声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

93 あくせくするのはいつだって下っ端なのは世界の摂理

「は~ふぅぅぅぅぅ」

 私は深呼吸をした。確かに宮ちゃんの事務所の社長さんは魅力的だ。クラッ来るくらいにはね。けど、だからってなんだ。私が見る夢はたった一つ。それは本物の声優へと至る事。だから恋なんかに現をぬかしてる暇なんかない。
 現実問題として、こんな素敵な人が私なんかを相手にしないって事情もある。だってこんな渋面で社長とか、絶対に女が寄ってこない訳ないスペックだ。つまりは選り取り見取りだよ。そんな人が私に振り向くだろうか? 可能性は限りなく低いと言わざるえない。

(私は仕事の為に来たんだ。ここでいい脚本家の人を紹介して貰えれば、まだチャンスはある。だから余計な事を考えるな私。脈なんてないんだ)

 これまでいっぱい色んな事を諦めてきた。だから諦めるのは得意だ。けど、たった一つ、諦めきれなかったものがある。それがこの仕事だ。だから私は……何があってもこの仕事を最優先にして選ぶ。それだけは絶対に変わらないこと。

「こちらの二人はリードマネージャーの二人です。二人は色々と顔が広いからね。部署を渡って人を動かす事もあるから、そういう事に強いかなと思ってね」

 そういう社長さんに反抗することなく、お二方は頭を下げてくれる。まあこんなでかい会社の社長に一社員が逆らえるはずないよね。私達も挨拶して、それぞれ名刺を交換した。そういえば社長さんからは貰ってないな。やっぱりいい顔してるけど、私達の様な社会の隅っこにいるような奴とは名刺なんて交換しないって事か。

 社長の名刺とかは偉く豪華だったりするかと勝手に想像を膨らませていたけど、確かめることは出来なさそう。そしてきっとこれからもそんな機会はきっと来ないんだろうな。ちなみに二人の名前は『堺さん』と『田無さん』だった。
 やっぱりこんなでかい事務所に入れる人達だからか、なんか知性というか、そういうのを感じる。そして出来る男のオーラがあるというか……二人とも髪も決まってて、髭とかも整ってる。まあ一人は髭なんて生やしてないが……更にスーツもピシッと決まってる。スーツだよスーツ。私は隣のマネージャーを見る。

 一応今日は初めて見るスーツだ。けど、なんか丈もあってないし、皺も残ってる……これが大手とその他のレベルの差か……と感じた。きっと就活で着て以来着てないんじゃなかろうか? そんな気がする。髭を生やしたちょっとワイルドダンディな方が堺さんで緩く自然風な髪を茶色く染めて、美形なのが田無さんである。田無さんの方は若くて、もしかしたら私よりも……と思える。堺さんは四十くらいだろうか? 
 雰囲気からして偉そう。別に威圧感があるとかじゃなくて、この人デキる!? みたいな? そんな雰囲気だ。でも二人は同じリードマネージャーなんだよね? リードマネージャーって何? 大手は役職が色々とあってわかりづらいよね。まあ偉いんだろうけど……けどそれで考えると、田無さんは二十台で既に堺さんと同じ役職にいるという事になる。
 なに? 出世頭なの? とりあえず私達は社長さんを上座において、私達とリードマネージャーの二人が対面する形で座った。まあこれが普通だよね。私達はお客様だけど、社長さんと同じ目線には立てないからある意味安心した。私もマネージャーもね。

「こっちはお客様だぞ!!」

 って言えるような図々しい心臓は持ち合わせてないのだ。私達二人共庶民なんでね。

「それで、確かラジオの脚本家を探してるそうですね」

 そう切り出したのは堺さんだ。うん、そうだよね。私達は頷く。

「それでとりあえずまずは期限はどのくらいでしょうか」

 くっ、流石は出来る仕事人的な雰囲気を醸し出してる堺さんだ。いきなりそこをつくか……けどここで言わない訳にはいかない。私とマネージャーは視線でけん制しあう。

(おいおいいきなり来たぞ)
(ここはマネージャーの役目でしょう。私は静かに座ってます)
(おい! 汚いぞ!!)

 てなやり取りがあったかは私にもわからないが、私的にはそう解釈してる。そして多分大体あってたはずだ。マネージャーが意を決して言ってくれた。

「あと、五日くらいでしょうか……はは」

 うん……最後の乾いた笑い声……わかるよ。対面の二人もなんか難しい顔してるしね。いやほんと、こっちのバカのプロデューサーのせいなんです!!

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