声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

109 噛み続けて味がないから

「まあまあ、ちょっと目を閉じて……ください。サービスですからね」
「なんか納得できないが、やってみろ」

 そう言って目を閉じてるのは匙川ととののマネージャーだ。横に幅広い彼はスーツを脱いでシャツをまくってボーリングの玉を投げていた。そのフォームはなかなかに綺麗だ。学生時代になかなかに嗜んでいたというのはおそらく本当だろう。だが、どうやら彼はあの頃の体のままで投げているし、ボールも選んでた。

 そのせいで指に詰まってたようだが、合ってるのに変えてからかなりよくなった。そしてついにスペアをだした。これで残り一回。俺がさっきストライクを出してたら、そこで終わっていた。危ない危ない。あの匙川のせいでテンションが上がって思わずストライクを出しそうになってしまった。

「目さえ開けてれば、問題ないな」

 俺はぼそりとそういう。だが、投げる時はどうあがいてもレーンの先のピンを見てる。そこに声が伝わってくると、余計な想像が入ってくる。しかもさっきは目まで閉じて声に集中してしまった。それがまちがいだった。声とともに生々しい情景が俺の頭に浮かんできやがった。

(勝負の最中で大丈夫か?)

 どうやら匙川はマネージャーに声をかけるようだ。さっきスペアを出した時、俺と匙川は話しててあいつのスペアの瞬間を見てなかったからな。それに不満があったんだろう。その機嫌取りで俺の時と同じように声をプレゼントするらしい。

「マネージャーさん。勝利しましょうね。勝利!」

 俺には正直なんのキャラか分からなかった。てか目を開けてみると、気持ち悪いというか……だが、目を閉じて聞いてた匙川ととののマネージャーは震えていた。その体が。どうやらかなり染みたらしい。あいつの声は特殊だ。ラジオにかかわってたから、声優とかかわる事も多かったが、大体ラジオの時は声優は素の声だ。

 普段の声を作ってる声優もいるが、基本声優の声でなにかを感じた事はない。ラジオは番組であって、エンタメではない。俺達的にはいかに出演者を乗らせて、上手く進行できる番組にするかが大切で、作る声を求めてるわけではないからな。良い声に越したことはないから、声優向きとはおもうが……

 実際匙川ととのがラジオをやれば、その様々な声でどうなるか……正直言えば、聞いてみたいし、作ってみたい気はする。全く新しい何かを作れるかも知れない……という期待が僅かにだが、胸にくすぶってる。だがラジオの予算はどんどんと減ってるし、その割に声優への制約というものは多くなってやりにくい。

 しぼんでいく業界だ。このまましがみついてたって意味がない。だからこそ……新たな道を……夢を見る。この年でも、やりたい事をやってやるのが俺だ。

 ただ、まあ……未練がないわけじゃない。なにせ俺がやりたい様にやった番組とかやったことないからな。そういうのを一回はやってみたいとか思ってる。それを実現して、匙川の声を目一杯押し出して俺の企画で映像ありきの今の時代の横っ腹をぶったたく
 
 それが出来れば……出来るのなら……俺は。

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