命改変プログラム
日々の結晶
想像の上に描かれる城の中を走る。ここはLRO? それともただの夢? よく分からない。けど、城の中の敵は襲ってくる。それは黒い影の様な敵だ。この影……よく見ると中に何かいる。それは獣めいてる様でいて人めいてるようでもある。
けどそのどちらでもない気がする。何か分からない何か……でもそもそも僕は何と戦ってるのか。
剣を振るい、切り捨て、なぎ払い、砕き斬る。それをただ夢中でやってる。今、この瞬間の僕に正しさは……さすれば正義はあるだろうか? 何故に剣を振るって、何故に敵を……いや相手を倒してるのか。それさえも分かってない僕にはきっと正しさなんてないと思うんだ。
理由付けは出来る。襲われてるからだ。けどそれも僕の今の主観でしかない。本当は何か違うのかも知れない。襲ってるようにも見えるけど、縋ってるようにも見える。そんな事を考えながらも、僕は次々に影を倒す。
「僕はなんでこんな事をしてるんだろう?」
『何故? それは恐れてるからだろう』
誰かが言葉を囁いた。その言葉が鼓動を上げる。どこかからか、タバコの匂いがしてきたような……
『なあガキ。お前はアレから何を得られた?』
「なに……を」
『お前は、お前たちはもう分かってるんじゃないのか? 俺の伝えた真実が真実だったと、受け入れてるんじゃないのか?』
襲ってくる何かがアイツに変わる。記憶の奥底に追いやって追いやって、それでも消すことの出来ないもう一つの最悪。それは日鞠も一緒の筈。だから『お前達』とアイツも言う。次々と迫るアイツの姿に、恐れや憎しみや恐怖……そんないつかの感情がぶり返してくる。
だけど今の僕はあの時の僕じゃない。背は伸びたし、体重も増えた。色々と経験もしたし、度胸だって付いた。ここ数ヶ月は特に自分という人間が成長出来たと思う。だから––
「お前の事なんか、一ミリだって受け入れてなんかない。僕も、そして日鞠もだ!!」
風が吹き荒れて、その風に薄緑の色が乗る。今までのガムシャラな力は集約されて、流れと成る。僕は一気にアイツを葬り去る。次々と迫ってたアイツの影はそこまで。追撃が来ることはなく、辺りが白やんで行く。
多分僕は夢の中に居る。それはもうなんとなく分かる。これはLROじゃない。だってアイツがあの中に出てくるなんてあり得ない。あり得ない筈だ。
『答えなんて誰も持ちあわせてはない。それぞれが導き出す結論が答え。それは誰にも否定される物じゃない。だから、俺が伝えた答えもまた答えであることに変わりはないさ。お前はお前の答えを見つけて先に進めばいい。
その扉を開けてな』
そう聞こえた声で気付く。いつの間にか僕の前には大きな扉がある。扉はとても大きい。殺気までの通路とか、建物の構造とかどう考えても振り切ってるよ。まあ夢なんてそんな物だ。脈絡なんて気にしちゃいけない。ストンと受け入れられるのも夢の良さだ。
扉に鍵は見えない。銀色をした洒落た装飾が綺麗な扉だ。押して見るけどビクともしない。引くには引っかかりもない。どうやって開ければいいのか分からない扉だ。立ち尽くしてると、全てが真っ白に染まってく。
もうそろそろこの世界とお別れだ。それがわかる。今の僕じゃ、この扉を開けることは出来ない。そう言う事なんだろう。
『だがなガキ……』
後方に存在を感じて振り返る。するとそこにはいつの日かの様にドカッと威圧的に座るアイツが居た。記憶の中のままに恐怖を煽る笑みを浮かべる。
『その先に行けたとしても、希望や平和があるなんて思わないことだ。その先には何も変わらない日常しかない。その位、世界は残酷だ』
「…………いいから、さっさと消えてろ亡霊」
