命改変プログラム

ファーストなサイコロ

二面と三面

  寝ぼけ眼を擦りながら学校に到着すると僕は速攻で日鞠の奴を探したよ。既に家に居なかったし学校に来てる事は明白だ。


「それにしても……確か昨日は生徒会室でLROに入ったはずなんだよな。それなのに目覚めたら家だった。コレはどういう事なんだ?」


  普通は生徒会室で入ったのならその場所で目覚める物だろう。でもそうじゃなかった。自分自身が瞬間移動なんてするわけ無いから誰かに運ばれた事に成る。取り敢えず目指すは生徒会室だ。
  あそこになら事情を知ってる奴が居る筈。


「おい日鞠!」


  そう声を荒げながら僕は扉を開ける。するとそこには生徒会の面々が既に集まってた。そして誰もが分かってたみたいに僕の声に驚くこと無くこっちを見てる。なんかこっちがたじろいじゃうよ。
  でも引くわけには行かない。昨日の事、ちゃんと説明して貰わないとだ!


「日鞠、昨日のアレはなんだ?」
「アレってどれの事かな?」


  くっ、思わずアレ−−なんて言ってしまった。ちょっと印象が強すぎて色々とまとめきれて無い。取れあえずなんだっけ……ん〜、なんか日鞠の優しい表情がムカつくな。


「アレだよアレ! お前はわかってるだろ。それらをちゃんと説明しろってことだよ!」


  取れあえず強引に持ってった。だって日鞠の奴は絶対に分かってるもん。なんかこっちから説明したら言わされてる感半端ないじゃん。エアコンのおかげか適温に保たれた生徒会室で僕と日鞠の視線がぶつかり合う。
  そして昨日と同じままの席に座ってる他の生徒会メンバーからの視線が徐々に厳しい物に成ってる気がする。え? 何? ちょっと強めに言ったからってそんなに睨む事無いじゃん。


「スオウ、取り敢えず入ってよ。開けたままだと寒いから」
「あ−−ああ」


  なるほど、冷気が入ってきてたから皆睨んでたのか。取り敢えずガラッと扉を閉めた。


「スオウ君体調悪くないですか?」
「いえ、別に体調は普通ですけど」


  雨乃森先輩の突然の気遣いにちょっと訝しむ。何? 昨日何かあったのかな? ここで入ったはずの僕が自分の部屋にいたって事は、ここから運ばれた訳でその過程で何かが……流石に日鞠一人で僕を運べる筈もないし−−僕は生徒会の男子共に視線を送るよ。
  すると誰もが視線をそらすじゃないか。ほんとに何が……でも今はそんな事よりLROでの事だ。僕は視線を日鞠に向ける。日鞠は目の前のカップから立つ湯気で曇ったメガネを拭きつつ軽く口を開いた。


「う〜ん、じゃあ初めに言うと、昨日スオウ達が見たクリエちゃんは向こうで見つけた子で、多分スオウ達が知ってるクリエちゃんだと思うよ」
「は?」


  さらっと何言ってるんだこいつ? アレがクリエ? 僕達の知ってる? ないない。


「そもそもお前クリエ知らなくない? 見たことないだろ?」


  日鞠はあの事件の後からLROを始めたからクリエ自体を知らない筈。アレを僕達が知ってるクリエだとどうやって判断したんだよ?


「知らないよ。けどあの子は多分そうだよ」
「何を根拠に……」


  そうは思うんだけど、日鞠の奴がこういう時は大抵その通りって事が多い。でもやっぱりアレがクリエとはにわかには信じられない。


「今度会わせてあげるよ。それでもういいの?」
「うう……それは……」


  なんかアレがクリエってのがインパクト強すぎて他が霞んでしまった感が……もっと他に聞かないと行けないことあった筈なんだけど。思いだせ僕。


「そうだ。そもそも何でエリアとLROがつながってるんだよ? いいのかあんなの?」
「いいも何も元々そう言う仕様の物だし。それに最初から繋がってはいたよ。だから行き来出来る訳だしね」
「それはまあ……そうかも知れないけど……」


