命改変プログラム
足元の冷え
ベッドの上から窓越しに月を見上げる。それを何分続けてるだろう。LROから 戻ってきて、それからずっと月を見上げてる。悔しい……とかじゃないんだ。アレだけ力の差があれば仕方ないって諦めも付くものだ。
ただ……アイツの言った事が頭を巡ってる。生きてないとかはともかく、このままじゃダメなのかと思う程にはボロ負けだった。
「生きてない……か。なんだよそれ?」
向こうで生きるってどういう事だ? 向こうでクエストしたり、ミッションしたり、ただ生活したり……とかじゃないんだよな。それじゃあ他のプレイヤーと変わらない。そうじゃない……んだよな。
多分奴の生きてないは『落ちてない』ってことじゃないだろうか。前のLRO……前の世界では僕は落ちてた。ダメージをあっちとこっちで共有してて、互いの世界の境界線は曖昧だった。
向こうの世界での死はこっちの世界でも死へと直結してた。それはリスクで不安で……けどあの時は確かに僕は生きてることを強く感じてたと思う。命を賭けた紙一重の戦い。そんな中でひしひしと死に迫りつつ生を掴んでた。
あんなに濃い時間は早々無いだろう。だからあの時間が強烈だったのは確かなんだ。戦争とかを体験した人が戦場から帰ってきても、戦場での体験が忘れられなくなってしまうみたいな事と同じなのかも知れない。
戦闘と言う意味では同じだったしな。でも僕自身は日常に帰れたと思ってるんだけど……戦場に心を置いてきたわけじゃない。だから僕自身はアイツの言葉をそう簡単に肯定する事は出来ないよ。
「今のままでも『死んでる』なんて言わせない程に強く成れれば……」
呟く言葉は最後の方で冷たい空気へと消えていく。力を求める自分がいる。けど正攻法であれに追い付くには膨大な時間が必要なのは必然。まああんな敵は早々いないだろうけど……でも弱いままで良い通りは無い。
「セラ・シルフィング……」
それに頼るのもどうかと思うわけだけど、何よりもしっくり来るのはやっぱりアレなんだよね。
「ん?」
隣の家に止まる車。それは前にも見たような車だ。そしてそこから日鞠の奴がいつかと同じように出てくる。日鞠の奴は車の方へ向かって何か話してる様だ。やっぱり前に見た奴が乗ってるんだろうか?
そう思うとなんだか……
「あれはデキてるデスね」
そんな声が聞こえると思ったら屋根から逆さに顔を出すクリス。心臓に悪い奴だ。てかそもそも何やってるんだこいつ? こんな寒い時期に屋根に上るとか風邪引くぞ。取り敢えず窓を開けたみた。
別に入れる気は無いけど、窓を閉めたままじゃ声が聞こえづらいからな。
「寒くないのか?」
「我慢はなれてま~す」
そう言う割には鼻をズズズっと啜るクリス。顔が見えなくなると、今度は足をプランプランと垂らして来た。どうやら座り直した様だ。 屋根に座るとかお尻汚れるだろうにそこら辺クリスの奴は気にしないんだろうか。
まあこいつは見た目程に綺麗なままじゃないからな。てかなんで窓の中央から脚出してるんだよ。邪魔何だが……黒いストッキングで包まれたふくらはぎから足首へと続く脚線美は凄くいいけど、邪魔なのに変わりはない。
取り敢えずペチペチと叩いて脚を……というかちょっとズレて貰う。そして外を改めて見ると既に車は発進してた。日鞠の奴は丁度扉を開けて家に入る所。
「気になって仕方ないって顔してますネ」
「別にそこまで気になってる訳じゃないし」
「スオウは日鞠の事だけは分かり易いデスよ」
なんだかクリスにそう言われると悔しい気がする。こんな奴に……的な感じでね。
「あれは付き合ってるデスね。あれは」
「だからなんだよ……」
「いつまでも自分だけのものじゃないんですよスオウ?」
クスクス笑ってないかこいつ? 取り敢えず目障りな脚を抓ってみる。
「いたった! なにしますかこいつは!」