その言葉の直後、吹き荒れた風が夢を流してく。そして僕は、いつもの天井を見つめ……ない。
「あっ、起きたデス」
「うん、起きたね」
「どうしますか?」
「どうしようっか?」
「取り敢えず、グッドモーニングキスです。さあ、摂理!」
「ちょっ!? クリスちゃん、起きてるとハードル高すぎだよ!」
「なんでデスか? おはようのキスは常識デスよ?」
「ここは日本だよ。キスはクリスちゃんが考えるよりずっと重いものなんだよ」
「重い?」
首を傾げるクリス。てか……何故か僕の部屋で二人が変なやりとりをしてる。これも夢だろうか? そもそも階段あるのに摂理の奴がここに居るわけない。夢だな。さっきまで胸糞悪い夢だったから、ここから清涼剤的な夢を神様が提供してくれたのかもしれない。
摂理の奴は言うまでもなくだけど、クリスの奴も敵って言うのを除けば美少女だ。白い肌は日本人の黄色的なそれとは違うし、金髪も染めてなんかない純正だ。眼の色もブルーだし、これぞ外国人って感じだ。だけど外国人って結構年寄りも老けて見えるような気もするけど、クリスの場合はそうでもない。
特殊な仕事やってるんだし、普通よりも老けててもおかしくない……というか、ラオウさんみたいに成ってもおかしくないと思うんだけど、逆行ってるよなこいつ。ラオウさんは強くなるために女を捨てた感じだけど、クリスの奴は女であることを武器にしてる。
そりゃそうか、美少女って奴はそれだけで価値あるもんな。ラオウさんの場合は……うん。いや、もしかしたらあんなムキムキになる前は可憐な美少女だった可能性が微レ存してる可能性も無きにしも非ずだろう。
そんな事を考えてると、クリスの奴が僕の顔を両手でガッチリと挟んできた。
「しょうが無いデスね。じゃあお手本見せたげるデスよ」
「ん?」
「え?」
呆気に盗られてると、その整った潤いある唇が近づいてくる。少し紅潮した頬。生暖かい息。垂れ落ちる金髪が僕に触れる。
(夢だし……まあ……夢だよね? 夢の筈。夢であると思う。思いたい)
なんだろう抵抗しようにも体が動かない。いや動けない? 既に超近いから、逆に動くと触れちゃいそうで……本当にやる気かこいつ!? 見つめ合う瞳。コバルトブルーのその瞳はキラキラと輝く海の様で、逃れたくないと思っちゃうような……だって海は命の原点なんだ。しょうがないよね。
「だ、だめええええええ!」
今にも触れ合う一寸手前で、摂理の奴が強引にクリスを引き戻す。よくやってくれた摂理。マジで普通にキスしようとするんだもん。あんまり経験ない男子高校生にとってはカルチャーショックが強すぎて……挨拶感覚のキスとか理解できないよね。
「はあ……」
どうやらこれは夢ではないようだ。なんでこいつらが僕の部屋に? 家に居ることはしょうがない。摂理は一緒に住んでるからともかく、クリスのやつが我が物顔なのはやっぱ外人だからなのか?
クリスの奴は前にイベントで人形劇をやったお婆さんの所にホームステイをしてるらしい。そして日鞠の奴が家政婦を頼んだのはそのお婆さんで、それからクリスの奴も毎日一緒にここに来るようになった。
これは果たして偶然なのか……とてもそうとは思えない。実際、こいつが居る所で安易に寝てるって結構危険な気がするんだけど、日鞠の奴が『大丈夫』というから。まあ実際今まで何かがあった訳じゃない。今日あったけど。
でも仕掛けて来たって訳ではなさそう。ある意味色仕掛けは仕掛けてきてるけどな……なんかやたら接触が多いんだよな。外人だから、外人だから……と言い聞かせてるんだけど、本当にそうなんだろうか?
外人だから接触が多いとか偏見かもしれないし。そもそも必要以上に接触する必要なんてないと思うんだが。なにか変なデータでもとってるんだろか?
