声の神に顔はいらない。

ファーストなサイコロ

02 心の距離

 つんつんと何かが頬に刺さる感覚が脳を刺激する。そして何やら聞こえる気がする。意識が遠いからから、その声もとても遠くで聞こえる。

「――――い、――――いい」

 何かヤバい予感がして、俺は急いで意識をひっぱり上げる。そして開いた目に見えたのは目を瞑って迫りくる顔だった。とりあえずその顔から逃げる。

「私のキスから逃げるなんて贅沢ですよ先生?」
「アイドルなら、キスは安売りしない方がいいと思うがな」
「安売りはしません。先生だからです。はやく私を貰ってください」
 
 酔いからは覚めてる筈だが、昨夜と変わらない頭の痛さを覚える。まあ、こいつは普段からこうなんだが……しょうがない。今も諦めずに顔を近づけようとしてくる彼女に俺はこういってやる。

「ちょっと寝起きで口が臭いから近づかないでくれる?」
「私は気にしませんよ。受け止めます」
「いや、そっちが」
「あはは、美少女の口が臭い訳ないじゃないですかぁ」

 こいつ、これでめげないとは流石売れっ子アイドル声優だけある。心臓つえーな。けどここは鬼になる。

「いやいや、マジだから。無理だって。美少女でも生きてれば臭くなるんだよ!」
「…………」

 沈黙が訪れる。そして顔を赤くしてく彼女。そして限界に達したのか、手を離して口を押えて勢いよく立ち上がって部屋から飛びだしていった。

「先生のバカあああああ!」

 そんな事を叫びながら。解放された俺は立ち上がろうとする。

「いつつ……体が痛い」

 無理な態勢で寝てたせいで体の節々に痛みが走る。歳か……とかおもってちょっと落ち込む。とりあえずキッチンの方へ向かって水を飲んでると、彼女が戻って来た。

「歯磨きしてきました。さあキスしましょう!」

 朝っぱらから本当に元気な奴だ。これが若さという奴か。羨ましくはあるが、うざったい事この上ない。少しはめげてほしい。それだけこいつは自分に絶対の自信があるんだろう。自分に落とせない男はいないと本気で思ってる。

「しない。それよりも仕事いいのか? 一回家に帰った方がいいぞ」
「やだなー先生。ここが家じゃないですか。ボケるには流石に早いですよ?」
「いや、お前のだよ」
「それじゃあシャワー行ってきますね。あ、覗いてもいいですよ?」

 こいつはさも当然の様に家の設備を使いやがる。てか既に何がどこにあるかとか、間取りとか完璧に把握してない? まてよ? そもそも歯磨きしたとか、どのブラシ使ったんだよ? 家には俺用の奴しかないはずだ。持ってきてたんだよな? そう聞きたいが既に奴はシャワーに行ってしまった。朝の静かな時間の中だからか、シャワーの音が聞こえる。いつもはそんなの意識なんかしないが、今そこでシャワーを浴びてるのかあいつだと思うと少しは想像してしまう。

 これは男の性だからしょうがない事なんだ。この後の事は想像できる。どうせ替えの服がないからといってバスタオル姿で出てくる気だろう。そうして俺の劣情を誘ってくる魂胆だ。確かにあいつレベルの女がバスタオル一枚の姿で現れたらいくら誇り高いホモサピエンスの俺でも理性を保つのは難しい。だが大丈夫、対策はある。とりあえず替えの服を置いておけばいいだけだ。エロさを求めるなら、ワイシャツでも置いとけば、良い感じになるだろうが、そういう事に成りたいわけではない。

 ならダサい服でも置いておくか? けどそうすると奴はスルーするだろう。良い訳としては「あんなダサいの私、着れませーん」とかだ。なのである程度のオシャレ要素も必要だ。幸いな事に俺は人気作家。作家の前にラノベとつけてもいいけど、つけなくてもいい。そんな売れっ子で既にテレビアニメは三本、ドラマには二本が成ってる超売れっ子といって差し支えない。そんな俺のこの家には女物の服もある。まあどれもアニメのキャラのコスプレサンプル品なんだが……ドラマとかのはくれたりしないんだよ。

 あっちの方がまともなのに。欲しいなら買い取れスタンスである。でもドラマになる話は、そんなぶっ飛んでないから、衣装も基本普通だ。なので買い取っても面白味などない。せめて女優さんが着た奴を買い取れたら……とかおもうが、そんなことしたら即変態認定確定だ。ネットに尾ひれをつけて拡散されて外も歩けなくなる事間違いなし。そんな事は常識人な俺にはできない。なのでここは適当にコスプレでもさせとくか。あんまり露出がなくて、むらむらしないのがいい。

