声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

07 オーディション

 都内某所のスタジオ

「いやいや、先生お忙しいなか、ご足労して頂いて恐縮です」
「いえいえ、自分の作品ですからね。当然ですよ」

 そういって頭を下げてくるのはアニメ会社のプロデューサーさんだ。後は監督さんとか、音響監督さんとか、それにスポンサーサイドの人もいる。こういうオーディションって最初は沢山の声優の演技を新鮮に楽しめるんだが、後半になるにつれてどれも同じに聞こえてくるんだよな。だから実際最初らへんの印象に残る声の人が有利だと思う。まあそれは俺だけなのかもしれないが……けど何回か参加してるが、大体似た様てことになってる気がしないでもない。

 なんてったってオーディションには百人以上くる。だから大変だ。向こうもこのオーディションに賭けてる人もいるだろうから、あまり失礼の無いようにはしたいと思ってるが、耳が麻痺してくるのはどうしようもない。

「それでは少し打ち合わせをしましょうか」

 そういってプロデューサーさんが振ってくれたので、キャラの声の共有なんかをしておく。流石にここに居る人たちは事前に作品を読んでるからそれぞれにちゃんとイメージがある。それを言い合ってこのキャラはこういう声だよねっていうのをすり合わせるのだ。

 まあここでは俺の意見がかなり大きな比率になるけどな。なんせ作者だし。

「やはり最初はメインヒロインですかな? 私的には綺麗な中にも力強さがあるような印象ですかな?」
「確かにそうですね。デレる時の声は可愛らしい感じ何ですよね。私の中では」
「わかります」

 こんな感じ。そんな事をやってると声優さんがそろった様だ。スタッフさんに言われてブースの方に移動した。オーディションは俺たちの居る機材がある場所と、声優さんが演技をする場所とで分かれてる。まあだからってちゃんと姿は見える。一人ずつ声優さん達は隣の場所に入って、自分の所属と名前とやりたい役を告げて、事前に渡された台本にある役のセリフをしゃべるというものだ。後は俺たちがその声や演技を見て、キャラに合ってるかどうか判断する。

 俺たちにはそれぞれ声優さんに番号が振られた紙を貰ってて、良いと思った声優さんには〇とかつけてくシステムだ。ないな……と思うと×をつける。心痛むけど、キャラの為には仕方ない。そんなこんなでオーディションは開始された。最初だからきちんと聞いて評価できる。誰もが悪い訳じゃない。皆、上手だ。そう思って紙に目を落としてると、少し周りの人たちがざわついた。何かと思って向こう側を見ると、次の声優の姿に見覚えがあった。

「やはり彼女は存在感が違いますね」

 スポンサーの人がそんなことを言う。確かにスポンサーからしたら彼女は魅力的だろう。なんて立ってあいつ自身に集客力がある。イベントでもあいつが居れば大盛況間違いなし。それくらいの勢いがある。

「クアンテッド所属、静川秋華です。役は『あやの』です。お願いします」

 そういって頭を下げてあげる時、俺を見た。いや、勘違いとか自意識過剰とかではない。明らかにこっちにむかってウインクした。まあ勿論、俺は何の反応も返さないが。けど気づいた人はなんか心無しかそわそわとしてる。とりあえず今は仕事中だ。彼女の演技には耳を傾ける。

「お願い! 私を信じて!!」「いいんです。こうなる事はわかってたましたから」「あぁあーうぅーー」

 秋華の演技は実際、今までの中では一番イメージに近かった。他の皆さんも好感触だろう。でもここで〇をつけるのは俺にはためらわれる。役を演じてもらうだけなら、文句何てない。だが……あいつになると、きっと、いや確実にそのキャラは食われる。静川秋華というキャラに……だ。それがわかってるから、〇にはし辛い。

「いやはや、顔だけ……というのも失礼ですが、彼女はちゃんと声優ですな。自信があるからなのか、演技に伸びを感じました」
「そうですね。伸び伸びと感じた声は、とてもメインヒロイン向きでしょう」

 やはりあいつへの感触はかなりいい。でもあいつは俺の作品には出さない。まあ全てを自分で決めれる訳ではないが、とりあえず俺はあいつの参加には反対しとくスタンスだ。なのであいつに〇をつけた事は実はない。どうせあいつが知る訳ないからな。オーディションなんだからいくら人気あっても落ちる時は落ちる。それをあいつもわかってる。まあ流石に結構アニメ化されてる俺の作品のオーディションにそれなりに参加してて、悉く落とされる人気声優ってのも珍しいんだが……幸い、あいつはバカだから不振には思ってないようだ。

 ブースから出ていくときにもウインクをしてきたが、普通はそんな事したら媚び売ってるとか思われる物だが、あいつの場合はそうはならないようだ。やはり美女は得だな。そんな大人気の静川秋華の後に入ってくる声優は気の毒だな……とおもった。だって声優さんが入ってきてもお偉いさんはまだ秋華の事話してるし……流石に監督はちゃんと声優を見てるが……この空気はきつい物がある。けど何故か……はいってきた声優の人は、こっちの様子に気づいただろうに、何故かホッと息を吐いた様に見えた。

