声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

161 大きな子供の、大きな夢 18

 僕は一度どん底をみた。だからこそ、今の状況でも安心なんて出来ない。幾らミーシャ・デッドエンドさんがよくしてくれてる……よくして……めっちゃこき使われてるが、壇上に立てなかった時と比べれば、全然充実してる。やっぱり自分には舞台が必要なんだ。戻ってきてそれを実感してる。

 でも僕はずっと疑ってる。彼女の事を。僕のファンだと言ってくれたが、それを信用し尽くすなんて無理だ。いつ、裏切られるかとかビクビクしてる。別にお金を求められるとかないんだけどね。そもそもがどういう契約なのかも僕にはわからない。
 ただ彼女の指示に従ってヨーロッパを移動して、その現地の劇団を訪ねて参加する感じだ。僕が出る舞台は見てくれてる様だけど、会わない時の方が多い。メールで場所と時間だけ告げて、あとは勝手に口座に必要経費を振り込んでくれてる。
 それも丁度良い案配の額だ。多すぎず、少なすぎずって金額。贅沢ばっかりは出来ないが、たまに贅沢が出来る程度。いつもカツカツな訳じゃない。まるで少しずつ飼い慣らされていくような……そんな感覚。

 ある意味で管理されてる生活と言うのは楽だ。寧ろニューヨークで劇団に飛び入り参加してた時よりも生活が安定している。それに基本的に言ったら受け入れられるしね。事前にミーシャさんが話を通してくれてるからだ。飛び入りだが、飛び入りじゃない。

 それに滞在する場所も提供してくれる。至れり尽くせりとはこのことか。でも彼女の本当の目的もわからずに、この生活に慣れきると危険だと、自分の本能が言ってる。甘い言葉には絶対に裏がある――と僕はしってる。それこそ身をもってだ。
 この生活は楽しくて楽だ。僕にとっては理想の環境だろう。でもだからこそ……僕は彼女に依存してきてる。それはダメなこと。本当に彼女が信頼できるのか、僕は知らないといけない。そもそもが自分の借金がどうなったのかさえわからない。
 宙に浮いてる借金ほど、怖い物はない。なにせヨーロッパに居るのに、時々借金取りに追いかけられてる夢をみる。

 だから僕は彼女を食事に誘った。その為にコツコツとお金も貯めておいた。今来てる場所はドイツのハンブルクだ。ドイツでベルリンに次いで人口が多い都市である。劇団は娯楽を提供してる訳で、そうなると都市圏にかまえた方が客の入りが良くなるのは当然だ。
 それに結局都市の方が交通の便も発達してる。アクセスも良いんだから、地方からの客だった見込めるというわけだ。そんなハンブルクの雰囲気の良いレストランにミーシャさんと共にいる。

 ここの劇団員に聞いて知ったこのレストランは確かにとても良い雰囲気だ。アンティーク調の内装に、生の演奏が行われてる店内。ほどよく薄暗いこの場所ならプライバシーだって守られてるだろう。今日僕は、ここで彼女の本心を聞き出す決意をしてる。

 あんな思いはもうイヤだからこそ、彼女の事をここで見極めるんだ。なんとなく……で曖昧にしてて良い事じゃない。それが楽だし、無関心が出来るなら心配事なんかないのかもしれない。でも、それは逃げなんだ。面倒だから、怖いから……それから逃げてたら、どうしようもなくなったとき、本当に何も出来ない。
 
 だから僕は向き合う事に決めた。それでもここまで、半年以上……ぐだぐだしてきた自分だけどね。

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