声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

96 私は狙われていた!?

 今私は社長さんと共に事務所の廊下を歩いてる。私の後ろにはマネージャーとそして、堺さんがまだ熱く話し合ってた。

 場所を移動することになっても、二人は意見を重ねてる。なんか通じ合うものでもあったのか……なんだか私が社長さん相手に緊張してる間に二人の距離がグンと縮まってて複雑やらそう出ないやらだ。
 
 ちなみに今、ここには田無さんはいない。なぜなら今私達は、最初の目的とは違う事をしにいってるからだ。
でもちゃんと本来の目的も果たしたいから、その仕事は田無さんがしてくれてるーーと云うわけだ。
 まぁただ単に彼が一番若かったからその役目を押しつけられた感じだね。同じ役職でも序列みたいなのはある。田無さんよりは堺さんが先輩なのだ。

「すまないね。急なお願いを聞いてもらって」
「いえ、田無さんがその脚本家さんを探す数時間くらいなら別に……」

 私は別段売れっ子声優ではないし、時間が詰まりまくってるって訳じゃない。だから数時間くらいなら……というか、今日は別段これ以外に仕事ないし。ちょうど空き日だったのは幸いだった。これでも前よりは仕事してるからね。

 一体どれだけ仕事が詰まれば売れっ子と言っていいのだろうか? 私はまだ週に2・3日くらいだ。それもこのままじゃまた減っていく。声優って世知辛い。だって全然安定しないんだもん。仕事が決まったかと思って安心できる期間なんて、数ヶ月だ。長いアニメで半年とかいけるけど、実際一本のアニメだけで食べていけるかって言うと、私のギャラでは厳しいのが実情だ。

 今は二本やってるからなんとか……って感じだ。滅茶苦茶な方は声優私だけの分、その分ギャラが多いのもある。まあ多いと言っても声優一人分に色を乗せた位だけど……私が一体何役やって、何人の声優のギャラを浮かせてるのかを考えると、今のギャラでも格安だと思う。

 けど、これ以上とれるかと言えば……微妙だ。それに滅茶苦茶な現場だが、あの音響監督がなんか感じ変わってから、それなりによくなったし、勉強と思えば……ね。一応、アニメが予想外に売れれば、さらにギャラをくれるってあのプロデューサーは言ってた。

 守るかはとても怪しいが……

「なんだか楽しそうですね?」
「それはそうだよ。君の声を楽しみにしてるからね」

 ちょっ!? この社長さんはやっぱり天然か? そういうことを事もなげに言ってくる。社長さんからしたら、私たちなんて若輩もいいところで、娘とか孫とか……流石に私の年の孫はまだいないだろうけど……そんな感じだから、きっと素直に言葉を言ってるんだよね。

 それに私が自分の所の声優じゃないからって事もあるかも。結局の所はよその子だし。そんな私たちは階層を変えて、何やら声優さんがいっぱいの所にきた。多分ここに所属してる声優たちのレッスン室とかがあるフロアじゃないだろうか? 

 うちの事務所にもある。流石にここみたいに広くもないし、部屋の数も段違いだけど……広い所は素通りし、さらに奥の方の個人レッスンでもしそうな部屋のドアを開いてくれる社長さん。中にはマイクとピアノとか、映像を映すモニターとか、後はよくわからない機械がある。
 狭いと言ってもマイクは三本あるし、立ち替われば、五人くらいでここで現場でのマイクの占有の事とか学べそうだ。

「準備は出来てるか?」
「ええ、勿論」

 中には一人の男性がいた。何やら機械をいじって、モニターに何かを映してる? それは青い空間にいる一人の少女。大きな目と、愛らしい容貌、そしてちょっとセクシーな衣装が目立つCGの女の子だ。

「さあ匙川くん。彼女に命を吹き込んでみてくれ」

 そういう社長は別段さっきまでと変わらない口調だし、声のトーンだ。別にいつもの調子? と言っていい感じ。でも……何だろう? 何か感じる。ヒシヒシと何かを……

「気楽にどうぞ。台本はそこにあるので」

 ここに居たその男性も、そう言ってリラックスさせようとしてくる。でも……何か……何かがあるような気がしてならない。でもここまできて断ることも出来ない。だって別に彼女に声を当てるだけだ。別段おかしな事なんか何一つ無いんだから。

 私は声優だから、それは普通の事。私は進み出て、そのCGの少女の前に出る。別段彼女はなにか動く訳じゃない。それはそうだろう。彼女にはまだ何も宿って無いんだ。だから私が、それを入れるのだ。この声で……

「それでは上の台詞から動きにあわせて読んでみてください」

 その言葉に従って私は台本をさっと手に取って見た。

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