気持ちでね。それから中くらいの劇場にはいった。色々と調べて興味を持った劇団だ。ジュエル達の所ほど、知名度も人気もないけど、実力は確かだ。そんな所で劇を堪能し、そして、ハイ・ローラーという観覧車にいった。
 なんか日本人的にデートの締めは観覧車的な? いや、おあつらえ向きだったんだ。なにこれ、エアコンだって完備だ。快適にラスベガスの夜景が楽しめる。

 そこで僕はいうよ。

「プラムさん、君が好きだ」
「知ってる」

 やっぱり彼女は愚かなんかじゃなかった。自分の気持ちに気付いてて今日、付き合ってくれたんだ。

「ミーシャさんにはとりあえず付き合っとけって言われた」

 あの人……自分を金づるかなんかと勘違いしてない?

「けど私はそういうことしたくない」

 そう言ってプラムさんがまっすぐに自分を見つめてくる。女神かとおもった。夜の町並みが彼女をライトアップしてる様だったからだ。

「私は……ね。嫌いじゃないよ。楽しかったし。けどドキドキしない。だから……ダメ?」
「なんで疑問形なんですか?」
「うーん、ドキドキさせてくれるならいいよ」
「それなら――」

 自分は勝負に出た。彼女の言うドキドキが多分こういうことじゃないと思ったけど、最低だけど……自分は彼女の唇に自分の唇を重ねる。その秒数は2・3秒程度。ちょっとだけ堪能して離れた。そしてまっすぐにプラムさんを見る。

「――これでも……ですか?」
「うん、ごめんなさい」

 彼女の視線は1ミリも揺れなかった。何も感じなかったかのように。自分はこの日、失恋した。

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