「ダメって、挨拶デスよ。挨拶」
「そ、それでもキスはダメ。てか、今唇にしようとしてたよね? ふ、普通挨拶って言ったらほっぺとかじゃないの?」
確かにそのとおりだな。普通挨拶ではほっぺだろ。なんで今、唇にしようとした。僕がジト目で見てると、クリスのやつが摂理を適当にあしらいながらこっちにウインクしてくる。そのウインクはどういう意味だよ。
日鞠ならわかるかもだけど、クリスの意思はアイコンタクトじゃ読み取れない。
「あれはオデコにしようとしてたんデス。うんうん、きっとそうデス」
「きっとってなに!?」
「それよりもなんで居るんだよ?」
「うぐっ、それは……」
明らかに狼狽える摂理。けどクリスの奴はそんな事はない。あっけらかんとした顔で、こう言うよ。
「起こしに来たんデスよ。可愛い女の子二人でグッドモーニング・コールデス。ハッピーを届けに来ました」
ペラペラと思ってもない事を思いつくやつである。
「ハッピーって、別に二人じゃなくていいだろ。それにキスって……」
「どっちかが良かったデスか? それならどっちがよかったデス? 私か、セツリか?」
きらりんと瞳が光ったように見えた。余計な事を口走るなよ。ほら、そのせいで摂理の奴が––
「どっち? 私? それともクリスちゃん? ううんやっぱりひ……」
––とか何か縋るような目が向けられてる気がする。何これ? 答えなくちゃいけないの?
「やっぱり朝のいきり立った男性を満足させられるのは私の様な外国の女性だと思いマース」
「ちょっ!? クリスちゃん話が違うよ。協力してくれるんじゃないの? 張り合ってどうするの!」
「セツリ、これは女のプライドの問題だから引けないのデス」
「そんなぁああ!」
頭を抱えるセツリ。てかこっちも頭抱えたいよ。朝起きて何なんだよこの状況は。まだ脳が活性化してないんだから、頭痛く成るような事しないで欲しい。まともな判断出来ないよ。クリスか摂理かなんて……
「二人共〜スオウくんは起きましたか?」
「あっ、は〜い。直ぐに行きます。ほらクリスちゃん、もう行こ。スオウもご飯だから早く下に下りて––ってクリスちゃ〜〜〜〜ん!」
摂理の叫びが頭に響く。全く、朝から元気だな。一体なんだって言うんだ。
「すっすっすスオウ! 何で抵抗しないのよ!」
「ん? って、脱がされてる!?」
気付いたらクリスの奴に脱がされてた。余りにも自然過ぎて気付けなかったぜ。
「ふっふふーん。これも家政婦のお仕事デス」
「家政婦ってお前は厳密にはこの家の家政婦じゃねーだろ」
「細かい事は気にしない、気にしない」
お気楽な顔でそんな風に言うクリス。完全に習慣化してるけども、クリスの奴はお呼ばれしてねーから。お呼ばれしたのはお婆さんだけだ。こいつはオマケでもないんだが……取り敢えずまだ脱がせようとしてるから引き剥がそう。
「いい加減にしろ。直ぐに行くからお前等出てけよ」
「だそうですよセツリ?」
「なんで私だけ出て行くかの様に促してるのかなクリスちゃん?」
確かにそんな感じの言い草だった。摂理の奴の笑顔がピクピクしてる。摂理はクリスの服を掴むと強引に引っ張りだす。
「さあクリスちゃん、一緒にちょおっと話あおうか?」
「えっ? あれ? セツリ、なんだか怒ってますか? そんな〜ただの冗談デス……デスデス……でぇぇぇす!」
勢い良く閉まった扉をただ僕は見つめてた。扉の向こうでは摂理の激しい声がまだ聞こえる。するとそんな声にもう一つ声が加わって来た。これは……
「何やってんのよこんな朝っぱらから」
「夜々さん、ちょっと聞いてくださいよ」
それから少しするとガチャっと扉が開いて夜々さんが顔を覗かせて小馬鹿にした感じでこう言ってくる。
「よっ、色男」
それだけ言って閉じられる扉。もうホント頭痛くなってくる。取り敢えずさっさと着替えて下に降りよう。朝食で元気を取り戻さないと。
「うしっ!」