脚を思いっきり振って抗議をあらわすクリス。窓ガラスに脚突っ込むぞ。
「全く、私に当たるよりも現実を見たほうがいいデス」
「だからあたってないっての」
「日鞠は交友関係広いデスからね。スオウが知らない男……居るデスよ」
なんだその言い方? 不安煽りたいのかよ。アイツが交友関係広いのなんて周知の事実だっての。僕自身が知らない奴なんて沢山いる。だからって日鞠が誰かと付き合ったりは無かったわけだけど。
「日鞠も女デス。他の男をつまみ食いしたくなる事もあるデスよ」
「なんだその悪女みたいな女は? 日鞠をお前と一緒にするなよ」
「それって私は悪女いう事デスか? ふふ~ん」
案外不服そうでもないクリス。何でそこで得意気な声をだす? プランプランしてる脚が跳ねてる様にも見える。
「でも、日鞠は案外悪女だと思いますデス。誰も彼も魅了して……あんな悪女そうそう居ないデス。私が言うんだから間違いないかな~って」
そう言うクリスの声は少しだけトーンが落ちてる気がした。いや、言葉だけは弾んでるんだけど含みがあるというか、まあただの印象なんだけど。
「あっ、なんだか睨まれた気がするデス」
「かもな」
ここで普通なら「んなバカな」って反応する所何だろうけど、日鞠が相手となると変わってくる。だって日鞠だよ? 常識では計れないじゃん。いくら月明かりがあるといっても部屋の明りはつけてなくてクリスなんて屋根の上にいるのに、見えるのかどうか甚だ疑問だが日鞠ならありえるんだ。
 あいつ夜目も効くからな。でも日鞠は別にその後何か反応する訳もなく家の中に入っていった。まあアイツも疲れてるんだろう。毎日どっか行ってるもんな。帰りもずっと遅いし。
(まさか本当に付き合ってるとか……)
クリスの言葉が脳裏を過ぎる。そんなことあるわけない――と思ってるのは自分の都合何じゃないか? てかそうでしかない。僕の周りには限られた人しか居ないけど、日鞠の周りには日々人が増えていってる筈。
僕の交友関係なんかとは比べ物にならないからな。出会いの数だけ何かに影響されるのだとしたら、日鞠がちょっとだけ心移ろいだとしても……
ヴーーン、ヴーーン。
暗い部屋の中で振動に合わせて点滅する光が見える。枕元に置いてたスマホが光ってる様だ。僕はスマホを取って内容を確認する。
【スオウ、明日はびっくりする事があるかも知れないよ。楽しみにしててね。それと窓は開けっ放しにして寝たら駄目だよ】
ブルっと体が震えた。おいおいやっぱり見えてるじゃないか。流石日鞠――やっぱり気付いてたか。
「日鞠からですか?」
「ああ……って入ってくるなよ」
なに何気に部屋の中に侵入してるんだよこいつは。窓辺に立つクリスに月明かりがあたりその長い金髪が照らされる。それはなんだか向こうのような光景だとおもった。部屋自体は見慣れてる筈なのに、クリスみたいな金髪美少女のせいで自室に見えなくなる。
月光を受ける金色の髪は凄く輝いて見えて、周囲にその光を振りまいてるようにもみえる。その姿は神秘的――
「うんスオウの匂いでいっぱいデスねここ」
――口を開かなければ容姿そのままの印象を持てるのにな。そう思ってるとクンクン鼻を動かしながら、ボテッとベッドに倒れ込む。おいおいなにやっちゃってくれてんのこいつ。ちょっとやめろよなそういうことは。なんかドキドキしちゃうだろ。
「クンクン」
「嗅ぐな嗅ぐな!」
何、犬かこいつ? てか女の子に匂い嗅がれるとか恥ずかしいんだが。匂いって地味に傷付くんだぞ。 汗臭いとか言われたらどうしよう。そんな不安に駆られてるとクリスの奴は寝息を立て始める。
「おい何寝ようとしてんだ」
ベコッと頭を小突く。こいつは本当に何がしたいんだ? 監視とか牽制とかが目的と言ってたけど、こいつは普通に楽しんでる様にみえる。毎日を普通に過ごし、学校というコミュニティに馴染み、地域にも溶け込んでるような?