 クローゼットから袋に入ったままの服を取り出してそれを持って風呂まで向かう。風呂の前には脱衣所があるから、そこの籠にこれを置いとけば問題ないだろう。

「いや、待てよ」

 何も声を掛けずに置いとくと、気づいてもスルーしそうな気がする。いや多分絶対スルーする。なので、その良い訳が出来ないように声を掛けておくことにした。

「おい、ここに着替えおいとくぞ!」

 シャワーの音で聞こえないかもしれないから、それなりの声量を出しておく。けどどうやら聞こえなかったようで「なんですかー?」と帰って来た。なのでもう一度、同じ様に言った。だが更に同じ返答が帰って来た。仕方ないからもう一度――って俺は壁際によった。なぜなら、風呂の方から彼女がこちらに姿を現したからだ。俺は超売れっ子作家だからいい所に住んでる。それは自覚してる。そしてそんな高級に入るマンションは創りが基本オシャレである。

 代表例をいうと、風呂がガラス張りだったりだ。トイレが丸見え……なんてのもあるが、流石にそれは遠慮した。つまり家のお風呂はガラス張りである。脱衣所から丸見え……とはなってないが、ちゃんと立ってる時には同体部分が見えにくくなる擦りガラスになってる。上下はちゃんと見えるが、湯気があるから案外奥までは見えなかったりする。が……だ。こうやって脱衣所側に近づくと必然的に体のラインはみえる。擦りガラス部分もある程度は見えるから、逆にやらしい。

(てか、こいつ絶対にわざとだろう)

 気づいた。だって流石に聞こえないハズがない。今だってわざわざ胸をすりガラスにあてて押しつぶすみたいなことをしてるし……さすがにそこまですると本当に見えてしまうぞ。部分的に濃ゆい部分とかさ……

「せんせーい、どうしたんですか? そんな壁際によって?」

 ニヤニヤしながらそういう奴。間違いない、絶対に面白がってる。このままじゃあいつの思うつぼだ。俺は咳ばらいを一つしてまっすぐに奴をみる。別段焦る必要はない。確かに見えそうだが、大体見えてるが、完全には見えてはない。ビキニよりも露出少ないと思えばなんてことはないさ。結局しっかり見えてるのは、鎖骨から上部分と、太ももの中ぐらいから下だ。問題無し。確かに擦りガラスビキニにないエロさがある。だが大事な所が見えてないなら、裸ではない。そう言い聞かせる。

「別にどうもしないさ、着替え置いとくから裸で出てくるなよ」
「それはフリって奴ですか?」
「違う」
「まあ、先生がどうしてもって言うなら、着ますよ。後悔しないでくださいね」
「しないからちゃんと着ろよ」
「はーい」

 そんなやり取りをして俺は脱衣所から出てく。ふう……なんとかたえられた。瑞々しい肌に張り付く髪の毛とかがエロいだよ。やっぱりあいつは危険だ。なるべく追い返す様にしないと、その内本当に抱いてしまいそうで怖い。



「はあ~、もう行かないと。今夜も待っててくれますか?」
「待ってないから、自分の家に帰れ」
「ええー先生のいけず! あんな服まで着させた癖にぃ!」
「アレは……」

 彼女が言ってるのは、俺が用意した衣装だろう。いや、マシなのを選んだつもりだったんだよ。ただ背中がお尻まで開いてただけで。あれは……うん、なかなかに刺激的だった。おもってた通り、良い尻してた。半尻みせる為にこいつわざわざパイティー履いてなかったからな。勿論直ぐに他のに着替えさせた。結局、俺のシャツとズボンを渡しておいた。今も俺の服を彼女はきてる。

「でもでも私の服、取りに来なきゃですし。あっ、それとも使っちゃいます? それもうれしいですけど。でも既に洗ってますよね。使うのなら、脱ぎたての方がいいと思うんですけど?」
「お前は俺を何だと思ってるの?」
「いえいえ、ごく一般的に美少女の匂いをクンカクンカしてオナニーするのは普通かと。まあ私自身として欲しいですけど、先生はシャイみたいですからまずは私に慣れてもらってそれで私でもっとむらむらして貰えれば将来的にお嫁さんになれますよね?」

 いい笑顔でそういう彼女。どうやらどうしても俺に襲ってほしいらしい。一回大人の男の怖さを教えた方がいいんじゃないかと思う。だがそれは俺でないのが望ましい。だってそうじゃないと、逆に喜びそうだ。けどだからって知り合いが、どこの誰かもわからない奴にレイプされるのを良しとするほど、心が腐ってる訳でもないんだよな。可愛く小首をかしげる仕草をしてるこいつば、「あっ、忘れてた」とばかりに人差し指を唇に持ってく。こいつは……

「なれないから」

とりあえず否定して、さっさと送り出す。あいつは「今夜も絶対に来ますから~」とか手を振りながら言ってた。勿論何も返してはない。けどきっと来るんだろう。頭痛い。

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