命改変プログラム

ファーストなサイコロ

絶望と希望の背中合わせ

 『テア・レス・テレス』のメンバーに寄って開けられた道を疾走して僕達は時計塔を目指す。実際、今の僕達の力で建物を壊すのは出来る事か分からない。イクシードがあれば、建物の一つや二つ、システムの保護を打ち砕いて壊す自信はあるんだけど、今の僕にはそれだけのスキルはない。
 だからこそ、日鞠の奴は一つの紙切れをくれたんだろう。それを握りしめて前を向く。夜闇に浮かぶ様に鎮座してる時計塔の上部分が見える。
 細長い建物だと言っても、近くで見るとそれなりにデカイ。いや、当たり前だけど……これを倒壊させないと行けないのか。そう思ってると、地面が揺れて大きな音が聞こえてきた。どうやら日鞠達が力の流れを断つために地面を陥没させた様だ。
 別れ際にアイツが言ってた事が頭をよぎる。


『スオウ私達が地面を陥没させたら多分向こうにも狙いがわかるだろうから気をつけてね』


 気をつけてね––と言われてもな。戦場で気をつけない瞬間なんてないわけで……でも多分アイツはもっと予想外の事に……って事を言いたかったんだろう。取り敢えずそんな事を頭に置いといて、僕達は時計塔の内部へと踏み入った。


「こほっ、こほっ」


 ちょっと埃っぽいせいかシルクちゃんが可愛らしく咳をする。中は真っ暗。普段から開放されてる場所でもないんだろう。シルクちゃんが魔法で灯りを灯して中を把握する。一階部分は別段何かあるって訳でもないようだ。
 時計塔だから内部は歯車とかでぎっちりなイメージがあったんだけど、そうじゃないらしい。寧ろ荷物置き場みたいに箱が積まれてる。中央にはでっかい柱がある。これは上の方まで貫通してるんだろうか?


「この柱が要の奴かな?」


 バシバシ叩きながら言ってみる。デカイし頑丈そうだし、これっぽいけど。これを叩き折ればこの建物自体がぐしゃっといくんだろうか? 


「取り敢えず他にめぼしい物もないし、これでいいんじゃない」
「よし、じゃあ行くぞ」


 僕達は柱を取り囲んで武器を構える。


「おっと、その前に」


 僕は日鞠の奴に貰ってた紙切れを柱に押し付ける。すると緑色の線が染み出すように髪から放たれてそれが柱––そして建物全体に広がった様に見えた。でもそれだけだ。見た目的な変化は別に見えない。
 紙切れはヒラリと床に落ちる。元から紙切れだったけど……これで良かったのかな? 紙自体にも変化が見えないから判断しづらいな。でも日鞠が間違う訳はない。それだけは絶対だ。だからきっとこれでいいんだろう。
 僕達は柱から一定の距離を取り、準備をしてる皆の輪に戻る。そのタイミングで一人輪から外れてるシルクちゃんが身体強化の魔法を掛けてくれる。力強さが増した所で僕達は視線を交わし同時にスキルを発動させて柱へと一撃を入れる。
 全方向から繰り出された攻撃。攻撃の衝撃で吹き荒れた風が収まるのを待って僕達は攻撃の有効性を確認する。今の僕達のスキル程度だと建物自体を支える柱を壊すなんておこがましい行為。けど……そこには確かに傷が刻まれてた。小さいけど、それは確かなダメージの跡。きっと日鞠の紙切れが効いてるってことなんだろう。
 システムの加護を無くしたのかどうか知らないけど、これならゴリ押しでどうにか成るかもしれない。


「このまま一気に行くわよ!!」
「おう!」
「止まりません!」
「やってやるよ!」
「やれるよ! 僕達ならね!!」


 それぞれの意思を一つに、僕達は柱を削り続ける。寒々としてた空間はいつの間にか僕達の動きで熱気を持ち、体から汗が飛んで行く。かなり削った感触がある。けど、それでも倒れない柱。どんだけ頑丈なんだよといいたい。
 けど、それでもあと少し……そう言い聞かせて体を動かすしかないんだ。


