声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

152 国をまたいで、電波は届く

「せんぱーい、ちょっとここなんですけど~」

 そう言ってきたのは浅野芽衣だ。ようやく、ラジオも軌道に乗ってきて、最近はスタッフ自演のお手紙を書かなくても良くなってる。アニメの方はなんとか最終回が放映されて、スタッフはなんとか生きて年を越えることが出来た。
 まあけど、色々と話題にだけはなったから、こうやってラジオはアニメが終わっても続いてる。まあこれもいつまで続くか……だけど。なにせ円盤の売り上げは結局千枚くらいだったし……まあそれだけじゃないし、今は配信が重要だ。一応黒にはなってるとか、プロデューサーはいってた。あの人の事、どれだけ信じれるかはわからないけどね。

「もうちょっと遊び心が欲しくないですか?」
「そう? 構成はいいと思うけど……」
「守りに入ってちゃいけないんです。声優ラジオなんていっぱいあるんですよ。掴んだ客を離さない為にも、先輩にはもっと働いて貰わないと。私の為に!」
「ちょっとはその本心隠しなさい……」

 前は一応外面として私の事を先輩として扱ってたけど、最近はその垣根がなくなってきてる。いちおう先輩予備はしてるけどさ……まあその貪欲さは認めてるけどね。前は自分がいかに目立とうかで企画を推してきてたけど、最近はそれはないしね。
 寧ろ私を酷使する方向に舵を切ってる。浅野芽衣はこのラジオで求められてるのが私の声の方だと認めたらしい。まあそれはありがたい事だ。そもそもがアニメのタイトルを冠して始まってるんだから、そんな当たり前の事には最初から気付いてて欲しかったけど、浅野芽衣はちゃんと成長してる。

「ん? 私じゃない? もしかして先輩のスマホじゃないですか?」
「え?」

 何やらポケットからスマホを出して確認した浅野芽衣がそんな事をいってきた。なんかバカにしてる感じが含まれてる気がしなくもないけど、自分自身も音はきこえてたけど、普通に浅野芽衣のほうかと思ってたから、文句言えない。

 確かに私のスマホは一日に数える程度……いや、一日も鳴らないこともざらじゃないけどね! どうやら今回は私のスマホらしい。取り出し画面を見てみると先生だった。年末には還ってくるとか静川秋華が宣ってたけど、先生は年始が過ぎてもこっちに帰ってきたという情報はない。
 まあ私にわざわざ連絡が来るとも思えないんだけど……

(一体何だろう?)

 そう思って取るか悩む。けど相手は大先生様である。失礼があってはならない。仕事に繋がるかもだし、もしかしたらハリウッドの吹き替えとかの話かも? そんな淡い期待もあって私は電話に出た。

『もしもし、匙川さん?』
「はい」
『ごぶさたしてるね。アニメお疲れさま。 全部見ました』
「それは……はい、ありがとうございます」

 別に見て欲しいとか言ってないけど……どういうこと? なにか心なしか先生の声に元気がない気がする。声には敏感なのだ。

「えっと、日本に戻ってるんですか?」
『いや、そうしようと思ってたんだけどね……ちょっと南の島にでも行こうかなと』
「はあ、仕事は大丈夫なんてすか?」
『それは……まあ、なんとかね』

 先生にしては曖昧な答え。何かあったのだろうか? もしかしてハリウッド映画の話がなかった事に……とか? でもそんな重めの話は聞きたくない。どうしようもないし。少しの間、無言が続く。先生は何で私に電話をしてきたんだろう? そんな事を考えてたからだ。そして先生も何かを考えてるから、無言なんだろう。

『その……ちょっと頼みたい事があるんだけど』
「私に出来る事でしたら」
『ありがとう、ならこれを聞いてくれないかな?』

 そう言って聞こえてきたのは録音なのか、隣に居るのかわからない女の人の声。綺麗な声だけど、なんと言ってるのかはわからない。私、英語出来ないし。

『この声を再現出来るかな?』
「それっぽくなら? 出来ると思いますけど……」
『そうか、なら今の声で『OK』とだけ言ってくれないかな?』
「意味がわかりませんけど……それだけでいいんですか?」
『ああ』
「えっと……じゃあ……コホン」

 私は喉の調子を確かめて謎の要望に応えてあげた。

『ありがとう……救われたよ』
「…………どういたしまして?」
『それじゃあ。あと、あめましておめでとう』
「おめでとうございます」

 そう言って私達の会話はきれた。私には終始謎の会話だった。

「先輩、どうしたんですか? 迷惑電話でしたか?」
「私にもわかんない電話だった」
「はい?」

 からかったつもりでいった浅野芽衣だけど、私の返答に困惑してた。いや、だって本当にわかんないからそういうしかない。何だったんだろうと思ったけど、とりあえず気にしない事にした。

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