 落胆……みたいにも人によっては見えただろう。けど……俺にはそうは見えなかった。決して可愛く美人でもない声優。関心が彼女になかなかいかないのはさっきのあいつの影響が強そうだ。静川秋華の奴は服からして華やかだった。華やかだけど、品もある……みたいな。でも、今入って来た声優の人は正直言って地味だ。容姿の自信の無さが服にまで現れてるよう。流石にそういうのはわかってしまうからせめて見た目くらいには気を使ってもらって欲しい。

 いや、声優は声だけでいいとか言っときながら何言ってんだ――と思われるかもだが、最低限だよ。最低限、ちゃんと他人に見られてもいい服を着てくるのはマナーではないだろうか? まあこれでも声がほんと圧倒的に良ければ、何も問題ない。けどそこまでの逸材というのはそうそうないのだ。

「ウイングイメージ所属、『匙川 ととの』です。役は『あやの』です」

 同じ役の希望。まあ主役は希望者が多いのはいつもの事だ。それぞれの声優さんは、マネージャーと相談した上で自分に合うと思う役を受ける物。まあとことん、この人は運がないとは思うが。せめて役が違えば少しは印象にも残れただろうに。このままじゃ、静川秋華と比べられて何も残らないかも……

「お願い、私を信じて!」

 その声が聞こえた時、俺の目にはあやのが見えた……ような気がした。綺麗な声だった。続くセリフも上手いと思った。このセリフの意味まで伝わってくる様な……けどどうやら他の人達はそこまでピンと来てはないようだ。

「なかなか上手いですな~」

 とか言ってはいるが、その程度だ。

(なかなか上手い? いやいや、あれは完璧にキャラを理解してるぞ)

 俺は心の中でそういい放つ。なるべく平常心を保とうとしたが、耳に入ってくるセリフが衝撃的過ぎて思わず椅子を倒して立ってしまった。

「先生?」
「ああ……いや……」

 いきなり立った俺に皆が視線を向けている。声優さんは流石に不安そうな顔してる。まあ原作者がいきなり立ったんだ。何か気に障ったと思ってもおかしくない。とりあえず、頭を下げてもう一度座る。そしてさりげなく彼女を押すよ。

「かなりイメージに合った声だと思って驚きました」
「確かに私もいいと思います」

 そういってくれるのは監督さんだ。すると皆さんもなかなかいい感じの事を言ってくれる。これならかなり期待できるかもしれない。まあ流石にこのオーディションで決定とまではいかないんだけどね。

「彼女は新人さんかい?」
「いえー、二年くらいは声優活動してますねー」

 監督の言葉に声優さんのデータを管理してる人がそういう。確かに新人よりは場数踏んでるような感じはある。その人はこの声優さんの詳しい資料をタブレットに表示させて渡してくれた。それを回しつつ見てみる。

「これは……」
「ほぼ無名と変わりませんな」

 辛辣だが……たしかにその通りのようだ。代表作らしい代表作はない。アニメにはガヤくらいしかやってない。普通に仕事ある人はガヤなんてこういうプロフィールには載せないからな。

「うーん、ヒロインを無名の声優とするのはどうなんでしょうか?」
「ですが、オーディションとはそういう物ですし。色んなアニメが無名な声優を発掘してるじゃないですか」
「確かにそういうのもわかるんですが、売り上げを考えますとね……とりあえず他の役もやらせてみるというのは?」

 話題性という事で人気声優を使いたいってのはわかる。けどそればかりだと、なんの多様性もない。だからこそオーディションしてる訳で……けどお金を出してる人が、売り上げを気にするのは当たり前だ。赤字になってもいい……なんて思ってお金を出してる訳じゃない。そんな道楽でやってないだろうからな。

「そうですね。確かに他も聞いてみたいですね」

 そういうのは音響監督さんだ。音の事はこの人が大体やってくれるから、この人の意見は重要だ。そして皆それには同意見だったので、他の役もやってもらう事になった。そういう風に声優さんに伝えて別の役もやってもらう。

「ほほう、かなり声を変えましたな。流石は声優ですね」

 普通に関心してるスポンサーの人。けどこれには俺達もかなり感心した。というか、どの役も普通以上に上手い。確かに静川秋華程に耳に残る声じゃない。あいつの声は一回聞くと、静川秋華と分かる声してるからな。そういう唯一無二の声も貴重だが、こういういくつもの声を出せるのもまた声優だと思う。フラットな声だからこそ、沢山の味付けが出来るみたいな? そういう声優は今は結構少ない。そしてそつなく別の役を来なす彼女に他の人達も好感触なようだ。

「なかなかいいですな。声は」
「確かに声はいいですね」
「かなり上手いですよね彼女。目をつむって聞くと、キャラが見えるようですよ」

 うんうん、最初は全然関心なかったのにこれはいい感触だろう。ただ気になるのは、声しか褒めてない所だ。声さえよければいい……とはもう昨今の声優には言えないのだ。とりあえず好感触で彼女は出ていった。それからもオーディションは続いて昼から始まって終わる頃には既に日が落ちてた。
        

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