「皆には悪いけど、こういう時の最後の仕上げは斬じゃなく殴だよ!」


 そう言ったテッケンさんが両の手のグローブに青い光を宿し、それが彼の体よりも大きさを増す。確かに、こういうのの最後の仕上げ的にはああいうのの方が相応しいのかもしれない。部分的に切り刻んでも倒れないのなら、後は砕く––以外ない。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! 砕けろおおおおおおおおおお!!」


 僕達の誰よりも小さな体から繰り出される大きな拳。それは削りとった部分に突き刺さり、伝わる衝撃が柱へと亀裂を走らせる。そしてとうとう柱は僕達が削った部分だけじゃなく、その全体から砕けた。


「よし!」
「よし––じゃない! さっさと出るわよ!!」


 僕がガッツポーズしてると、皆はさっさと外に向かって走りだしてた。余韻も何もないな。けど確かにこのまま時計塔と心中する訳にもいかないか。中心にあった柱は壊したんだ、これで多分? 倒壊するだろうからさっさと逃げるが吉。
 けど、扉の前で僕はふと立ち止まる。案外がっしりと佇んでる様な……攻撃を続けてる時はその衝撃で結構揺れてた様に感じたけど……今は別に……本当に倒れるのかこれ? それに日鞠が懸念してた何か––もなかったし。
 あっさりしすぎてる……そんな風に感じるのは僕の思い過ごしか? 


「何やってるのよ? さっさと出な––」
「セラ!?」


 伸ばした手を拒む様に扉が勝手に閉まった。力任せに押してもビクともしない。木製のドアのくせに自動的に閉まったり、鋼鉄よりも硬くなったり……これはなんだかヤバそうな空気が肌にツンツンとくるな。
 そんな事を思ってると、ドスン––と何かが落ちてきた様な音が後方で響いた。そして変な唸り声かそんなのも聞こえる。それに変に甲高い泣き声の様な声も。え? なにこれ……いつからLROホラーになったんだ? 変なうねり声よりも泣き声の方が怖いんですけど……でも振り返らない訳には行かないよな。振り返らずに死ぬわけには行かない。
 事実は受け止める事から始めるべきなんだ。これからの戦闘はたった一人……それも受け止めるべき事実。そして目の前にいる三つ首で赤黒い肌を晒した化け物と、その背に乗る時計板の頭をした変な人形的なのも事実。
 僕は剣の柄を強く握りしめる。どう見たって話し合える様な姿してない。それに肌に突き刺す殺気は間違いない。先手を撃つ––その気概で僕は一歩を踏み出す。けどそれを押し戻すかの様に三つ首のモンスターは吠えた。
 その咆哮は凄まじく、部屋全体が震える様だった。思わず僕も耳を塞いで両目を閉じてしまった。戦闘で両目を閉じるなんて愚の骨頂。次の瞬間何が起きてても不思議じゃない。かぶりつかれてたり、腹に穴が開いてたりしても文句は言えない。LROはターン制なんかじゃない。全てはシームレスに進んでいくんだ。
 だからこそ恐る恐る目を開けた。だって怖いんだもん。まあ衝撃も何もなったから無事なのは間違いなかったわけだけど……けどその光景には衝撃を受けた。


「さっきまで確かに時計塔に居たよな?」


 ボソリとそんな事を呟く。てか、呟いてしまう。そうしてしまう状況なんだ。目を閉じて開くと、そこは不思議な空間だった。空は絵の具をかき混ぜた様な状況で、床だった地面は時計盤になってる。そしてそこかしこに、歯車が突き出してたりとしてる。
 なんて言うんだろう……これはアレだな。ボスステージって奴か? LROでこんなのあんまりないけど、完全に無いわけでもない。でもこうなったら逃げる––って選択肢が摘まれた事に……時計塔の中は狭かったけど、逃げる手段を探すことは出来ただろう。
 けどこう空間事変えられたら僕達プレイヤーにはどうしようもない。


