声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

45 幸せよりも心臓に悪いって!

 私たちはカフェスペースに移動した。あれから結局私たちは共にいる。なんかとても心配してくださってるし、そもそも私にはこの先生を拒絶なんてできないのだ。そんな事をすれば、声優としてやっていけなくなる−−ってことはこの人はしないだろうが、それだけの権力があるってだけで拒否れるわけない。

「どうぞ、遠慮なさらずに」

 そういう先生はなんだか嬉しそうである。何がそんなに楽しいのか。私みたいなブサイクと一緒に居て楽しい事なんかないだろうに……まあ普通に私が大事に至らなかったのが嬉しいみたいだけどさ……なんでこんなに好感度高いのかわからないから怖い。

 私の目の前には甘そうな飲み物がある。先生が気を利かせてなんかお洒落な飲み物を頼んでくれた。先生はコーヒーを飲んでる。私も落ち着く為に先生の注文してくれた飲み物を飲む。甘ったるい香りが鼻孔をくすぐり、甘さが喉を向けていく。けど案外くどくはなくて、飲みやすかった。

(美味しい……)

 そう思ってゴクゴク飲んでたら、対面に座ってる先生と視線がぶつかった。なんか意外そうな顔してる。私は思わず顔を反らす。

「ごめんごめん、元気が出てきたようで良かったよ。本当に大丈夫か心配してたんだ」
「それは……ご心配おかけしました」

 どうやら私がゴクゴクと勢いよく飲んでたから元気になったと思ったらしい。まあ確かに、なんか体調は持ち直して気はする。元々気持ちの問題だったしね。人生で最初で最後かもしれないくらい優しくされたら、それは……ね。ちょっとは元気になるよ。

 それにいくら私が卑屈で捻くれてるからって嬉しいものは嬉しい訳で……なんか変な事が頭に浮かぶ。

(これって傍から見たらデートなのかな?)

 私はそんな思いが浮かんで瞬間、自分の頬を引っ叩いた。

「どうした!?」

 先生が私の奇行に思わず机に乗り出す様にして立ち上がる。まあいきなり対面の人が自分の頬を引っ叩いたらそういう反応になるだろう。ごめんなさい、変な女で。周りに意識を向けると、何やらヒソヒソト話してる奴らが……いや、きっと自意識過剰なだけだろう。もしかしたら先生に気づいたって可能性がなくもない? そうなるどスクープになってしまうかもしれない。

 なにせ先生は大人気作家様だ。けど、先生はあまり露出してる人ではなかった筈……なら、やっぱり自意識過剰。そう思う事にしよう。人は、自分が思ってる程に他人に興味なんてないんだ。

「ちょっと自分の頬を鍛えようと……」
「面白い事をするんだな。まさかそれも声に影響があるとか?」

 何言ってるんだこの人? 実はかなりの天然なのか? よくわからない。まあこの状況もよくわからないし……考えるだけ無駄か。

「そんな訳ないです。ちょっと頬をかこうとしたら勢い余っただけです」
「ふはは、なんだそれ」

 笑われた。けど……なぜだろう。全然嫌じゃなかった。それどころか……だ。私は先生の見せた笑顔に釘付けになった。

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