「襲いたくなったデス?」
ゴロンとうつ伏せから仰向けに態勢を変えるクリス。その時それなりにあるだろう胸が弛んと揺れた気がした。外に居たというのにクリスの奴はそんなに厚着をしてるってわけじゃない。なんだかぴっちりした感じの服を着てる。
だからか胸の弛みも分かり易い。てかこの寒空の下にでるには寒い格好過ぎるだろそれ。取り敢えず胸に目が言ってたのを誤魔化す為にも口を開く。
「誰が襲うか。それよりもそんな格好で外に居て寒くなかったのかよ?」
「ああ、それは心配ないデス。この服は凄く高性能なのデスよ」
そう言ってドヤ顔のクリス。すると襟元までキッチリと閉じてるチャックに手を掛ける。そして何の抵抗もなく下ろし始めた。クリスの白い柔肌が視界に鮮烈に入ってくる。白いから……本当に白いから暗さと相まって浮き上がってる様に見える。
こんなの目が行かないわけがない。でも流石に胸の谷間が見えた時に我に返って止めに入る。
「おいおいなにやってるんだ! やめろバカ!」
「どうしたんデスか? そんなに焦って?」
「なんでわかんないみたいな顔してるんだよ。絶対に分かってるだろお前」
「ふふっ、どうせだからそのまま見てれば良かったデスのに。眼福でしょ?」
そう言ってクリスの奴は胸の所で広がってる服を更にチラチラと指で広げて見せる。くそっ見ないように意識してもなぜか視線がそこに吸い寄せられる。恐ろしい引力。これが乳ートン先生の大発見、万有引力って奴だな……間違いない。
リンゴが地面に落ちるんじゃなく、男が乳に吸い寄せられる法則はきっと自然の摂理と同じようなことなんだ。うん何言ってるんだろうな僕。取り敢えず椅子の方に掛けてあった袖付き毛布をクリスに投げつけた。
「なるほど、コレに匂いを染みつけろって事ですね」
「どうしてそういう事に成るんだよ?」
なんか頭痛くなってくる。振り回されるのもどうかと思うけど、こいつは結局僕が何もしないって分かってるからからかってくるんだよな。そうやって僕で遊んでる。それならこっちもからかってやろうか。
ドス――僕は無言でクリスをベッドに押し倒す。壁ドンならぬベッドんである。自分のいつも寝てる場所に広がる金髪の髪。混ざり合う呼吸。日本人とは違う蒼い瞳は間近で見ると本当に宝石の様。
真っ白な肌に赤みがかかって火照りが見て取れる。
「とうとう股間に来たデスか?」
「その言い方はなんか無性に萎えるな」
「あっちが?」
「そっちじゃねーよ。どこ見てるんだ!」
僕のある一定部分を凝視するクリス。それだけに留まらず更に何に手を伸ばして来た。僕は直前でその手を掴む。
「なんで手を伸ばすんだ? どこさわろうとしてんだよ」
「萎えたかどうかを確かめようと思ったデス」
あっけらかんな感じでそう言うクリスに驚愕だよ。そんな簡単に触れられて良い場所じゃないんだけどな。むしろ女子に触れられたという事実がその現象を引き起こすというか……
「取り敢えずあんまり軽率な行動するなよな。勘違いされるぞ」
「別に私は勘違いされても全然いいデスよ」
小悪魔な感じでそう笑うクリス。その目は案外マジっぽい。こいつは……そうやって人間関係かき乱してたのしいのか?
