声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

104 0.00001パーセントの勝率

 愛西さんの思いはわかった。少なくとも私には伝わったよ。他の二人にはどうかはわからない……アホな事を言い出したと思ってるのかもしれない。けどあの人は本気だ。なら……と思って引き下がるかと言えばそうじゃない。
 だってこっちだって本気だ。

「匙川……」

 マネージャーが何か言いたそうだ。私が震えながら前に出たからだろう。私は初対面の人が苦手だ。それにこんなタバコをぷかぷか吹かせる奴も嫌いである。でも前に出る理由がある。愛西さんが本気なように、こっちだって声優に本気だ。

 いつだって転げ落ちておかしくない位置に居る私は、どんな仕事にもしがみつきたい。それに今は波も来てる。最後のチャンスかもしれない。だから私も引くことは出来ない。

「お……おお……お……ねがいします!」
「何を勘違いしてるのか知らないが、俺なんかよりもスゴイ奴は沢山居るぜ。そいつらに頼めよ」
「今の時期に空いてるのは貴方くらいですよ」
「それはご愁傷様だな。諦めるしかない」

 そう言って私の横を通って愛西さんは再びボールを構えて投げる。気持ちいい音がなる。夢に向かって頑張る人を動かすのは難しい。それはよくわかる。愛西さんは本気だ。そんな人に、やる気を出させてやってもらうのは確かに無謀なのかもしれない。
 けど、彼の他には空いてる人はいないと言う。ならどうやってもやってもらうしかない。自分たちでやるなんてそんなのは無謀だ。ポッドキャストとかなら、素人配信でも許されるだろうが、公式で配信することになるとそうもいかない。だって個人が配信するのとは違う、責任って奴がある。

「まあ……どうしてもと言うなら――」

 私たちの方を見てそういう愛西さんに私たちの顔が晴れる。けどそれは一瞬だった。

「――俺とボーリングして勝ったら考えてもいい」

 その言葉の瞬間、皆頭をガクッと落とした。よくある展開だ。寧ろ見飽きたと言ってもいい。こっちの要求を通すのに勝負をする。定番だ。けどそれに乗るのは直情的な物語のキャラだけである。だって勝てるわけ無いじゃん。
 向こうはプロを目指してさっきからバシバシピンを倒しまくってる人だ。私なんて遠い日の記憶でしかやったことないし、マネージャーは体系的に……ね。望みがあるとすれば、田無さんなんだがこれは私たちの問題であって、田無さんの仕事は既に終わってる。彼に頼るのはお門違いだ。

「愛西さん、それは酷くないですか?」

 そう言ってくれるのは田無さんだ。言ってやれ、言ってやれ! って私は思ってた。だって、絶対に私たちが勝てることがない勝負なんて、そんなの勝負じゃない。

「酷い? そりゃそうだ。だって俺はやりたくねえんだからな。それでも勝負までして可能性を提示してやってんだぞ? やってもないのに諦めるのか? その程度の仕事なら、別にぽしゃったっていいだろ」

 うぐ……だ。こっちは頭を下げに来てる訳で……提案を引き出せただけ、幸運と考えることも確かに出来る。愛西さんにとっても、私たちと勝負することに何の意味もないだろうし……練習相手にも私たちじゃならない。そんなのわかりきってる事だ。
 
 この勝負に勝つことは絶対に出来ない。可能性があると言っても一パーセントもない確率だ。ならどうすれば? この勝負以外に、愛西さんは受けてはくれないだろう。なら私たちは受けるしかないけど……

(勝負に負けても試合に勝つ方法があれは……)

 私たちの目的はラジオの脚本を彼に担当してもらう事だ。ボーリング勝負に負けても、その過程で何かがおきれば、愛西さんの心変わりが促せれは、脚本を担当してもらうという試合にはかてるかもしれない。けど……

(全然何も思い浮かばないよ~~!!)

 私は頭をガリガリと掻く。その掻き方があまりにも激しかったからか、なんか周りに引かれてしまった。

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