  でもそれだけじゃあ納得出来ないぞ。だってエリアバトルを盛り上げてるのもLRO内じゃなく、自分達の手の届く範囲にプレイヤーを居させるためじゃなかったのか? だからこそこんなに早く再稼働した筈だし、あんまりLROと密に繋がるのはやっぱりどうかと思う。
  何が起きるか分からないと言うか……何か急ぎ足のような気がする。


「これからきっとお前達に続いて行くチームが増えるんだよな?」
「さぁ、それはどうだろうね? 結構条件厳しいしでも皆目指しては来るかもね」
「条件って?」
「それはスオウに言うまでもないよ」


  そう言って意味深に微笑む日鞠。どういう事だよ。確かに僕には関係ないかも知れないけど、その言い方はちょっと傷つくぞ。


「じゃあこれからはエリアバトルよりもLROとの繋がりを重視する方向で行くのか?」
「それはないんじゃ無いかなぁ。言った通り簡単じゃないし、それなりの規模を持つチームじゃないと厳しいんだよね。だから逆じゃないかな?」
「逆?」


  意味深だった笑みに邪悪さが加わって更に目が輝いてる日鞠。なんか……楽しんでるなこいつ。


「そう、これからは求める為にも更にエリアバトルが激しく成る。私達もうかうかしてられないよ」


  そう言って周りのメンバーにも視線を送る日鞠。そしてそれに全員が意思の強い瞳で頷いた。こいつらは全員日鞠の思惑をわかってるのか? いやそうじゃなくてもここにいる奴等なら疑問なんか持たないか。皆心酔してるんだから。


  廊下に出ると冬の寒さが身に沁みる。結局色々と逸らされた感じがするな。核心は上手く隠された気もするし。そう思ってるとスマホから変な音が流れ出す。


『日鞠だよ♪ 日鞠だよ♪ 日鞠だよ♪』
「何だコレ!?」


  僕は速攻で電話に出る。そして扉の向こうの奴に吠えた。


「おっまえな! いつこんな事やったんだ?」
「えへへ〜最近あんまり構ってあげれてなかったからね。これもスキンシップの一環だよ」
「変な事やるなよな。それより何だよ? 気づかせたかっただけとかいうなよ」


  ありそうで怖い。日鞠の奴、結構構ってちゃんだからな。今、僕に見えてるのは扉だけ。この向こうでアイツがどんな顔してるのか……まぁ声の調子で大体分かる。


「違うよ。良い忘れてた事があったからね。今日の放課後は空けといてねスオウ」
「今日の−−って言うか、今日も、だろう。昨日もお前らに付き合っただろ」
「そう言えばそうだね。でも全然足りないよ。全然」


  その声はなんだか少し……寂しそうな雰囲気が感じられる。


「会長〜お茶菓子有りますよ〜」
「あぁ! 私の分もとっといてよね〜」


  うん、どっかに寂しさはいっちゃったよ。それか元からそんなの無かったか……こっちはそれなりに……ってなに考えてるのか僕は。日鞠がそうじゃないんなら悔しいから考えない様にしよう。


「おい、もういいのか? 切るぞ」
「うん、放課後迎えにくるね」
「……お前が直接来るのかよ?」


  昨日は連れてこさせたくせに。


「行くよ。ちゃんと行く。帰っちゃ駄目だからね」
「……ん、待っててやる」
「うん。じゃぁ授業頑張ってね」


  そう言って電話は切れた。切れた電話に表示されたその文字を少し見つめて、ふと我に返って頭を振った。そして教室に向かって歩き出す。


(寂しいなんてこっちからは言わないからな)