「体なんて幾らなげうったって問題ない……大切なのは心デス」
「うん? なんかまともな風に感じるぞ」
「心……を繋げる為に体を繋げましょう」
わざとらしく体をくねらせていやらしさを強調させて来るクリス。せっかくちょっとまともな事を言ったと思ったのにやっぱり気のせいだったようだ。
「お前な……」
「うぇ~い! スオウ君聞いてきい――」
突如として開いたドアから現れたのは夜々さんだった。そして僕達の姿を見るなりドアをそっと閉じてった――と思ったらすぐさまもう一度扉が開く。
「ちょっ、やっば! カメラに撮らせて!!」
どんだけの速さでカメラ取って来たんだよ。その手にはかなりゴツイ一眼レフがある。カメラ趣味なんてあったのかこの人。てかテンション振り切ってるよ。
「いやいや違うから! そんなんじゃないから!」
僕はシャッターを切られる前にクリスから離れようとする。けどそれをさせまいとクリスの奴が僕の腕を掴み返して引き寄せる。慌ててた僕はバランスを崩してクリスの方へと倒れ込む。
「ふふっ、そんなこと言いながら大胆な事しちゃって」
パシャ――と光るシャッター。撮られた……まさに決定的瞬間を……態勢を崩して倒れた僕はクリスの胸に埋まって至福の――じゃなかった、とにかく不味い所に顔を埋めてる。誰がどうみたって僕とクリスがそう言う行為を行ってるかの様。
今の写真を摂理やましてや日鞠になんか見られたら……そう考えるとなんか不味いと思える。だからさっきからずっと連写されてるあのカメラを破壊――もとい取り上げなくちゃいけないんだけど。
「さあさあ証拠をもっと沢山撮ってデス!!」
クリスの奴はそう言って僕の頭をがっちりとホールドしてやがる。押し付けられる胸の感触とクリスの女子的な匂いがダイレクトに脳に伝わってきて振りほどこうにも、その決意がなかなか……ね。
クリスの奴は日鞠は言わずもがな、摂理よりも大きいのかな? そんなどうでもいい事が脳を支配しちゃいそうだ。でもこのまま不味い写真を撮られ続ける訳にも行かない。取り敢えず胸の誘惑を振りきってカメラを取り上げる!!
「いい加減にし――」
「わぁたぁし~も~!!」
「ぬぁ!?」
なぜか夜々さんが突進してきた。そしてクリスと同じように――いやクリスから横取る様に僕を自身の胸に押し付ける。
「クリスちゃん私達も撮って~」
「しょうがないデスね。3pも悪くないデス」
「何言い出してんだお前!?」
クリスの奴は物凄く物分かりがいいらしい。いやいやおかしいだろ? おかしいよね? おかしい……筈だ。
「お姉さんは寂しいのだよ~。襲え襲え~」
夜々さんは酔ってるのか? ノリがおかしい。コレはアレだろ? 正気に戻ったときに後悔しちゃうやつだ。
「ちょ、夜々さん……こいな事したら後悔しますよ」
悪乗りしてる二人を尻目に僕は冷静な声色で夜々さんにそう伝えた。すると夜々さんは無理矢理抱えてた力をゆるめて僕の頭は僅かながら開放される。けど僕はその手を完全に振りほどく事は出来なかった。なぜなら……
「後悔なんて……どうして連れてってくれなかったの当夜……」
掻き消えそうな声、僅かに震える体。この温もりは消え去りたいと思ってる物だと思うと……
「スースー……当夜のバカ……」
夜々さんはいつの間にか寝息を立ててた。閉じられた瞼には涙が見える。僕は腕から脱出して変わりに枕を抱かせた。もったいなかったけどさ、流石に胸に埋まり続ける訳にはいかない。
「夜々さん、当夜さんは……」
その先はやっぱり言えない。何回も言うものじゃないだろう。夜々さんはわかっててそれでも諦めてないんだから。
「今夜も楽しかったデス。大変ですね色々と」
「別にお前もだろ?」
いつの間にかドアの付近に居るクリス。廊下の明りと部屋の暗さの境界線がクリスの存在を際立たせる。キョトンとした表情のクリス。けど直ぐに笑って誤魔化してから背を向ける。
「別に私はいつも通りデス。そういつも通り」
その言葉は少しだけクリスのいつもの明るさでは覆えてない所があった気がする。あんなんでもよく分からない組織の人間だ。僕達とは全然違う生き方をしてきたんだろう。
階段を降りる音が聞こえる。僕はわざわざ追いかけてこう言ってやった。
「また明日な」
「……当然デス」
そう言って残りの階段をひとっ飛びで降りるクリス。分かり易い奴である。結局アイツは何がしたかったのか?