「一人でこいつを倒せってことかよ……」


 僕は集中して敵を見定める。ステータス画面の横に表される自分にとっての敵の強さ表示が見事に真っ赤っ赤なんだが……これは倒せる可能性があるのか? レベル制ではないと言っても、圧倒的な力の差を一人で覆すのは骨が折れるなんてものじゃない。
 努力だけでひっくり返せるのなら良いんだけど……そう思ってると、周りの残骸みたいな時計達から、様々な音が鳴り響く。ボーンボーンという古典的奴から、管楽器を鳴らした様な物まで様々だ。BGMのつもりなのか……それを開始の合図の様に三つ首が伸びて迫ってきた。
 目がない様に見えるけど、奴等は正確だ。音? それともあの背に乗ってる奴が? まだこの段階じゃよく分からない。取り敢えず絶望は終わりだ。覚悟を決めて僕はさっき踏みそこねた一歩を踏む。
 一番に食いついて来ようとする頭部をその一歩でかわし、二つ目の頭部は剣の側面で薙いだ。そして三つ目に焦点を絞って攻撃する。伸びてきた首の下側から二本の剣を二段階で斬りつける。皮が剥きだしなだけあって、案外訳なく攻撃が通った。斬った手応えは確かなものだった。けど……その程度じゃやっぱり止まらない。
 三つ首の化け物は僕を食べようと様々な方向から攻撃を繰り出してくる。でもそれは圧倒的に速いわけでも重いわけでも無い。今までの経験のおかげか、なんとかやり過ごせる。そして僅かな隙に攻撃をちまちまと当て続ける。
 地味だけど……今はこれしか出来ない。問題は体力が持つかだな……でもここはリアルじゃない。だから気持ちでいくらでも踏ん張りは効くさ。HPが無くなったら気持ちだけでもダメになってくるけど、まだ体力には余裕がある。それにシルクちゃんの補助魔法はまだ残ってる。どうにか、これがある内に決めたい所だ。


「しっ!」


 僕は少々強引に頭の一つを跳ね上げる。これで数秒は攻撃は二個の頭に絞られる。三つの攻撃から開放されれば、開ける場所がある。僕は一気に速度を上げて、胴体部分へと向かう。部位によってダメージの通りが違うってのがある。
 首や頭は切れるけど、そこまでダメージは蓄積されてないみたいだ。気付いたら再生されてるようだしね。それなら別の部分を狙うしか無いだろう。それに背中に乗ってるあのちっこいのも気になるしね。あのちっこいのを狙うほうがいいのかもしれない。今の所何もしてないようだけど、こういう戦闘では補助をこなすような奴を真っ先に倒すのは常套手段だ。
 だから取り敢えず反応を伺うためにも、胴体へ向かうのは正しい選択のはずだ。後ろから頭が迫るけど、追いつくことはない。両手の剣に光を宿し、まずは左側の剣を離れた位置から振るう。すると放たれた剣閃が無防備な胴体へと直撃した。そして今の攻撃で出来た傷目掛けてもう片方の剣を真っ直ぐに突き出す。これは決まればかなりのダメージになる筈だ。更に中でスキルを開放すれば尚更。失敗するわけにはいかない。
 僕は更に勢いを付けるために、力強く地面を蹴––


(足が動かない!?)


 まさにピクリとも……まるで地面に張り付いてるかのよう……


「ぐあっ!!」


 動かなくなってた足を食われて、空中に持ち上げられる。そして勢い良く振り回されて周りの時計の山へと投げ捨てられた。やっぱりそう簡単には行かないか。


「っつ……足は動く……のか」


 さっきのは一体なんだったんだ? そんな疑問も考えてる時間はない。更に追い打ちをかけるかのように三つ首が迫ってる。地面すれすれを大口を開けて迫ってくる一つの頭。途中の邪魔な障害物なんてなんのその、僕を丸呑みするためだけに突進してくる。だけどそう簡単にやられるわけには行かない。
 一撃決めたからっていい気になるなよ。僕はその攻撃を交わし、その伸びた首に剣を突き立てて地面に縫い止めてやった。更に迫ってきてた奴等を上手く交わし交わし交わし……そして一際高く出てた時計の上へと降り立つ。そこへ向けて頭が迫る。けど何かに引っ張られる様に頭は僕の眼前で口をバクバクしてる。
 気付いてないようだ。自分達の状態がどうなってるのか。僕はその場からか飛び降りて言ってやるよ。