  温かい生徒会室から出たことで余計に寒く感じる廊下を進むとあることに気付いた。いつの間にかそれなりに登校してきた生徒達だけど、何か固まり合ってる様に感じる。いやまあ、普通にグループ同士で固まるのは良くあることだし別段おかしな事でもないんだけど。
  でもなんだかその空気が今までとちょっと違う。普段はグループはグループで纏まって他なんて気にしてない。けど今はなんだかチラチラと周りを見てるグループがいっぱいだ。それにやけに声を潜めてるからか余計に気になるというか怪しいと言うか……端的に言うと、雰囲気悪くなってない? って感じ。
  この学校は雰囲気良いのが結構な売りだったんじゃないのか? まあ僕的には前からそこまで雰囲気良くなかったけどさ。自分がハブられる側だったし……でも全体としてはギスギスなんてのはなかったはず。
  僕という共通の敵は一環してたからね。でもこれは……そんな事を感じながら廊下を歩いてるとやたら目立つ奴が見えた。


「グッモーニンスオウ! なんだか辛気臭い顔してますデスね」
「お前は相変わらず五月蠅いけどな」


  やってきたのはクリスの奴だ。白い肌に金髪碧眼の外国人工作員である。まあここではそんなの誰も知らないんだけど……でもそれが普通か。そもそも工作員とか公言するものでもないし。
  でもこいつを見てるとほんとに某国のスパイなのかと時々思う。だって案外普通なんだもん。あんまり浮いてたらスパイとして駄目だと思うけどさ……けどなんだか演技なのか本心なのか−−僕には普通にしてるようにしか見えない。実際は僕はそうであって欲しいと、そう思ってるだけなのかも知れないけどね。実際こいつの本当の顔を見たのはあの一夜だけだし、夢だとしてもおかしくはない。
  こうやって学校で普通にしてる方があたり前というか……僕達の年ではきっとこれが普通。だから出来れば、あのクリスがもう一度なんて考えたくはない。


「何ですか人の顔ジロジロ見て? はっ! もしかして惚れましたデス? セツリに怒られるけどこればっかりはしょうが無いデスね」
「アホな事抜かすなよ。別に惚れてなんかないっての。ただ……」
「ただ……なんデスか?」


  ジッ−−とその青い瞳が覗き込んで来る。宝石の様なその瞳はなんだかとても真っ直ぐといか、なんだかダイレクト感が強い。でも今考えてた事を口に出すのは恥ずかしい。僕は顔を近づけてくるクリスから一歩引いて言ってやるよ。


「ただ、お前どんどんバカッぽくなってくなって思って」
「どういう意味デスかそれ!!」


  大きく手を振り回して来るクリス。でもそれは別段痛いとかはない。ただのじゃれ合いみたいな物だ。ただ周りの視線だけがなんだか痛いけど。全く、日鞠や摂理だけでもうんざりなのにクリスでも嫉妬されるとか困ったものだ。別に話すぐらいいいじゃんかな。でもこんな視線には慣れっこの僕だ。取り敢えず教室を目指すよ。


「スオウ、日鞠の所行ってたデス?」
「何でお前それを−−」
「ふふ、私は情報通なんデスよ。知ってるでしょスオウは」


  それは自分の正体を暗に忘れないでね−−と言ってる様に感じれた。折角さっき見たくないと思ったのに……人の気も知らずにこいつは……でもやっぱりそっち側の人間なのかなって思わずには居られないな。こういう諜報員とかって漫画や映画だと入り込んだ先の人達と仲良くなりすぎて離反フラグがよく立つけど、実際そんな事ってあるんだろうか? 分かんないな……実際そんな場面に遭遇したことないし。
  それに結局の所、僕たちはクリスをまだまだ全然知ってなんかない。それなのに一番重要な事から目を背けようなんて愚の骨頂もいいとこだ。遠ざけるなんて意味なんてない。遠くから監視することなら向こうの方が得意だろう。実際居るか分かんないけど、居ないなんても考えられない。それに既に懐まで侵入を許してるしな。クリスの話では他の国の機関も居るみたいだし、なるべくクリスの奴は味方側につけとくべきなのかも知れない。