「さて……」
部屋の前に戻って、僕のベッドで寝息を立ててる夜々さんを見て途方に暮れる。流石にこれからあのベッドには戻れない。廊下の冷気に体が震える。
「リビングのソファーで寝よ」
僕はそう決めて自分の部屋の扉を閉める。心のなかで「おやすみなさい」と囁いて。
ただ……アイツの言った事が頭を巡ってる。生きてないとかはともかく、このままじゃダメなのかと思う程にはボロ負けだった。
「生きてない……か。なんだよそれ?」
向こうで生きるってどういう事だ? 向こうでクエストしたり、ミッションしたり、ただ生活したり……とかじゃないんだよな。それじゃあ他のプレイヤーと変わらない。そうじゃない……んだよな。
多分奴の生きてないは『落ちてない』ってことじゃないだろうか。前のLRO……前の世界では僕は落ちてた。ダメージをあっちとこっちで共有してて、互いの世界の境界線は曖昧だった。
向こうの世界での死はこっちの世界でも死へと直結してた。それはリスクで不安で……けどあの時は確かに僕は生きてることを強く感じてたと思う。命を賭けた紙一重の戦い。そんな中でひしひしと死に迫りつつ生を掴んでた。
あんなに濃い時間は早々無いだろう。だからあの時間が強烈だったのは確かなんだ。戦争とかを体験した人が戦場から帰ってきても、戦場での体験が忘れられなくなってしまうみたいな事と同じなのかも知れない。
戦闘と言う意味では同じだったしな。でも僕自身は日常に帰れたと思ってるんだけど……戦場に心を置いてきたわけじゃない。だから僕自身はアイツの言葉をそう簡単に肯定する事は出来ないよ。
「今のままでも『死んでる』なんて言わせない程に強く成れれば……」
呟く言葉は最後の方で冷たい空気へと消えていく。力を求める自分がいる。けど正攻法であれに追い付くには膨大な時間が必要なのは必然。まああんな敵は早々いないだろうけど……でも弱いままで良い通りは無い。
「セラ・シルフィング……」
それに頼るのもどうかと思うわけだけど、何よりもしっくり来るのはやっぱりアレなんだよね。
「ん?」
隣の家に止まる車。それは前にも見たような車だ。そしてそこから日鞠の奴がいつかと同じように出てくる。日鞠の奴は車の方へ向かって何か話してる様だ。やっぱり前に見た奴が乗ってるんだろうか?
そう思うとなんだか……
「あれはデキてるデスね」
そんな声が聞こえると思ったら屋根から逆さに顔を出すクリス。心臓に悪い奴だ。てかそもそも何やってるんだこいつ? こんな寒い時期に屋根に上るとか風邪引くぞ。取り敢えず窓を開けたみた。
別に入れる気は無いけど、窓を閉めたままじゃ声が聞こえづらいからな。
「寒くないのか?」
「我慢はなれてま~す」
そう言う割には鼻をズズズっと啜るクリス。顔が見えなくなると、今度は足をプランプランと垂らして来た。どうやら座り直した様だ。 屋根に座るとかお尻汚れるだろうにそこら辺クリスの奴は気にしないんだろうか。
まあこいつは見た目程に綺麗なままじゃないからな。てかなんで窓の中央から脚出してるんだよ。邪魔何だが……黒いストッキングで包まれたふくらはぎから足首へと続く脚線美は凄くいいけど、邪魔なのに変わりはない。
取り敢えずペチペチと叩いて脚を……というかちょっとズレて貰う。そして外を改めて見ると既に車は発進してた。日鞠の奴は丁度扉を開けて家に入る所。
「気になって仕方ないって顔してますネ」
「別にそこまで気になってる訳じゃないし」
「スオウは日鞠の事だけは分かり易いデスよ」
なんだかクリスにそう言われると悔しい気がする。こんな奴に……的な感じでね。
「あれは付き合ってるデスね。あれは」
「だからなんだよ……」
「いつまでも自分だけのものじゃないんですよスオウ?」
クスクス笑ってないかこいつ? 取り敢えず目障りな脚を抓ってみる。
「いたった! なにしますかこいつは!」