僕は気合を入れ直して着替え始める。いや……これだけに気合とかいれるのもそもそもどうかと思う訳だけども、そのくらいしないと動けないんだ。
「「「いただきます」」」
席に着いた全員で手を合わせて合唱する。今日の朝食は純和風だ。白飯に漬物、焼き魚に味噌汁、これでもかと言うほどに和を感じる。
「ふふ、さあ召し上がれ」
笑顔でそう言うのは家政婦として通い詰めてるお婆さんだ。お婆さんは優しい顔して見守っている。
「やっぱりグランマの食事は最高デスね」
「食い方が汚い」
「箸はまだ慣れてないんデス」
頬を膨らませるクリス。けどそれを見て夜々さんがニヤニヤする。
「そんな、クリスは立派よ。日本人なのに未だに箸もまともに使えない誰かさんよりは」
その視線は摂理に向いている。摂理の焼き魚を見るとなかなかダイナミックな事になっておられる。クリスの皿とくらべると……うん。
「み……皆して私の事虐めて……ば……バーカ! バーカ!」
そう言って摂理は自分の部屋に引っ込んだ。するとお婆さんが仕方ない子を見る目を向けつつ追いかけてくれる。まあ、お婆さんに任せとけば大丈夫だろう。
てな訳で僕達は普通に食事を続けた。なんだか最近は拍車を掛けて賑やかになって来た気がする。昔のこの家からは想像もしなかった光景だ。あんまり僕友達いないから……
(クリスはともかく、他の皆は僕が手に入れて来た物の筈だよな)
こんな自分にも手に入れられる物はある。そんな結晶が出来つつある気がする。賑やかな会話の中、TVの音が耳から入っては出て行く。掴みとる事はしない。
けど視界に入ってるその姿……それを今の僕の視野は見逃してはくれない。そう……どうしても。
けどそのどちらでもない気がする。何か分からない何か……でもそもそも僕は何と戦ってるのか。
剣を振るい、切り捨て、なぎ払い、砕き斬る。それをただ夢中でやってる。今、この瞬間の僕に正しさは……さすれば正義はあるだろうか? 何故に剣を振るって、何故に敵を……いや相手を倒してるのか。それさえも分かってない僕にはきっと正しさなんてないと思うんだ。
理由付けは出来る。襲われてるからだ。けどそれも僕の今の主観でしかない。本当は何か違うのかも知れない。襲ってるようにも見えるけど、縋ってるようにも見える。そんな事を考えながらも、僕は次々に影を倒す。
「僕はなんでこんな事をしてるんだろう?」
『何故? それは恐れてるからだろう』
誰かが言葉を囁いた。その言葉が鼓動を上げる。どこかからか、タバコの匂いがしてきたような……
『なあガキ。お前はアレから何を得られた?』
「なに……を」
『お前は、お前たちはもう分かってるんじゃないのか? 俺の伝えた真実が真実だったと、受け入れてるんじゃないのか?』
襲ってくる何かがアイツに変わる。記憶の奥底に追いやって追いやって、それでも消すことの出来ないもう一つの最悪。それは日鞠も一緒の筈。だから『お前達』とアイツも言う。次々と迫るアイツの姿に、恐れや憎しみや恐怖……そんないつかの感情がぶり返してくる。
だけど今の僕はあの時の僕じゃない。背は伸びたし、体重も増えた。色々と経験もしたし、度胸だって付いた。ここ数ヶ月は特に自分という人間が成長出来たと思う。だから––
「お前の事なんか、一ミリだって受け入れてなんかない。僕も、そして日鞠もだ!!」
風が吹き荒れて、その風に薄緑の色が乗る。今までのガムシャラな力は集約されて、流れと成る。僕は一気にアイツを葬り去る。次々と迫ってたアイツの影はそこまで。追撃が来ることはなく、辺りが白やんで行く。
多分僕は夢の中に居る。それはもうなんとなく分かる。これはLROじゃない。だってアイツがあの中に出てくるなんてあり得ない。あり得ない筈だ。
『答えなんて誰も持ちあわせてはない。それぞれが導き出す結論が答え。それは誰にも否定される物じゃない。だから、俺が伝えた答えもまた答えであることに変わりはないさ。お前はお前の答えを見つけて先に進めばいい。
その扉を開けてな』
