声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

05 違い

  私の名前は『匙川 ととの』 周りからは殿って呼ばれてる。声優事務所に所属する声優である。養成所を卒業して、運よく今の事務所に拾われた。だが、声優を名乗れるかは……じっさい微妙だ。今も向かうのは仕事は仕事だがアルバイトだ。売れっ子じゃない声優なんて、声優のギャラだけでは生活できない。だから日々アルバイトに精を出してる。時間はあり余ってるのだ。

「いらっしゃいませー」

 そういって客を迎える。一応そういうだけだ。私のバイト先は本屋なのだ。それも結構オタク系の。私自身そっち系だし、趣味全開でここにした。どうせなら好きな物に囲まれて働きたいじゃないか。人付き合いとかは苦手だが、働かないと生活できないのだから背に腹は代えられない。

「殿ちゃん見て見て~、これ凄くない!?」

 そういってくるのはバイト仲間のハコさんだ。本名は……わすれた。だって皆ハコさん呼んでるから……そんなハコさんは私よりも有名で同人誌活動をしてるらしい。やっぱりこういう場所には同じような人種が集まって働いてるみたい。ハコさんは背だけ見ればモデル体型だ。スラっとしてる。全体的にはスラっとしてるんだが、何故か顔だけは丸っぽい。そしてつぶらな瞳だ。とてもつぶら。うん、可愛らしい顔だよ。まあ私も人の事は言えない。スラっととも言えない背の低さ、ガリガリと評される体。出張った頬骨。顔に出来たそばかす。決して可愛いなんて言えない顔だ。
 髪の毛だってサラサラとは程遠い癖毛で縛っても枝毛がいたる所にはねてる。

 そんな私は当然自分に自信がない。なるべく目立たない様に、前髪は卸してるし、メガネだって大きい。そして基本服装は黒が基本だ。白も着るけど、黒か白だ。そんな私の唯一の自信が声だった。昔から声だけは褒められた。だから声優を目指したんだ。勿論、もしかしたら私も『それ』の表紙を飾ってるキラキラした感じになれるかも……とか思わなかったかといえばウソになる。でも現実を知った。私にはこういうのは無理なのだ。

「はぁ~凄い人気だね~『静川 秋華』まさかの表紙全制覇してんじゃん」
「普通にアイドルやってればいいのに……」

 何故に声優をやってるのか……アイドル並みに……いいや、そこらのアイドルや女優超えてる容姿をしてる……それが静川秋華というトップ声優だ。いくら声優に可愛い人が多くなったといっても、それでもこれだけの容姿の人は殆どいない。可愛いと言われたってそれは所詮、声優の中では――ってことだ。本場のアイドルとかモデルさんとかと並ぶと、差がわかっちゃうものだ。けどこの静川秋華は違う。マジもんの美女である。オーディション会場で何度か見た事ある。

 華があるってああいう人を言うんだって私は知った。

「凄いよね~。今のクールなんて七本くらい主要な役で出てるよ。それに音楽活動もしてるし。その内武道館とかでやるんじゃない?」
「やりそうですね。このままの勢いが続けば……」

 厭味ったらしく私はそういった。売れている奴が居れば売れていない奴がいるのは社会の宿命。そして私は売れていない。端の端でいまにも次々と出てくる声優たちの波に押されて、崖下へと落ちそうな……そんな声優だ。少しくらいの毒は許して欲しい。

「やっぱ顔か……」
「でも案外上手いよね秋華様」
「それは……たしかにそうですね」

 あの女のムカつく所は、案外上手いという事もある。確かに最初はよく『棒』『棒』書き込まれてた。だが、今ではもうそんな事ない。沢山仕事が来て、経験値が蓄積されたからだろうか。静川秋華は短期間で飛躍的に声優としてのスキルをレベルアップさせていた。まあそれでもその声を聴けば誰かわかるって感じの声質ではある。だから彼女の演じるキャラはよく静川秋華の声に埋もれてしまう。でもそういう声優は沢山いる。それに唯一無二の声はやっぱり声優としては武器だ。

「まあ私は殿ちゃんの声も好きだけどね~」
「お世辞でもうれしいです。仕事ないですけどね」

 声に自信はある。寧ろ声だけしか自信ないが、それでも最近の一発で誰かわかるような程の声ではない。けど通りがよくて、澄んだ声してるとは思ってる。よく、顔と声があってないと学生時代は言われた物だ。声優の専門学校でもいい声してると言われた。声優学校に来るような人たちは声に自信がある人たちが多いだろうけど、その中でも美声ではあった。そこですごくいい出会いがあったから、私はまだ声優で居られてる。特徴はそこまでないけど、フラットな美声には応用が効くのだ。

「ナレーションとかはあるんでしょ?」
「月一くらいですけど……」
「オーディションとかはやってないの?」
「オーディションに行けるのも事務所の采配次第なんですよ」
「ああー」

 ハコさんはあちゃー見たいな声を出す。まあだからって全然回ってこない訳じゃない。ちゃんとオーディションにも行かせてもらってる。だけど、アニメとかで採用されたことはない。自分が使われるのは顔が見えないナレーションとかでしかない。それにそういうのはサンプルボイスを事務所が配って、いつの間にか来てる感じ……ありがたいが、アニメに出るという目標は叶ってない。寧ろ少しずつナレーションのリピート率のが高くなってる。特徴のないフラットな美声だからナレーションには向いてるのかもしれない。

 確かにマネージャーさんもその方向で頑張れば楽なんだけど……とか言ってた。だけど私はアニメにも出てみたい。だって声優に憧れたのはアニメが好きだったからだ。

「顔がダメなのかな……」

 表紙の静川秋華だけじゃない。ページをめくって顔を晒してる声優たちは私よりは可愛い人たちばかりだ。

「いやいや、ほら、この人なんてそこまでだし」
 
 そういってハコさんが示した声優は確かに顔がホームベースみたいだけど……この人と自分は何が違うのだろうかとは思う。私の方がイベントにも出れない程にブス? 確かに、確かにそういうのは積極的にはオーケーしてない。でもだって、こんなブス見たって……でしょ。けどこの雑誌に載ってる子はイベントとかもオーケーなんだろう。最近はそういう声優の方が好まれる。わかってる……わかってるんだけど……

「凄いですよね。これでも堂々と出来るんですから……」

 ブスでも明るい奴はいる。その差かもしれない。

「気にしすぎって場合も往々にあるよ。案外周りはそこまで気にしない物かも?」
「私だったら自分の好きなキャラがこんなブスが演じてたらガッカリしますけどね」

 この場合のブスは私だ。この雑誌に載ってる人は確かに顔はホームベースだが、愛嬌が確かにある。だからまだきっとゆるされてるんだろう。私には一ミリも愛嬌なんてない。笑えば不気味がられるレベルだ。

「本当に声だけで選ばれたら、殿ちゃんもチャンスはあると思うんだけどねー」
「もうハコさんの作品をアニメして、それの声優とかダメですか?」
「そういうのは夢だよね~。でもそんな金はない!」

 そりゃそうだ。だってアニメを作るのって滅茶苦茶お金がかかってるんだ。個人でなんて富豪でもないと出来ないだろう。

「まあまだ私たちゃ夢の途中だよ。諦めには早いって」

 そういって彼女は仕事を始める。私も口ではなく、手を動かす。とりあえず今はバイトに集中だ。
        

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