脚を思いっきり振って抗議をあらわすクリス。窓ガラスに脚突っ込むぞ。
「全く、私に当たるよりも現実を見たほうがいいデス」
「だからあたってないっての」
「日鞠は交友関係広いデスからね。スオウが知らない男……居るデスよ」
なんだその言い方? 不安煽りたいのかよ。アイツが交友関係広いのなんて周知の事実だっての。僕自身が知らない奴なんて沢山いる。だからって日鞠が誰かと付き合ったりは無かったわけだけど。
「日鞠も女デス。他の男をつまみ食いしたくなる事もあるデスよ」
「なんだその悪女みたいな女は? 日鞠をお前と一緒にするなよ」
「それって私は悪女いう事デスか? ふふ~ん」
案外不服そうでもないクリス。何でそこで得意気な声をだす? プランプランしてる脚が跳ねてる様にも見える。
「でも、日鞠は案外悪女だと思いますデス。誰も彼も魅了して……あんな悪女そうそう居ないデス。私が言うんだから間違いないかな~って」
そう言うクリスの声は少しだけトーンが落ちてる気がした。いや、言葉だけは弾んでるんだけど含みがあるというか、まあただの印象なんだけど。
「あっ、なんだか睨まれた気がするデス」
「かもな」
ここで普通なら「んなバカな」って反応する所何だろうけど、日鞠が相手となると変わってくる。だって日鞠だよ? 常識では計れないじゃん。いくら月明かりがあるといっても部屋の明りはつけてなくてクリスなんて屋根の上にいるのに、見えるのかどうか甚だ疑問だが日鞠ならありえるんだ。
 あいつ夜目も効くからな。でも日鞠は別にその後何か反応する訳もなく家の中に入っていった。まあアイツも疲れてるんだろう。毎日どっか行ってるもんな。帰りもずっと遅いし。
(まさか本当に付き合ってるとか……)
クリスの言葉が脳裏を過ぎる。そんなことあるわけない――と思ってるのは自分の都合何じゃないか? てかそうでしかない。僕の周りには限られた人しか居ないけど、日鞠の周りには日々人が増えていってる筈。
僕の交友関係なんかとは比べ物にならないからな。出会いの数だけ何かに影響されるのだとしたら、日鞠がちょっとだけ心移ろいだとしても……
ヴーーン、ヴーーン。
暗い部屋の中で振動に合わせて点滅する光が見える。枕元に置いてたスマホが光ってる様だ。僕はスマホを取って内容を確認する。
【スオウ、明日はびっくりする事があるかも知れないよ。楽しみにしててね。それと窓は開けっ放しにして寝たら駄目だよ】
ブルっと体が震えた。おいおいやっぱり見えてるじゃないか。流石日鞠――やっぱり気付いてたか。
「日鞠からですか?」
「ああ……って入ってくるなよ」
なに何気に部屋の中に侵入してるんだよこいつは。窓辺に立つクリスに月明かりがあたりその長い金髪が照らされる。それはなんだか向こうのような光景だとおもった。部屋自体は見慣れてる筈なのに、クリスみたいな金髪美少女のせいで自室に見えなくなる。
月光を受ける金色の髪は凄く輝いて見えて、周囲にその光を振りまいてるようにもみえる。その姿は神秘的――
「うんスオウの匂いでいっぱいデスねここ」
――口を開かなければ容姿そのままの印象を持てるのにな。そう思ってるとクンクン鼻を動かしながら、ボテッとベッドに倒れ込む。おいおいなにやっちゃってくれてんのこいつ。ちょっとやめろよなそういうことは。なんかドキドキしちゃうだろ。
「クンクン」
「嗅ぐな嗅ぐな!」
何、犬かこいつ? てか女の子に匂い嗅がれるとか恥ずかしいんだが。匂いって地味に傷付くんだぞ。 汗臭いとか言われたらどうしよう。そんな不安に駆られてるとクリスの奴は寝息を立て始める。
「おい何寝ようとしてんだ」
ベコッと頭を小突く。こいつは本当に何がしたいんだ? 監視とか牽制とかが目的と言ってたけど、こいつは普通に楽しんでる様にみえる。毎日を普通に過ごし、学校というコミュニティに馴染み、地域にも溶け込んでるような?