そう聞こえた声で気付く。いつの間にか僕の前には大きな扉がある。扉はとても大きい。殺気までの通路とか、建物の構造とかどう考えても振り切ってるよ。まあ夢なんてそんな物だ。脈絡なんて気にしちゃいけない。ストンと受け入れられるのも夢の良さだ。
扉に鍵は見えない。銀色をした洒落た装飾が綺麗な扉だ。押して見るけどビクともしない。引くには引っかかりもない。どうやって開ければいいのか分からない扉だ。立ち尽くしてると、全てが真っ白に染まってく。
もうそろそろこの世界とお別れだ。それがわかる。今の僕じゃ、この扉を開けることは出来ない。そう言う事なんだろう。
『だがなガキ……』
後方に存在を感じて振り返る。するとそこにはいつの日かの様にドカッと威圧的に座るアイツが居た。記憶の中のままに恐怖を煽る笑みを浮かべる。
『その先に行けたとしても、希望や平和があるなんて思わないことだ。その先には何も変わらない日常しかない。その位、世界は残酷だ』
「…………いいから、さっさと消えてろ亡霊」
その言葉の直後、吹き荒れた風が夢を流してく。そして僕は、いつもの天井を見つめ……ない。
「あっ、起きたデス」
「うん、起きたね」
「どうしますか?」
「どうしようっか?」
「取り敢えず、グッドモーニングキスです。さあ、摂理!」
「ちょっ!? クリスちゃん、起きてるとハードル高すぎだよ!」
「なんでデスか? おはようのキスは常識デスよ?」
「ここは日本だよ。キスはクリスちゃんが考えるよりずっと重いものなんだよ」
「重い?」
首を傾げるクリス。てか……何故か僕の部屋で二人が変なやりとりをしてる。これも夢だろうか? そもそも階段あるのに摂理の奴がここに居るわけない。夢だな。さっきまで胸糞悪い夢だったから、ここから清涼剤的な夢を神様が提供してくれたのかもしれない。
摂理の奴は言うまでもなくだけど、クリスの奴も敵って言うのを除けば美少女だ。白い肌は日本人の黄色的なそれとは違うし、金髪も染めてなんかない純正だ。眼の色もブルーだし、これぞ外国人って感じだ。だけど外国人って結構年寄りも老けて見えるような気もするけど、クリスの場合はそうでもない。
特殊な仕事やってるんだし、普通よりも老けててもおかしくない……というか、ラオウさんみたいに成ってもおかしくないと思うんだけど、逆行ってるよなこいつ。ラオウさんは強くなるために女を捨てた感じだけど、クリスの奴は女であることを武器にしてる。
そりゃそうか、美少女って奴はそれだけで価値あるもんな。ラオウさんの場合は……うん。いや、もしかしたらあんなムキムキになる前は可憐な美少女だった可能性が微レ存してる可能性も無きにしも非ずだろう。
そんな事を考えてると、クリスの奴が僕の顔を両手でガッチリと挟んできた。
「しょうが無いデスね。じゃあお手本見せたげるデスよ」
「ん?」
「え?」
呆気に盗られてると、その整った潤いある唇が近づいてくる。少し紅潮した頬。生暖かい息。垂れ落ちる金髪が僕に触れる。
(夢だし……まあ……夢だよね? 夢の筈。夢であると思う。思いたい)
なんだろう抵抗しようにも体が動かない。いや動けない? 既に超近いから、逆に動くと触れちゃいそうで……本当にやる気かこいつ!? 見つめ合う瞳。コバルトブルーのその瞳はキラキラと輝く海の様で、逃れたくないと思っちゃうような……だって海は命の原点なんだ。しょうがないよね。
「だ、だめええええええ!」
今にも触れ合う一寸手前で、摂理の奴が強引にクリスを引き戻す。よくやってくれた摂理。マジで普通にキスしようとするんだもん。あんまり経験ない男子高校生にとってはカルチャーショックが強すぎて……挨拶感覚のキスとか理解できないよね。
「はあ……」
どうやらこれは夢ではないようだ。なんでこいつらが僕の部屋に? 家に居ることはしょうがない。摂理は一緒に住んでるからともかく、クリスのやつが我が物顔なのはやっぱ外人だからなのか?
