命改変プログラム

ファーストなサイコロ

地盤の上に

 妖しさ満点の苦十の奴が姿を消すと同時に日鞠の奴がその手を叩いて奴の呪縛を断ち切る。呪縛と言っても別に何かされた訳じゃなく、ただ空気を変える為に日鞠はそうしただけ。でも、皆が固まってり、中々ついていけなかったりしてる中、それがやれるのは大したもの。
 日鞠の奴はブレないからな。


「今は苦十ちゃんの言ったことを深く考えてもしょうがないよ。戦力は増したけど、巻き返した訳じゃないからね」
「そうなのか?」


 外は相変わらず轟音が轟いてる。激しいバトルが続いてるんだろうと想像することは難しくない。どっちが優勢なのかは僕達には知り用がないんだけど、日鞠の奴にはそこら辺の情報も入ってるんだろう。今戦ってる奴等の総大将なんだから、指示とか出すにしても戦局を把握しとくのは鉄則だろうしね。
 日鞠がそういうのならその筈……


「うん、厄介な特性を持ってるみたい。スオウ達ももう気付いてると思うけど、あの黒い集団はNPCとかプレイヤーを取り込んで操ってる」
「そうみたいだな。まさか、増援に来た奴等も取り込まれてる……とかか?」


 考えてみればそれがないと考える理由はない。ほぼ無差別に取り込んで増えてるからのこの街の現状だろう。そうなると……簡単には巻き返せないよな。


「ううん、味方は取り込まれてなんかないよ。それは直ぐに考えてたからね。それぞれがフォローすることで何とかなってる。問題は敵がNPCの特性をそのまま持ってることだよ」
「NPCの特性?」


 なんだっけそれ? 僕はあんまりプレイヤーとNPCを分けて考えたことがないからよく分からない。だってLROのNPCは普通なんだもん。普通にこの世界で息づいてる。だから普段は殆ど意識なんかしない。
 確かに最初の方の時は、ウエイトレスとかカウンターに立つ人達はとっても機械的––と言うか、感情なんてない感じだったけど、途中から変わったからね。今でもプレイヤーが経営して楽するための店番的な存在のNPCなら前と同じなんだけど、町中に居る人達は全然違う。
 シクラの奴が自我を芽生えさせてから少しずつそれは広がって、世界が一度リセットされた筈なのに、それだけは変わらなかった。それってもしかしたらこの世界は……


「それって、NPCとしてシステムの加護があるってこと?」


 僕がとんでもない事を考えつこうとしてる横でセラの奴が日鞠に対して警戒心バリバリの表情を向けてそういった。自然と意識がそっちに行くよ。


「そうですね。私達プレイヤーがNPCを殺すことが出来ない訳じゃないですけど、それには色々と労力を要します。それにメリットはあまり無いですしね。プレイヤーには評判がありますし」


 日鞠の奴もセラの奴の警戒心のせいか心なしか丁寧に話してるな。セラの奴怖いもんな。わかるわかる。メイドとは思えない眼光をその目に宿してるからな。


「評判はともかく、システムの加護が続いてるわけね……だからあの強さ。いや、死ににくさかしら」
「そういうことです。システムが守ってるとなるとそれを突破するのは難しい。それに幾らLROでの活動が減ったからとはいえ、評判が地の底に落ちるのは困るんです。色々と不便出てきますしね」
「じゃあどうするつもり? このままじゃ結局のところジリ貧じゃない? それとも評判を地に落とすの覚悟でやってくれるのかしら? ある意味私達にはありがたいけど」
「セラ!」


 アギトを抱えたアイリがセラを叱る様に声を出す。確かに最大勢力を誇る『テア・レス・テレス』の評判が落ちるのは他のチームにとってはいい事なのかもしれない。でも僕達の救援にしてくれた人達に流石にそれはね……セラはほんとに鬼畜だな。冗談だろうけどさ。
 流石に本気でそんな事を言うやつじゃない––とは思ってるよ。


「私達にはこの後、一大イベントがあるので流石に今、評判を地に落とすことは無理かな〜。この世界の人達に下手に嫌われるのは得策じゃないですし。なのでこの状況を収束するにはシステムを壊すのが一番かと」


 人差し指を伸ばしてメガネの縁をクイッと上げる日鞠。メガネの奥の瞳は自信に満ち溢れてる。勝ち確定の表情か。それはなら問題ないと思うけど……


「システムって、介入するのか? どうやって? お前のスキルでか?」


 まさかリセットされた世界で再び、しかも早々にシステムへの干渉とか、それはなんだか不味いよね。システムへの干渉とか良い方向に転ぶ気しないし。そんな事を繰り返すと、いつかきっとまた皺寄せが来る。そう云うのは回避したい。