「綺麗な結び目に出来てよかったよ」


 これで邪魔者は居ない。剣は一本になったけど、問題はないだろう。僕は地面を蹴って早く終わらせようと近づく。けど今度はずっと動かなかった胴体部分が動いた。ベタベタベタと四本足を気持ち悪く動かしてこっちに迫ってくる。
 逃げるかと思ったんだけど、そんな事はしないようだ。それならこっちは真っ向から向かいうつだけだ。背中に乗ってる奴共々真っ二つにする気持ちで行く。そのくらいじゃないとダメだろう。残った剣に僅かに操れる風とスキルを発動させる。スキルは平凡な物だ。誰もが持ってる用な初期のスキル。
 けど風は違う。僕が前のLROから引き継いだ貴重な力。顔も無く、ただ激しい音と共に迫ってくるその姿は酷く醜悪で逆に結構怖いものがある。けど丸腰には違いない。心を落ち着けて、右腰の方に持っていってる剣にすべてを託す。
 両手に力を込め、最高のタイミングで振りかぶる。


「またっ!!」


 勢い良く振りかぶった筈の剣は途中でピタリと止まってる。それはどんなに力を込めようがビクともしない。同じだ。けど……この可能性を無視してた訳じゃない!! 僕は剣の柄から手を離して、集めてた風を全て右拳に宿す。そしてその拳で僕は背中に乗ってる小さな奴を狙い撃った。


「うおおおおおらあああああああ!!」


 拳があたった瞬間、吹き荒れた風が統計板の小人を吹き飛ばした。それだけで奴はバラバラになった。下に居る化け物の方は止まらなかったけど、とりあえずこれで残り一体だ。小人が居なくなったら手を離しても空中に固定されてた剣が落ちた。
 やっぱりあの小人が何かをやってたんだろう。僕は地面に落ちた剣を取る。それと同時にキン––と甲高い音がしてもう一本の剣が空高く上がって近くにささった。前を見るとバケモノが異様に赤くなってる。それに首も復活してるし、なんだか凄くヤバそうな感じ。
 そんな風に思ってると三つ首が吠え出して、その口から更に同じ用な頭が飛び出してその長さを伸ばしてく。それにどんどん、その頭の様子が頑強そうな物に変わってる。黒い鱗もついて、それに牙も。なんだか三つ首だけ別の生き物みたいになってしまった。
 少しだけ、僕は後ずさる。するとその瞬間、三つ首の口が光ったと同時に激しく地面が爆発した。


「ぐああああああああああ!?」


 激しい衝撃で吹き飛ばされる。こんな……まさか……そこまで広くもない空間でなんて攻撃してくれるんだ。こんなの反則……そんな事を思っても奴は待ってはくれない。速さもさっきの比じゃなくなった三つ首はその鱗を飛ばしながら迫ってくる。
 鱗を叩き落としつつ、なんとか交わして一撃を入れる––––けど弾かれた。硬さもさっきの比じゃんない。こんなのどうやっ––––そんな絶望に包まれる中、再び爆発と共にふっとんだ。


「くっ……そ……」


 一気にHPはレッドゾーンに突入だ。不味いぞ……一体どうすれば……今の僕には奴に攻撃を通すだけの力がない。


『弱気なんてらしくないねスオウ』
「この声、日鞠か?」


 どこからか分からないけど確かに日鞠の声が聞こえた。幻聴か? とも思ったけどどうやら違うようだ。僕の防具の隙間から人型の紙がスルリと出てきた。そしてそれは半透明な日鞠––いやこっちでは会長の姿になった。


「こんな事も出来るのか……」


 便利なスキル持ってるな。


「少しは余裕が出てきたかな? 私とスオウ、二人が組めばなんだって出来る。そうでしょ?」


 そうやっていつもよりも輝く目で敵を見据える日鞠。そんな顔されたらいつまでも寝っ転がってなんていられない。僕は力を込めて起き上がる。


「そうだな……ちゃっちゃと終わらせるか!」
「うん!」


 そうだ。不可能なんて無い。僕達はいつだってそれを可能にしてきたんだ。日鞠が居るだけで絶望はどこかへふっとんだ。

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