声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

17 襲撃は厄か福か


「いよいよか……」

 俺は普段はつけないテレビをつけてソファーの前にパソコンと共に移動してきた。何故かって? それは明白だ。だって今日が俺の原作アニメの放送日だからだ。この一年費やしてきたアニメの放送日。そりゃあ腰を落ち着かせてみようとなるだろう。

 実はサンプルは何回も見てるんだけどな。けどやっぱり放送日は特別だ。力を入れてる作品だから、なんと初回は一時間放送だ。パソコンはネット反応の確認用として持ってきた。

「あと十分くらいか」

 そういって飲み物を用意する。そんな時、チャイムがなった。こんな非常識な時間に誰だ? いや大体想像できるけどな。なので無視……居留守を使う事にした。するとなんの遠慮もなく連続で鳴らされるチャイム。

 おいおい時間を考えろよ。

「せんせーい! いるんでしょ? 開けてくださーい!」

 特徴的な可愛い声が扉越しに響いてる。その声を聴いただけで扉の向こうにいるのが静川秋華だとわかる。めんどくさいから無視続行だ。その内帰るだろう。

「せんせーい、出てこないなら、ここで段ボールに入って寝ますよー」

 おいおいなにわけわかんないこと言ってんのあいつ? ちょっと理解が追いつかないんですけど? なんか不安になったからインターホンのカメラから外の様子を伺う。すると静川秋華の奴は本当に折りたたんでた段ボールを広げてる。

 そしてその段ボールには「拾ってください」の文字がみえる。いやいや、あいつ拾われたら、それこそ薄い本みたいになるぞ。てか家の前であんなのあったら、他の部屋の人達になんと思われるか……

「本当に寝ますよー。お休みなさーい」
「待て待て」

 マジで毛布と枕まで持参して寝ようとしてるどっかの大人気声優。俺は周りへの配慮の為にこいつを迎える事にした。本当に面倒くさい奴だ。

「焦らすなんて先生はほんとテクニシャンですね」

 そんな事を言われた瞬間叩きだそうかと思ったが、どうせ同じことの繰り返しになるからやめた。早々に俺がさっきまで座ってた位置に座って俺が飲んでた紅茶を何のためらいもなく飲み始める静川秋華という女。

 このフリーダムさ……ある意味感心する。どうしてなんの躊躇いもなくそこにある物を手に取れるのか? 自宅ならわかる。なんせ自宅だしな。けどここは俺の家でこいつのではない。当然置いてある物全て、俺の物だ。俺の資産である。

 そんな他人の資産を勝手にもぎ取る、使う……それは窃盗と一緒なのではないだろうか? そんな事を思ってると静川秋華は勝手知ったるという感じで、台所の棚からお菓子を出してきた。もうこいつほんと嫌だ。

「あっ、始まりますよ」

 確かにテレビでは俺のアニメが始まってた。ここはこいつは無視して俺も当初の目的に専念しよう。それがいい。パソコンを操作しつつ、テレビの画面をみる。静川秋華もアニメを見てる時は静かだった。
 声優として、何か色々と考えながら見てるのかもしれない。うるさくないのはありがたいので、俺は余計は事は言わなかった。
 真剣に見てると一時間なんてあっという間だ。エンディングから次回予告まで終わって静川秋華は大きく伸びをする。そしてこういった。

「先生、お風呂入ってきますね~」

 そういってさっさと出てくやつ。マジで自宅かなんかと勘違いしてるよな。その内毎日、ここに帰ってくるんじゃないだろうか? 遠くから見てる分には綺麗だし可愛いし、面白いしでいいんだが、巻き込まれるのは勘弁願いたい。
 もう遅そうだが……とりあえずアニメの評判は上々のようだ。これからの出来次第で成功するかは変わるだろうが、上場の滑り出しと思ってよさそうだ。次の山場は三話だな。最近は三話がターニングポイントと言われてるからな。

 そこまでは心配だが、きっと大丈夫だと信じよう。スタッフの人達も皆頑張ってくれてる。俺はもう後は打ち上げの時まで用無しだろう。今回はそれなりに出しゃばったからな。これ以上はやりすぎだろう。

「せんせーい、今日はエッチな服無いんですか?」

 そういって髪をタオルで拭きながら俺のシャツを羽織っただけの静川秋華が現れた。こいつ狙ってるよな? なにせ下は履いてないし、胸元は半乳見えてるくらいだ。服の上からではよくわからなかったが、案外あるんだな……と思った。

「十分それがエッチだろ」
「あっ、先生そんな目で私をみてるんですか? うふふ、襲いたくなったらいつでもどうぞ」

 そういって俺の前で前屈みになる静川秋華。ブラをしてない胸がいやらしく揺れて重力に従う。さらには近づいたことで風呂上がりのいい匂いが鼻腔を擽る。湿った髪もいやらしさを倍増させてる。そこらの男なら、近づかれただけで押し倒すことだろう。こいつはそれだけの魅力を持ってる。

 まあ俺には効かないが。いや、実は結構必死に欲望を抑えてる訳だけどな。なんせ俺も男だ。美人は基本的に好きだ。ただ、大人には立場とかしがらみとかがある。全てを捨てる覚悟で欲望に身を任せるなんて事は出来ない。
 