「なあクリス、お前って普段なにしてるんだ?」
「何ですか? 私に興味津々デスか? それとも探り入れてます?」
「別に、ただ単に興味湧いただけだ」
「そうデスか……」


  もっとしつこく聞いてくるかと思ったらそうでもなかった。けどしばらく沈黙したまま廊下を歩く。やっぱり自分の事には触れてほしくないのか? けど、僕達の事は探り入れるのにそっちだけは秘密主義とか通用しない。取り敢えず足を止めて言葉を待つ。歩いてると直ぐに教室に着いてしまうからな。
  朝日に照らされるクリス。ホント黙ってたら綺麗なんだけどな。純正の金髪は朝日を取り込んでるかの様に光って見える。


「普段はこうやって学校来てますデスよ」
「そういうことじゃねーよ」


  これははぐらかそうとしてるな。ここはハッキリと言ってやるか。


「お前が一人でいる時になにしてるかって事だよ」
「一人でいる時なんてないですよ。私は常に誰かと一緒デス。こう見えて寂しがりやデスからね」
「何言ってるんだお前?」
「失礼な反応デス」


  頬を膨らませて抗議の意思を示すクリス。うん、あざとい奴だ。絶対こうやったら可愛いって分かっててやってるもんな。実際可愛いし。でもその程度じゃ僕はかわせないぜ。


「お仲間と密に連絡取り合ってるって認識でいいのか?」
「まあどうとでも捉えてくれて結構デスよ。子供のスオウにはわからないかもデスけど、社会とはやるせないんですよ。特にダークな方は」
「お前……」


  自分でダークとか言っちゃうんだ。やめようとか思わないのかな? いいや、そんな選択肢がないのかも。そもそもなんであんな組織にこの年で居るのかとか、止むに止まれぬ事情がありそうだもんな。
  そして今までの僕なら気を使ってあんまり踏み込んだりはしなかった。勿論ソレは相手のためでもあるけど、自分の為でもある事だ。誰かと関わるということは面倒を招き入れる事と同義だからね。
  僕は基本的に頽落主義何だよ。でも……最近はそんな事も言えなくなってきてる。僕の意思なんて関係なく事態は進む。どこか遠くで起こってる事ならどうでも良いんだけど……今の僕はもう無関係なんて言えない場所に居る。
  あの時、これで全部が終わったなんてちょっとは思ったけど、終わるなんてことないんだよね。そもそも起こったことは起こったことなんだ。その事実はこれから続く未来に地続きである。


「お前はさ、今居るこの場所をどう思ってるんだ?」
「そんなの簡単デス。作戦地デスよ。それだけデス」
「本当にそれだけか? 楽しそうに見えたけどな」
「楽しそう? ふふ、それはきっと間違ってないデスよ」


  弾む声とふわりと靡くスカートと金の髪。見惚れてしまいそうな光景だけど僕は背筋が凍る様な感覚を覚えた。


(こいつ目が……)


  深く沈んだ瞳の光。それはただの女の子のそれじゃない。顔事態は笑ってるのに目がアレだから異様さが際立って感じる。こいつ、どんな気持ちでここに居るんだ? なんだか一気に分からなくなった。
  理解できない。そもそも他人を理解できたなんて思い上がりだと知ってるんだけど……余りに違うから不気味さが這い上がって来る。


「あ、クリスちゃーーーん!」
「ハイハイデーース! それじゃあまたですスオウ」


  その時にはいつものクリスそのものだった。学校生活を楽しんでるかのように見えるクリスそのもの。でもそれは厚い面の皮なのだろうか? クラスメイトと居るその笑顔……それが全部嘘なんてそんなの−−


「そうだスオウ。今日は私も一緒に帰るデスから〜」


  自分の要望だけ言ってさっさと教室に消えるクリス。楽しげな生徒達。でも彼等・彼女等は知らない。それを思うと……ん? するといきなり殺気に限りなく近い視線がぶつかって来る。