クリスの奴は前にイベントで人形劇をやったお婆さんの所にホームステイをしてるらしい。そして日鞠の奴が家政婦を頼んだのはそのお婆さんで、それからクリスの奴も毎日一緒にここに来るようになった。
これは果たして偶然なのか……とてもそうとは思えない。実際、こいつが居る所で安易に寝てるって結構危険な気がするんだけど、日鞠の奴が『大丈夫』というから。まあ実際今まで何かがあった訳じゃない。今日あったけど。
でも仕掛けて来たって訳ではなさそう。ある意味色仕掛けは仕掛けてきてるけどな……なんかやたら接触が多いんだよな。外人だから、外人だから……と言い聞かせてるんだけど、本当にそうなんだろうか?
外人だから接触が多いとか偏見かもしれないし。そもそも必要以上に接触する必要なんてないと思うんだが。なにか変なデータでもとってるんだろか?
「ダメって、挨拶デスよ。挨拶」
「そ、それでもキスはダメ。てか、今唇にしようとしてたよね? ふ、普通挨拶って言ったらほっぺとかじゃないの?」
確かにそのとおりだな。普通挨拶ではほっぺだろ。なんで今、唇にしようとした。僕がジト目で見てると、クリスのやつが摂理を適当にあしらいながらこっちにウインクしてくる。そのウインクはどういう意味だよ。
日鞠ならわかるかもだけど、クリスの意思はアイコンタクトじゃ読み取れない。
「あれはオデコにしようとしてたんデス。うんうん、きっとそうデス」
「きっとってなに!?」
「それよりもなんで居るんだよ?」
「うぐっ、それは……」
明らかに狼狽える摂理。けどクリスの奴はそんな事はない。あっけらかんとした顔で、こう言うよ。
「起こしに来たんデスよ。可愛い女の子二人でグッドモーニング・コールデス。ハッピーを届けに来ました」
ペラペラと思ってもない事を思いつくやつである。
「ハッピーって、別に二人じゃなくていいだろ。それにキスって……」
「どっちかが良かったデスか? それならどっちがよかったデス? 私か、セツリか?」
きらりんと瞳が光ったように見えた。余計な事を口走るなよ。ほら、そのせいで摂理の奴が––
「どっち? 私? それともクリスちゃん? ううんやっぱりひ……」
––とか何か縋るような目が向けられてる気がする。何これ? 答えなくちゃいけないの?
