声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

120 交わらないけど、持ってる人

「ミスったかな?」

 それはこの収録の事だ。私『浅野芽衣』的には、最近……まあ認めたくはないけど、自身の事務所『ウイングイメージ』の先輩である『匙川』先輩が軽くバズってたのはしってた。今期始まったアニメで先輩は声優をやってた訳だ。
 まあそれは声優なんだからおかしな事じゃないし、バズる様な事でもない。寧ろ最初は悪い方面でバズってたしね。なにせ先輩が出てるアニメ。まあ今やってるラジオの大元なんだけど、それは一話から作画崩壊が凄かった。オープニングもエンディングも全く間に合ってない状況で、既に終盤にさしかかってきた所なのに、まだそのままなのは驚きである。
 それどころか、この前の話は線画であった。それを公式が演出と言い張るのだから前代未聞である。一部とかがそれとかじゃない。全編通してそれである。あれは炎上してた。けど何かと話題は一番あるアニメである。だからこそ、この企画も立ち上がったんだろう。

 良い意味でも悪い意味でも話題なら今のうちに色々とやっておこうと言うことかも。実際、これに噛むのはマネージャーからは止められてた。けど私はそれを押し通してここにいる。後悔しても遅い。なにせこれは私の判断なんだ。

 まあ私はスパイみたいな物だ。私はアニメファン達にこのアニメの裏側でも伝えようかなってね。だから自分を映しつつ、背景もちょっと入れて『ラジオの収録中でーす。がんばっるよー♡』とか文字を入れて投稿する。別段作品名はいれない。

 そういうことはやってはいけない。可愛いを通り過ぎた迷惑は私は掛けない。だってそんなのする奴は可愛くない奴である。本当に会社とか作品単位に迷惑がかかることはしないという分別くらい私にはある。でもそれ以外は全力でやっていく。
 まあちょっと脚本家さんには睨まれてたが、あのくらいの脅しには私は屈しないのだ。それに自分的にはまだ観察してる状況。次はちゃんとやろう。あの人はなかなかに厳しいそうだしね。こんな……こんななんて言ったら失礼だが、他に言いようがないから仕方ない。

 だからあえて言うけど、こんな収録は初めてで、そこにプライドとか言われても鼻で笑いそうになるが、一応スタッフにはいい顔をしておきたい。なにせそういうのが次の仕事に繋がったりするものだ。

 このアニメはバズってる。アニメのできのそうだけど、最新話では炎上もしてるが、一つだけ評価されてる事がある。それが声優である。それも私が見下してた筈の先輩。匙川ととの……なんでまだしがみついてるのか不思議だった。
 このご時世に、全然容姿を気にしないその格好。なめてるの? とか思ったもん。売れたいなら、もっとやることあるじゃんって。どうせそのうち消える……とか思ってたが、何故だかここ一年くらいから匙川先輩はちょくちょくアニメに出るようになってきた。

 確かに前よりは前髪も分ける様になって固めだけだけど見えるようになったし、黒だけじゃない服を着るようにもなってた。けどメイクとかはまだまだだし、相変わらずイベントとかには出演NGって……それじゃあ今は良いけど絶対に消える。
 その確信をほしかった。だって、匙川先輩は今の流行とは真逆だ。私が頑張ってる事とは逆の事をやってる。それで認められるとか……むかつくじゃん。だから、やっぱりたいした事ないんだって仕事ぶりを見て思いたかった。
 けど……

「はい、お疲れ。次で最後だから頑張って。浅野さんもよかったよ」
「はい、ありがとうございます」

 今回は怒られずにすんだ。私はちらっと脚本家さんを見て向かいの匙川先輩を見る。何やらブツブツと台本を見て口ずさんでる姿が怖い。これで二本目を取り終わった。次で今日は最後だ。ラジオだけど私はMCだ。やっぱり緊張して疲れがでてくる。
 なにせ初MCだしね。あと一本……頑張ろう。

「浅野……さん」
「はい? なんですか先輩?」

 ぼそぼそと前方から聞こえた声。さっきまで生き生きとした声を出してた人と同じに口から出てるとは思えない声だ。けど確かに同一人物なんだよね。

「お、お疲れさま。あと一本、がんばろう……ね」
「…………」

 もじもじ言う先輩。なんだろう、むかつくな。むかつくから苦手な事してやろうとおもった。

「せんぱーい、一緒に写真撮りましょうよ」
「え? やだ……」

 そこはきっぱり否定するんだ。けど逃がさない。私は机を回って先輩を捕まえてスマホを構えて「わらってわらって」と言いながらがっちりホールド。そしてパシャッと撮った。

「先輩、顔隠れてるからこのままあげますね」
「あげるって……ダメダメ! それはダメ!」

 いつにない声の張りである。けどそんなダメって言われたらあげるしかない。大丈夫、ちゃんと顔は見えてない。

『いえーい、事務所の先輩とツーショット。仲良しだよ♡』

 とか入れてあげた。それを見せてガクガクしてる先輩を見て優越感が戻ってくる。このくらい良いでしょ。だって、声優として……声優としてだけは認めてあげたんだから。

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