(テメー馴れ馴れしいんだよ!)
(調子乗ってんじゃねーぞ!)
(後で殺る)


  …………精々騙されて−−と僕は思った。よくよく考えたら僕はこの学校の奴等に同情する義理なんてなかったや。ひどい目にあってきたし。


「はあ〜」


  溜息一つ付きながら僕は自身の教室のドアを開ける。すると一瞬視線が集まってそしてさっと流れていく。いやいいけどね。


「スオウ、日鞠ちゃんには会えたの?」
「ああ、なんか色々とはぐらかされたけどな」
「アイツはそういう奴だろ。でもちゃんといわなくちゃ行けない事は言うだろ。お前にはさ」


  摂理と共に秋徒も寄ってきた。何でお前までこんな早く学校に来てるんだよ? 連絡取り合った訳でもないのに……まあそもそもが今日は誰もが早い気がするけど。皆が皆朝練って訳でもないだろうに、どんだけ学校好きなんだ皆。
  まあこの学校の奴等はそうなのかも知れないけど。


「ちょっと……退いてくれる?」
「あっ、悪い」


  鈴鹿の奴が冷めた声で僕の後ろに立ってた。相変わらず存在感が薄い奴だ。文庫本を片手に一瞥さえしない鈴鹿。少しは仲良く成れてきたと思ってたんだけど……でも元からあんまり互いに喋るタイプでもないし、こんな物か−−とも思う。
  スッと横を通り過ぎる鈴鹿にヒンヤリとした空気を感じる。なんか機嫌でも悪いのかな?


「あっ、鈴鹿ちゃんおはよう」
「どうも」


  摂理にも冷めた視線だけ送って自身の席に座る鈴鹿。うん、やっぱり機嫌悪そうだ。


「お前ら何やらかしたんだよ?」
「ふざけんな、身に覚えなんてないっての」
「うんうん」


  僕と摂理は同時にそう否定した。けど秋徒の奴はくいくいと顎で鈴鹿を指して「それはないんじゃねーの?」って言ってくる。確かになんか妙にふてくされてるけど……


「摂理行ってこいよ」
「えっ? 私? 私女の子だよ?」


  意味がわからない弁明だなそれ。でも摂理はそれで納得して貰えたと思ってるのか行く気ないようだ。友達じゃないのかよ? まあでもしょうがないから行くか……


「おい鈴鹿、どうしたんだよ? いつもよりも冷気発してるぞ」
「は?」


  鋭い眼光がレンズの向こうから貫いてきた。なにこの子怖い。なんて眼光してんだよ。思わずガクブルしちゃったよ。この僕をこんなに怯えさせるとかやるな。ただの女子とは思えない。実際はただの女子なんだけど……とりあえずここで引いたらダメだ。僕は心を強く持って鈴鹿に対峙する。


「いや、そのどうなされたのかな? と思いまして……」


  僕はなるべく低姿勢で接触を試みる。すると−−別に−−と返ってきた。ふむ……会話をする気がないようだ。それから僕が必死に話題を振っても鈴鹿は終始−−別に−−だけを返し続ける行為だけをしてた。これはお手上げである。結局その日は一日中気まずいままで精神的に疲れたよ。
  摂理のやつももっと積極的に行ければいいんだけど,どうしていいのかわからないのかずっとチラチラと鈴鹿の方を伺うだけだった。やっぱりまだまだ人付き合いに慣れてないし、摂理には対処の仕方が難しかったのかもしれない。


「それじゃ……」


  そう言って鈴鹿の奴はチャイムと共に教室を去っていく。その背中を寂しそうに見送る摂理。鈴鹿の奴も視線にはずっと気づいてただろうに酷な奴だ。


「どうするんだよ?」
「あ,明日になればきっと話してくれるし……」
「それは何も解決してないと思うけどな?」
「時間は何よりも偉大だから、大丈夫」


  まあ、摂理がそれでいいなら別に何も言わないけどな。次の日にはいつも通りってのはよくあることだし、それを期待するのはしょうがないことだと思う。


「スオウ帰ろ」
「ああ、って今日も日鞠に呼ばれてるんだよ。用があるって」
「ええ〜、じゃあどうやって帰れっていうの? 今日は鈴鹿ちゃんいないよ」
「それもそうだな。秋徒に頼むか」