「襲いたくなったデス?」
ゴロンとうつ伏せから仰向けに態勢を変えるクリス。その時それなりにあるだろう胸が弛んと揺れた気がした。外に居たというのにクリスの奴はそんなに厚着をしてるってわけじゃない。なんだかぴっちりした感じの服を着てる。
だからか胸の弛みも分かり易い。てかこの寒空の下にでるには寒い格好過ぎるだろそれ。取り敢えず胸に目が言ってたのを誤魔化す為にも口を開く。
「誰が襲うか。それよりもそんな格好で外に居て寒くなかったのかよ?」
「ああ、それは心配ないデス。この服は凄く高性能なのデスよ」
そう言ってドヤ顔のクリス。すると襟元までキッチリと閉じてるチャックに手を掛ける。そして何の抵抗もなく下ろし始めた。クリスの白い柔肌が視界に鮮烈に入ってくる。白いから……本当に白いから暗さと相まって浮き上がってる様に見える。
こんなの目が行かないわけがない。でも流石に胸の谷間が見えた時に我に返って止めに入る。
「おいおいなにやってるんだ! やめろバカ!」
「どうしたんデスか? そんなに焦って?」
「なんでわかんないみたいな顔してるんだよ。絶対に分かってるだろお前」
「ふふっ、どうせだからそのまま見てれば良かったデスのに。眼福でしょ?」
そう言ってクリスの奴は胸の所で広がってる服を更にチラチラと指で広げて見せる。くそっ見ないように意識してもなぜか視線がそこに吸い寄せられる。恐ろしい引力。これが乳ートン先生の大発見、万有引力って奴だな……間違いない。
リンゴが地面に落ちるんじゃなく、男が乳に吸い寄せられる法則はきっと自然の摂理と同じようなことなんだ。うん何言ってるんだろうな僕。取り敢えず椅子の方に掛けてあった袖付き毛布をクリスに投げつけた。
「なるほど、コレに匂いを染みつけろって事ですね」
「どうしてそういう事に成るんだよ?」
なんか頭痛くなってくる。振り回されるのもどうかと思うけど、こいつは結局僕が何もしないって分かってるからからかってくるんだよな。そうやって僕で遊んでる。それならこっちもからかってやろうか。
ドス――僕は無言でクリスをベッドに押し倒す。壁ドンならぬベッドんである。自分のいつも寝てる場所に広がる金髪の髪。混ざり合う呼吸。日本人とは違う蒼い瞳は間近で見ると本当に宝石の様。
真っ白な肌に赤みがかかって火照りが見て取れる。
「とうとう股間に来たデスか?」
「その言い方はなんか無性に萎えるな」
「あっちが?」
「そっちじゃねーよ。どこ見てるんだ!」
僕のある一定部分を凝視するクリス。それだけに留まらず更に何に手を伸ばして来た。僕は直前でその手を掴む。
「なんで手を伸ばすんだ? どこさわろうとしてんだよ」
「萎えたかどうかを確かめようと思ったデス」
あっけらかんな感じでそう言うクリスに驚愕だよ。そんな簡単に触れられて良い場所じゃないんだけどな。むしろ女子に触れられたという事実がその現象を引き起こすというか……
「取り敢えずあんまり軽率な行動するなよな。勘違いされるぞ」
「別に私は勘違いされても全然いいデスよ」
小悪魔な感じでそう笑うクリス。その目は案外マジっぽい。こいつは……そうやって人間関係かき乱してたのしいのか?
