声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

88 本物の声優になる

「宮ちゃんはとっても贅沢だよ」
「贅沢……ですか?」

 宮ちゃんは私の言ったことをわかってない様に頭をコテンとかしげる。ああもう、そういう所だよ。そういう可愛い所、本当にずるい。私が同じような動作をしようものなら、「けっ」と唾吐かれるからね。まあけど、そこじゃない。私は宮ちゃんの可愛さに撃たれない様に、やっぱり空をみる。

「うん、贅沢。最初から誰からも求められようだなんて……贅沢だよ」
「私は……ただ、声優だから自分の声を認められたいだけです。おかしいですか?」
「ううん、おかしくはないよ。声優として正しいと思う」

 声優は声のお仕事だ。そのはずだった。でも今や、声優は声のお仕事だけにとどまらないのが実情だ。それがいいのか悪いのか……声優業界の端っこの私にはわからない。個人的感情だけで言えば糞くらえって思ってる。けど、それは私の考えであって、表に出てきた声優に喜んでる人達は沢山いる。だから一概には悪い事だって言えない。

「それじゃあ、私の何が贅沢だって言うんですか!?」

 そう言って宮ちゃんはブランコから立ち上がる。カシャン――とブランコが音を立てて静かな公園に波を立てた。

「最初から声で認められようとしてる所……かな?」
「だから、それは声優なら当たり前って匙川さんも言ったじゃないですか!」
「そうだね。でも、それってそんな簡単な事じゃないんだよ。声で認められるって事を、声優は皆目指してる。それは当たり前の事だから。その場所はゴールじゃなくて、ずっと目指すべき目標なんだよ」

 実際、私の交友関係はとても狭いから、声優が皆、自身の声を認められたいと思ってるかはしらない。ただ声優である以上。私はそういう思いを持ってるものだと思ってる。

(ええー何言ってるんですかせんぱーい。そんなのある訳ないじゃないですかぁ? 私はただチヤホヤされたいだけですよ?)

 ちらっと浮かんで出てきたのは浅野芽衣だ。あいつは間違いなくこういう事を言いそうだ。まあああいうやつもいるって事で……

「目標……」
「宮ちゃんはとても恵まれてるよ。私と違ってデビューして直ぐに沢山お仕事を貰えてる」
「けど、それは!」
「声じゃなくて、宮ちゃんがカワイイから? それの何がいけないの? いいじゃん!! 正直言うとね、私は宮ちゃんが羨ましいよ!! 可愛くていい子で、声優としてもこれからもっと成功できる。それが確約されてるみたいな物じゃん!!」

 私は座ったままだけど、ブランコの棒の所を強く握ってそう言い切った。羨ましい……妬ましい……この感情は本物だ。宮ちゃんは好きだけど、どうしても人として、そして同じ業界にいるライバルとして、その感情を無視するなんて事は出来ない。

「匙川さんは……私の事嫌いなんですか?」

 宮ちゃんはなんでもストレートだね。本当に純粋で……どうやったらこんな子が出来上がるのかわからない。まるで奇跡の塊の見たいな子だ。私はきっといくら善行を積んで、何百回と輪廻転生したって宮ちゃんみたいには成れないと思う。

 だって私の中にはドロドロとした黒い感情が渦巻いてるもん。私もブランコから立って宮ちゃんと目線を合わせる。てか、私と宮ちゃんはほとんど身長が変わらない。変わらないのに胸は明らかに宮ちゃんがあるって……ここでも世界の理不尽を感じる。
 私は宮ちゃんに手を伸ばしてその頭をなでる。

「嫌いじゃないよ。いっぱい嫉妬するし、妬んだりもする。けど、宮ちゃんの事は嫌いじゃない。でもここでそんな舐めた事言って声優やめると嫌いになるかもね」
「なんで……ライバル……減りますよ?」

 確かに宮ちゃんは強力だ。誰かが一人光れば、端の奴はおちていく。それはどの業界でも一緒だろう。私は危ない位置にいるってわかってる。特に女性声優はとても入れ替わりが激しい。沢山のお仕事を貰う人がいる一方で、役もろくに貰えずに消えていく女性声優は数多くいる。

 そして女性声優は所謂消費期限というか、そういうのが厳しい。やっぱり女性は若い方が好まれる。イベント時代の今なら特にだ。その分宮ちゃんは現役女子高生声優という肩書はとても強い。現役三十路声優なんて誰も興味持たないのだ。
 いや、三十路にはまだちょっとあるけど……とにかく、早くから活躍しないと、歳を重ねていくと仕事はどんどんと少なくなると言われてる。私はきっとその岐路に今立ってる。消費期限一歩手前だ。今、私は立場というか、業界での位置を確立しないと、これ以上きっと声優としてやってく事は出来ないだろう。

 でも、そんな事はカワイイ後輩の前では見せないよ。だから、いう事はこれだけだ。

「大丈夫。だって私は、宮ちゃん達とは違う声優であるもの。私は……私だけは、この声だけで声優としての立場を築き上げて見せるからね」

 私はそういって笑ってやった。見る人が見たら、気持ち悪いとか言われる笑顔だけど、今はそんな事は気にしない。だって私は私の中にずっとくすぶってた気持ちを今、言葉にして声として出した事で、自身の目標を見据えたからだ。

 そう……私は――

 『本物の声優になる』

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