  どうせあいつもLROに入るんだろうし、送ってくれるぐらいしてくれるだろう。そう思って教室を見渡す。


「あれ? 秋徒のやつどうした?」
「なんだかコソコソしながら帰ってたよ」
「何? コソコソなんてどうして……」


  気になるな。そう思ってるとスマホの振動が伝わってきた。取り出してみるとどうやら秋徒からのメールのようだった。その文面は1行だけ−−『すまん、今日は用があるから』−−だった。それならそうと言えばいいのに,コソコソするところが怪しい。絶対何かやましいことがあるはずだ。間違いない。


「ねえ……」


  キュッと裾を握ってくる摂理。ううーんどうしたら……連れてってもいいんだけど、何するとか、どのくらいかかるとかわかってないしな。摂理だって向こうでやることあるかもだし。どうするか困ってると、ふとクラスメイトが声をかけてきた。
 

 「摂理ちゃん、どうしたの?」
 「困りごとなら俺たち力になるよ」


  なぜか僕に目を向けないクラスメイトたち。僕の存在は無視して話をす進めていく。
  
 「えーと、今日は鈴鹿ちゃんもスオウも一緒に帰ってくれないから……」
 「それは酷い。信じられないよ。先生に任されてるはずなのにね」
 「ほんとだよ。鈴鹿はともかくあのクソ野郎は許せないな」
 

  そのクソ野郎がここにいるんですがそれは……こいつらには本当に僕のこと見えてないのかな? 存在否定とか悲しいんだぞ。
 

 「あはは、でもスオウは悪くないよ。私だって毎日悪いなーって思ってるし……」
 「そんな! 摂理ちゃんはしかたないんだよ。悪くなんかない。しょうがないんだよ」
 「うんうん、そんな体なんだしね。いっぱいいっぱい甘えていいんだよ」
 

  おいおい、こいつらどんだけ甘やかす気だよ。摂理には確かに仕方ない部分はいっぱいある。でもこれはどうなんだ? 最終的にちゃんと自立して欲しいんだけど……これじゃあな。
  
 「でもスオウが……」
 「あんなやつきにしなくていいよ」
「そうそう、あっそうだ! 帰りにカフェとかに寄ろうよ。摂理ちゃんと一緒にお茶とかしたいな〜」
「お茶……」


 何かを想像してニヤニヤしてる摂理。お茶にそんなニヤニヤする要素なんてあったか?


「そ……それはおしゃれっボイカフェってことでいいのかな?」


 期待に胸を膨らませるような瞳の摂理。そこまでカフェに憧れがあったのか。意外……でもないか。摂理のやつはなんでもないことに憧れてたりしてるからな。僕なんかじゃおしゃれなカフェとか連れてけないし、摂理からは摂理からはそういうこと言わないからな。僕たちにも貯めてることがあったりするのかもしれない。


「スオウ……」
「別にいいじゃないか、行ってこいよ。 せっかくだしな」


 まあ、その方が都合いいしな。それにもっと親睦深めた方がいいだろう。歩み寄ってきてくれてるんだから、無下になんかしない方がいい。「うん……」と摂理は少しほおを赤らめていった。僕はそれに満足するよ。


「えっと……じゃあ……行こうかな?」
「うんうん! きっと楽しくできるよ。−−−−うん!」


 一瞬こっちを見て意味深な目をしたクラスメイトの女子。名前も知らないけど、その目は決して気分いいものじゃないってのはわかった。ずっと無視してるんだし当たり前だけどな。いきなりいい顔してきた方が驚くというものだ。でもまあ、そこまで悪質な奴らじゃないし、摂理に変なことをすることはないだろう。
 変なことを吹き込むことはあり得るかもしれないけど……