「体なんて幾らなげうったって問題ない……大切なのは心デス」
「うん? なんかまともな風に感じるぞ」
「心……を繋げる為に体を繋げましょう」
わざとらしく体をくねらせていやらしさを強調させて来るクリス。せっかくちょっとまともな事を言ったと思ったのにやっぱり気のせいだったようだ。
「お前な……」
「うぇ~い! スオウ君聞いてきい――」
突如として開いたドアから現れたのは夜々さんだった。そして僕達の姿を見るなりドアをそっと閉じてった――と思ったらすぐさまもう一度扉が開く。
「ちょっ、やっば! カメラに撮らせて!!」
どんだけの速さでカメラ取って来たんだよ。その手にはかなりゴツイ一眼レフがある。カメラ趣味なんてあったのかこの人。てかテンション振り切ってるよ。
「いやいや違うから! そんなんじゃないから!」
僕はシャッターを切られる前にクリスから離れようとする。けどそれをさせまいとクリスの奴が僕の腕を掴み返して引き寄せる。慌ててた僕はバランスを崩してクリスの方へと倒れ込む。
「ふふっ、そんなこと言いながら大胆な事しちゃって」
パシャ――と光るシャッター。撮られた……まさに決定的瞬間を……態勢を崩して倒れた僕はクリスの胸に埋まって至福の――じゃなかった、とにかく不味い所に顔を埋めてる。誰がどうみたって僕とクリスがそう言う行為を行ってるかの様。
今の写真を摂理やましてや日鞠になんか見られたら……そう考えるとなんか不味いと思える。だからさっきからずっと連写されてるあのカメラを破壊――もとい取り上げなくちゃいけないんだけど。
「さあさあ証拠をもっと沢山撮ってデス!!」
クリスの奴はそう言って僕の頭をがっちりとホールドしてやがる。押し付けられる胸の感触とクリスの女子的な匂いがダイレクトに脳に伝わってきて振りほどこうにも、その決意がなかなか……ね。
クリスの奴は日鞠は言わずもがな、摂理よりも大きいのかな? そんなどうでもいい事が脳を支配しちゃいそうだ。でもこのまま不味い写真を撮られ続ける訳にも行かない。取り敢えず胸の誘惑を振りきってカメラを取り上げる!!
「いい加減にし――」
「わぁたぁし~も~!!」
「ぬぁ!?」
なぜか夜々さんが突進してきた。そしてクリスと同じように――いやクリスから横取る様に僕を自身の胸に押し付ける。
「クリスちゃん私達も撮って~」
「しょうがないデスね。3pも悪くないデス」
「何言い出してんだお前!?」
クリスの奴は物凄く物分かりがいいらしい。いやいやおかしいだろ? おかしいよね? おかしい……筈だ。
「お姉さんは寂しいのだよ~。襲え襲え~」
夜々さんは酔ってるのか? ノリがおかしい。コレはアレだろ? 正気に戻ったときに後悔しちゃうやつだ。
「ちょ、夜々さん……こいな事したら後悔しますよ」
悪乗りしてる二人を尻目に僕は冷静な声色で夜々さんにそう伝えた。すると夜々さんは無理矢理抱えてた力をゆるめて僕の頭は僅かながら開放される。けど僕はその手を完全に振りほどく事は出来なかった。なぜなら……
「後悔なんて……どうして連れてってくれなかったの当夜……」
掻き消えそうな声、僅かに震える体。この温もりは消え去りたいと思ってる物だと思うと……
「スースー……当夜のバカ……」
夜々さんはいつの間にか寝息を立ててた。閉じられた瞼には涙が見える。僕は腕から脱出して変わりに枕を抱かせた。もったいなかったけどさ、流石に胸に埋まり続ける訳にはいかない。
「夜々さん、当夜さんは……」
その先はやっぱり言えない。何回も言うものじゃないだろう。夜々さんはわかっててそれでも諦めてないんだから。
「今夜も楽しかったデス。大変ですね色々と」
「別にお前もだろ?」
いつの間にかドアの付近に居るクリス。廊下の明りと部屋の暗さの境界線がクリスの存在を際立たせる。キョトンとした表情のクリス。けど直ぐに笑って誤魔化してから背を向ける。
「別に私はいつも通りデス。そういつも通り」
その言葉は少しだけクリスのいつもの明るさでは覆えてない所があった気がする。あんなんでもよく分からない組織の人間だ。僕達とは全然違う生き方をしてきたんだろう。
階段を降りる音が聞こえる。僕はわざわざ追いかけてこう言ってやった。
「また明日な」
「……当然デス」
そう言って残りの階段をひとっ飛びで降りるクリス。分かり易い奴である。結局アイツは何がしたかったのか?
「さて……」
部屋の前に戻って、僕のベッドで寝息を立ててる夜々さんを見て途方に暮れる。流石にこれからあのベッドには戻れない。廊下の冷気に体が震える。
「リビングのソファーで寝よ」
僕はそう決めて自分の部屋の扉を閉める。心のなかで「おやすみなさい」と囁いて。
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