「せんせっ、ネットなんて見ない方が幸せになりますよ?」

 俺のパソコンを覗き込みながら静川秋華がそんな事を言う。肩越しに覗き込んでくる静川秋華の髪の毛が首とかに当たってムズムズする。こいつ絶対にねらってやってるだろ。少し視線を向けると、はだけたシャツの隙間から胸が見えて更に突起物が見えそうなんだよ。
 これで黒ずんでたら、まあ少しは冷めたりもするが、僅かに見える部分的に、静川秋華は案外純情なようだ。

 言い方を変えれば重いとか……な。俺に執着してるのを考えると強ち間違ってないよな。

「偏ってても、反応は反応だからな。知っておいて損はないだろ?」
「損しかないですよ~。ネットの声なんて適当な事しか言ってませんから。特にリアルタイムで書き込んでる奴らなんて、ちゃんと見てると思いますか? 見てませんよぜーんぜん」

 静川秋華は何かあったのかと思うくらいに辛辣だ。それはいいが、俺の肩に腕をのせて更に頬を乗せるな。めっちゃ吐息とかかかるんだよ。これで口が臭いなら思いっきり言ってやるんだが……前回の反省からか、ちゃんといい匂いがしてる。

 それに唇めっちゃプルプルだ。その形のいい唇が艶々でプルプルとか美味しそうとしか思えんのがヤバい。なんかこいつ今日はめっちゃ気合入ってないか? 隙がない。体の一部を制御するのに全神経を集中するくらいヤバい。流石にこの近さだと、バレそうだから必死だ。

 なるべく興味ない感じで振舞って来たからな。ここてナニが変化してたら、こいつはきっと脈ありだと思うだろう。そうなると更にグイグイくる事は確実だ。そうなると本当にヤバい。なんだかんだ言って美人に迫られると男は弱いんだ。

「お前、なんで来たんだよ?」
「えー? だって二人の愛の巣じゃないですか。どこかおかしいですか?」
「全部おかしいが?」

 そもそもここは俺のマンションであってお前の家ではない。まあ何回言っても意味ないんだが。ほんと逞しい奴だよ。俺なら一回……くらいではまだ諦めないが、流石に何回も何回も同じ相手にアタックは出来ない。

 結構きっぱり断ってるんだけどな。それこそ最初の一回なんて酷い振り方をしたと思ってる。なのに……だ。この静川秋華は全然懲りてない。恐ろしい奴だよほんと。根比べなのかもしれない。勝てるか? 正直怪しいが……まだ社会的地位を捨てる気にはなれない。

 でもこれ以上触れ合ってるのは不味い。久々の人肌はとても愛おしく思えるしな。とりあえずここは癒しや欲望を抑えて静川秋華を引きはがす。

「おかしくないですよ~。先生も私が居ないと寂しいでしょ?」
「別に?」
「先生は素直になれない人ですからね。いっぱい頑張って、我慢してる事に気づいてないんですよ。だから私が癒してあげたいんです」

 そういって机に顔をつけてこっちを見てくる静川秋華。何言ってんだこいつ? とも思ったが、何か心に刺さる物があったのか、言葉は出てこなかった。

「お前だって頑張ってるだろ?」
「…………え?」
「え?」

 なに……今の間? 大人気声優様の取る間じゃなかったよな。頑張ってる筈……だろ? だって毎日仕事に忙しいはずだ。

「私の事ですか? 別に私は仕事なんて思ってやってませんよ? 自分が楽しい事をやってるだけです。だから頑張るとかいう感覚はないですね。一日声優して大好きな先生の所にくる。疲れる事なんてないです」

 そういって無邪気な笑みを向けてくる静川秋華。ほんとこいつダイレクトすぎる。流石にそんななんの恥じらいも建前もない行為をぶつけられると、こっちが恥ずかしくなる。

「それにしても……ほんと無責任な発言しかしませんねー。けど評判いいみたいじゃないですか。ネガティブ意見よりもポジティブな意見だけみましょう」
「お前はそれで良さそうだよな」

 確かに精神的にはそれがいい。これでも叩かれない事がない訳ではないし……自分の作品がたたかれて何とも思わない程に頑強でもない。

「テンション上げればなんでも乗り切れますからね~。私はいつだって自分が可愛い、天才って言い聞かせてますよ~」
「すげえなお前」

 どんだけ自身に溢れてるんだよ。今でこそ俺も人気作家だが……実はそんなに自信がある訳ではない。何時だって自分の作品には愛はあるが、完璧だと思ったことはないんだ。色々と評判を抜粋しつつ、もう一度録画を見直す。

「先生って分析する派なんですか?」
「ある程度はな。けど内容は感性で書いてる部分が大きいな」
「うんうん、やっぱりそういう物ですよね」

 何か同意してる静川秋華だが、こいつと同類はなんか嫌だな。俺はこいつほどに無頓着じゃないし。どちらかというと気配りの達人だ。

「さてアニメも見終わりましたし……」

 そういって立ち上がる静川秋華。帰るのか? と淡い期待をするが――こいつはそんなあまい女じゃない。

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