「話もまとまったのならさっさと行けよ。こっちも日鞠の所に行かないといけないからな」


 これ見よがしに『日鞠』の名前を出す。こいつら全員日鞠信者だからな。これで嫌でも僕を無視できないだろう。


 「ようしじゃあ行こっか? 気に入ってくれると嬉しいな」
 「任せてください。不自由な思いは絶対にさせません!!」


 お姫様を迎えるようにクラスメイトたちがエスコートをし始めた。あれれ? ずいぶん日鞠への反応が薄かったぞ。一応全員の眉が一瞬反応したのは見えたけど、それだけだった。


「何があったんだ一体……」


 僕はぽつりとそう呟いた。だってそんな、こんなのあの信者どもとは信じられない。あれかな? 冬も深まってきたし、熱が冷めてきたのかも。でもそれじゃあ、毎年冷めてたことになるんだけどな。そんなことは残念ながら今までなかった。けど……もしかしたら何かが変わってきてる? のかもしれない。
 一人残された僕と、大勢に囲まれてる摂理。僕はいつだってこの位置だから別にいい。それよりも摂理の周りに人いっぱいなのがいい。


 「さむっ……一人だからか?」


 冬の廊下は寒い。決して一人だからじゃないよ。そう思ってると「ヘイヘイ!」と言う声と同時にガバッと後ろから襲撃された。


「スオウお待たせデス」
「別に待ってない。てか当たってるぞ」
「何言ってるんですかスオウ? 当ててるんですよ」


 そう言ってさらに押し当ててくるクリス。こいつは本当に……いや、悪い気はしないけど。そう思って堪能してると、背筋に悪寒が走る。ちらっと後方を伺うと隣のクラスの奴らが鬼気迫る顔でこっちを見てた。特に男どもの反応がやばい。刺してきそうな気さえする。なんでこの学校の奴らはこんなに心酔しやすいんだよ。
 なんかすぐに騙されるやつらで一杯なんじゃないか? 不安になってくるな。テストの成績は上がってるんだろうけど、別の何かは下がってるよね?


「ふふ、刺されそうデスねスオウ」
「わかってるなら離れろよ」


 この野郎やっぱりわざとかよ。いや、わかってたけどね。女ってのを目いっぱい使ってくるやつだからな。自分の武器がなんなのかクリスのやつはよくわかってる。使い方も−−ね。そこらへん摂理とは違う。まああいつも自分が美少女ってのは理解してるようだけど、クリスや日鞠のようにはできてないと思う。よくわかんないけど。


「堪能したデスか?」
「まあそれなりに?」


 素直に僕はそういった。だって下手に恥ずかしがるとクリスの思惑通りだしな。ここは堂々としてるのが一番だ。するとクリスは手のひらを向けてくる。何を要求してんのそれ?


「おっぱいの感触にチップを要求するデス」
「ここは日本だ。そんな制度はない」


 そうきっぱりと断ってやった。それに今じゃあ本国の方でも見直されてるとか聞くぞ。チップ制度なんて欠陥でしかなかったってことだろう。そう聞くとクリスのやつは悔しそうにしながら僕から離れてくれた。ふう、危なかったぜ……これ以上当てられてたら虜になるところだった。
 ブラジャーをしてるはずだろうになんであんなに柔らかいのか? いや、あんまり考えても仕方ないことか。ここは本題に戻ろう。


「で、何の用だよ?」
「何の用ってまたまたー、朝言ったじゃないデスかぁ。私も一緒に帰るって」
「だからこっちには用があるんだよ。一人で帰れ」
「しょうがないから付き合ってあげます。やれやれな人ですね。まったく」