「やっぱり朝のいきり立った男性を満足させられるのは私の様な外国の女性だと思いマース」
「ちょっ!? クリスちゃん話が違うよ。協力してくれるんじゃないの? 張り合ってどうするの!」
「セツリ、これは女のプライドの問題だから引けないのデス」
「そんなぁああ!」
頭を抱えるセツリ。てかこっちも頭抱えたいよ。朝起きて何なんだよこの状況は。まだ脳が活性化してないんだから、頭痛く成るような事しないで欲しい。まともな判断出来ないよ。クリスか摂理かなんて……
「二人共〜スオウくんは起きましたか?」
「あっ、は〜い。直ぐに行きます。ほらクリスちゃん、もう行こ。スオウもご飯だから早く下に下りて––ってクリスちゃ〜〜〜〜ん!」
摂理の叫びが頭に響く。全く、朝から元気だな。一体なんだって言うんだ。
「すっすっすスオウ! 何で抵抗しないのよ!」
「ん? って、脱がされてる!?」
気付いたらクリスの奴に脱がされてた。余りにも自然過ぎて気付けなかったぜ。
「ふっふふーん。これも家政婦のお仕事デス」
「家政婦ってお前は厳密にはこの家の家政婦じゃねーだろ」
「細かい事は気にしない、気にしない」
お気楽な顔でそんな風に言うクリス。完全に習慣化してるけども、クリスの奴はお呼ばれしてねーから。お呼ばれしたのはお婆さんだけだ。こいつはオマケでもないんだが……取り敢えずまだ脱がせようとしてるから引き剥がそう。
「いい加減にしろ。直ぐに行くからお前等出てけよ」
「だそうですよセツリ?」
「なんで私だけ出て行くかの様に促してるのかなクリスちゃん?」
確かにそんな感じの言い草だった。摂理の奴の笑顔がピクピクしてる。摂理はクリスの服を掴むと強引に引っ張りだす。
「さあクリスちゃん、一緒にちょおっと話あおうか?」
「えっ? あれ? セツリ、なんだか怒ってますか? そんな〜ただの冗談デス……デスデス……でぇぇぇす!」
勢い良く閉まった扉をただ僕は見つめてた。扉の向こうでは摂理の激しい声がまだ聞こえる。するとそんな声にもう一つ声が加わって来た。これは……
「何やってんのよこんな朝っぱらから」
「夜々さん、ちょっと聞いてくださいよ」
それから少しするとガチャっと扉が開いて夜々さんが顔を覗かせて小馬鹿にした感じでこう言ってくる。
「よっ、色男」
それだけ言って閉じられる扉。もうホント頭痛くなってくる。取り敢えずさっさと着替えて下に降りよう。朝食で元気を取り戻さないと。
「うしっ!」
僕は気合を入れ直して着替え始める。いや……これだけに気合とかいれるのもそもそもどうかと思う訳だけども、そのくらいしないと動けないんだ。
「「「いただきます」」」
席に着いた全員で手を合わせて合唱する。今日の朝食は純和風だ。白飯に漬物、焼き魚に味噌汁、これでもかと言うほどに和を感じる。
「ふふ、さあ召し上がれ」
笑顔でそう言うのは家政婦として通い詰めてるお婆さんだ。お婆さんは優しい顔して見守っている。
「やっぱりグランマの食事は最高デスね」
「食い方が汚い」
「箸はまだ慣れてないんデス」
頬を膨らませるクリス。けどそれを見て夜々さんがニヤニヤする。
「そんな、クリスは立派よ。日本人なのに未だに箸もまともに使えない誰かさんよりは」
その視線は摂理に向いている。摂理の焼き魚を見るとなかなかダイナミックな事になっておられる。クリスの皿とくらべると……うん。
「み……皆して私の事虐めて……ば……バーカ! バーカ!」
そう言って摂理は自分の部屋に引っ込んだ。するとお婆さんが仕方ない子を見る目を向けつつ追いかけてくれる。まあ、お婆さんに任せとけば大丈夫だろう。
てな訳で僕達は普通に食事を続けた。なんだか最近は拍車を掛けて賑やかになって来た気がする。昔のこの家からは想像もしなかった光景だ。あんまり僕友達いないから……
(クリスはともかく、他の皆は僕が手に入れて来た物の筈だよな)
こんな自分にも手に入れられる物はある。そんな結晶が出来つつある気がする。賑やかな会話の中、TVの音が耳から入っては出て行く。掴みとる事はしない。
けど視界に入ってるその姿……それを今の僕の視野は見逃してはくれない。そう……どうしても。
コメント