声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

126 かと思ったら大型犬みたいな奴だった。

『ジュエル・ライハルト』と名乗ったその役者はとても腰が低い人だった。普段バッシュ・バレルの様な奴と居ると、余計にそう見える。まあバルクさんとかも自分に対しては腰低かったが……それでもヘコヘコしてるって訳じゃなかった。
 あの人はあの人の矜持って奴があったからだろう。でもなんだろう……この人は背も高く、姿勢もめっちゃいい。笑えば白い歯が見えて、それがキラーンとなってるような気さえする。まさしくイケメンで王子様的な見た目なのはまちがいない……が、なんか超腰が低い。

「はは! ありがとうございます」

 そう言って何回も頭を下げてる。何をやったのか言えば、本にサインを書いただけである。彼は自分の本をここに持ってきてた。何故にカジノに本を? とか考えれば直ぐにわかる。最初から彼、ジュエル・ライハルトの目的はカジノではなく自分だったからだろう。
 だってそうじゃないとつじつまが合わない。なにせここに本なんて荷物でしかない。もしかしたら質屋にでも……とかもありえない。本を担保金を借りるとかもないだろう。普通に売られてる本で幾ら借りられるかなんて推して知るべしというものだ。

「これは家宝にしますよ。帰ったら、部屋の一番目立つ所にかざろうかな? それともやっぱり宝箱に厳重にほかんするか……」

 なにやら彼は深くなやんでいる。でもそれは本心なのか……はかりかねる。なにせ彼は役者と名乗った。それならその態度だって演技かもしれない。人を疑ってかかるのは自分は好きじゃない。好きじゃないが、騙されるのなんて面白くない。

 しかもどうやら彼は自分を目的に接触してきたようだし、演技の可能性は十分にある。ここはまずは世間話風に彼の事を聞き出す事がいいか?

「喜んでもらえて嬉しいです。でも、自分の作品なんてこっちではマイナーでしょう? よく知ってましたね。それに本自体を持ってるのも珍しいし」
「それは当然ですよ! だってこれは聖典ですから!!」

 聖典? 自分で言うのもなんだが……そんなことをその本に対して言ったら、聖典原理主義者達か五月蠅そうだから止めてほしい。それにそんなたいそうな物でもないし。小説なんてのは一つの娯楽だ。芸術と言う人もいるが、別に自分はそんな高尚な気持ちで書いてる訳じゃない。
 
 まあそれでもバカにされるのはイヤだけどね。でも過剰に持ち上げられるのも……こうなんかモヤモヤする。

「先生の作品は全部読んでるんです。まだ翻訳されてないのは日本語勉強して読んでます。僕にとっては……先生のこの本は本当に大切な物で……救いで……憧れで……ぐす」
「ちょ!? 大丈夫ですか?」

 なんと、イケメン王子様がいきなり泣き出した。大の大人がいきなり泣くことにビックリだ。勿論ワンワンと鳴るわけじゃない。ちょっと涙を瞼に溜めただけだ。後は鼻頭が赤くなってる。

「だ、大丈夫……です。感動してるだけ……ですから」
「とりあえずハンカチでもどうぞ」
「うわー、先生のハンカチだぁ」

 めっちゃ無邪気に笑われた。なんだこれ? これが演技だとしたら凄いな。てか、流石に演技ではなさそう。この人、「ジュエル・ライハルト」はきっとこっちのオタクなんだろう。イケメン王子様なのにオタク。なかなかに濃いキャラしてる。
 それにどうやら他人の庇護欲をそそる奴らしい。自分よりもデカくて、がたいも良いのに、無邪気にハンカチを喜んでるジュエル・ライハルトが凄く庇護欲をそそる。なにかもっとしてやらないと……みたいな気になる。
 これが……これが父性って奴か!? 初めての感覚に軽く衝撃を覚えた。

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