 なぜか僕がどうしてもって言ったみたいに変換されてる。こいつは本当都合よく……いや、計画的にやってるんだろうな。だから今日は逃す気はないってことなのかもしれない。


「日鞠のところに行くんだぞ? いいのか?」
「望むところデスね。日鞠はスオウと同じくらい重要デス」


 そうは言ってるけど、クリスは日鞠のこと苦手そうな感じなんだよな。流石のクリスでも日鞠のシッボはつかみきれないみたいだ。


「日鞠はつかみきれないけど,それだけに掴んで見せますデス」


 どうやらクリスのプライドに火をつけてるようだ。某国の機関だもんな……なんでも丸裸にしてきたんだろう。むしろ出来ないことの方が少なそうだし−−それなのに得体の知れないままの相手がいるってのは嫌なんだろう。でもこいつらがもし、本気になってきたら……と思うと怖いな。


 
「あっスオウ……とクリスちゃんも来たんだ」
「なんですかぁ? 私,邪魔でしたか?」


 クリスはわざと煽るような言い方をしてる。生徒会室かと思ってたら玄関で待ち合わせとの連絡を受けて、合流した途端にそう口を開いたんだ。二つのバスケットボール大の袋を下げた日鞠はなにやらモソモソしつつこっちを見てる。しょうがないな。


「ほら貸せよ。それとこいつのことは気にするな」
「もともとスオウに持ってもらうつもりだったから−−はい。クリスちゃんのことは別にいいよ。ある意味ちょうどいいし」
「ちょうどいいっておま−−」


 あれ? 受け取ったバスケットボール大のこれ……なんか記憶にある重さしてるぞ。それに前もこんなのに入れてたような……僕は日毬に視線を送る。


「日鞠は私いてもいいですか?」
「いやだって言ったら帰ってくれるのかなクリスちゃんは?」
「それはないデスね〜」
「だよね。それにちょうどいいのは本当だから」


 そういう日鞠は靴に履き替えて、玄関のドアを押し開ける。その瞬間、冬の乾いた風が入ってくる。身を刻むような冷たい風。僕たちは体をぶるっと震わせた。


「で、どこに行くんだよ? 早く終わらせたいんだけど……寒いし」
「病院。それをプレゼントするんだ」


 それ……というのはコレか? 僕の持ってるこの荷物。病院にこんなのプレゼントするような知り合いいたか? いや,コレをアレだと思ってるのは僕の先入観で実はメロンなのかもしれない。ん? この考え前もした気がする。


「ほらほら二人とも早く。面会時間終わっちゃうよ」
「そんな早く終わらないだろ」
「早く終わらせたいんじゃなかったの? 寒さも暑さも気持ちでどうとでもなるものでしょ」


 そんなのはお前だけだ……と言おうと思ったけどやめた。とりあえず早く終わらせたいのはその通りだし,寒いなんて言ってるわけにもいかないか。外に出ると部活動の活気ある声が響き渡ってた。寒い中よくやるよ。まあ青春って感じするけどね。それよりもほんと視線が……あれかこの二人のせいだな。
 僕は前を歩く二人を見る。その金髪は存在感の塊。一本一本が宝石のように人の心を惹きつける。一方で日鞠にはそんな目立ったところはない。いつもの地味な格好だ。メガネに三つ編み……いつの時代の女学生だよ−−と言いたい。けどださいかと言われればそうでもない。見慣れてるからかもしれないけど、そんなに悪くはないよ。
 でもだからって派手じゃ決してないけどね。けど、人を惹きつける。あいつの周りは空気が違う感じがする。それは僕だけの感覚じゃ決してない。だって年寄りどもは日鞠みたら拝むからね。きっと老い先短い人たちにはよりはっきりと感じれるんだろう。この視線が校内だけならまだマシなんだけど……どう考えても街中でも同じなんだよね。
 とりあえず僕は極力存在感を消していこう。二人が華やかな女子トークを交えてる影になるんだ。うんうん、それがお似合いだ。病院でもそうしとくのがいい。この荷物を何に使うのか知らないけど、あんまり聞きたくないしな。


 冬の風は冷たい。大地までも底冷えするような風だ。でも感じる。これがリアルだと。何も思い通りにならないどうしようもないリアルだけどな。

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