「違うよスオウ。LRO自体へのシステムへって事じゃない。この状況を作り出してるシステムを壊すってことだよ」
「なるほど。それなら確かに……」


 LROの根本のシステムに干渉するよりもずっといい。ようは原因をどうにかしようってことだろう。僕達も出来ればそれがしたかった。でも……僕達は……僕達にはその力がなかった。思ってたよりもずっと弱かったんだ。
 けど今なら……違う。今は人数も揃ってるし、なんとかなるかもしれない。てか、今度こそしないと……負けることも時には仕方ないと思う。でも、負け続ける事に慣れちゃいけない。そうだろう。LROは心を汲んでくれるんだ。だからいつだって勝ちたいって気持ちだけは必要。


「はは、俺の犠牲は役にたったって事か?」


 弱々しい声でそういったのはアギトの奴だ。アイリに肩を貸して貰いつつ立ち上がってる。見た目的な怪我はどうやらシルクちゃん治してくれたみたいだな。それなら何でわざわざアイリの肩を借りてるのか……見せつけたいのか?


「なんだよその目は? 怪我は治ってもなんかフラフラするんだよ」


 僕の視線に気付いたのかアギトのやつはそんな言い訳をする。いや、本当にフラフラするんだと思うけど……なんかちょっと羨ましいよね。あんな甲斐甲斐しくお世話して貰っちゃってさ。


「結構無理矢理な事されてたからね。それの影響かも。アギトはもう落ちた方がいいかもだよ。どんな影響あるかわからないし」
「何言ってるんだよ。安全は確保されたから戻ってきたんだろ?」


 アギトの奴は日鞠に向かって口の端を吊り上げて笑ってみせる。日鞠の奴はなんだかいつの間にか僕達よりも運営側に関わってるからな。だから今のアギトの言葉は皮肉みたいなものかな? 


「アギトも意固地だね。安全なんだからゆっくり休んでていいんだよ」
「安全な場所で無茶しないでどうするんだよ。安全じゃない時に無茶ばっかしてた奴だっているんだ。これくらい我儘でもなんでもないだろ」


 二人のそんな言葉のせいで僕に視線が刺さる。ちょっ、やめろよ。誰だよそんな傍迷惑な奴。まったく、無茶が過ぎるのも考えものだよな。うんうん。僕は一人わかった風に首を縦に振るよ。


「アイリはそれでいいのかな? 無茶してもいいの?」


 日鞠の奴は早々にアギトの説得は諦めてアイリの方へ的を移した。大切な人を使うというなかなかゲス––いや理に適ったやり方に切り替えた様だ。


「大丈夫。ちゃんと私がフォローします。ごめんね日鞠ちゃん」
「まあ、私的にはどっちでもいいんですけど。一応心配してみただけです。体裁って奴ですよ。一応友達ですしね」
「一応ってなんだよ一応って」


 不満気に唇を尖らせるアギト。そんなアギトにアイリが「照れ隠しですよ」って囁いてる。けどそれにアギトが「アイツは照れ隠しするような玉じゃない」とか失礼な事を言ってる。いや、これはアギトの方に賛同せざる得ないけどね。
 アイリはまだまだ付き合い浅いから日鞠の奴を一少女と認識してる節がある。それじゃあ日鞠という存在を理解は出来ないよ。その点、僕やアギトの奴は付き合い長いから、日鞠の事はわかってるつもりだ。
 アイツ照れ隠しなんかしないから。照れ隠しに見える事でも、日鞠の奴は計算である。何か別の理由がある––みたいなね。今回は実際、アギトにどんな影響があるのかわからないってのは本当だと思うけど。なんせ苦十の奴が出張ってるんだからな。
 それは無視できない事だよ。


「取り敢えずあんまり無茶はするなよ。苦十の奴が出てきたんだ。思いもよらない事とかしてきそうだからなアイツ」
「そこら辺の狙いは日鞠が知ってるんじゃないのか? 何か掴んだんだろ? 俺の中身を調べて」


 中身を調べてって……なんかヤラシイなおい。まあデータなんだろうけどさ。でも確かに苦十の奴も日鞠が得た何かを奪う為に出張って来てた様だし、日鞠は何かを掴んでるんじゃないか? この事態の対策以外にもさ。
 よくよく考えたら、既に死のリスクが消えたLROで、最大勢力の兵隊を動かしてまでここに来た理由が、僕を助けるためとか……胡散臭い気もするしな。でも前の時はかなり心配かけたし、死にはしなくても、力があるのなら日鞠なら駆けつけるか––とも思うんだよね。
 打算や策略は得意な奴だけど、だからって誰かを貶めたり、不幸にしたい訳じゃない。こいつはいつだって誰かの為に動く奴だ。僕の事も本気で心配して、そしてもっと大きな事を見てるのかも。


「そうだね〜でもアギトを支配してた力の流れ程度しかわからないよ。重要なのは苦十ちゃんに取られちゃったし」
「あの時、一体何を盗られたんだ?」


 実はずっと気になったんだ。一体何があって、何を盗られたのか。わざわざ苦十の奴が出張ってくるくらいの物って事だからな。


「う〜ん、なんて言えばいいのかな? 違和感のあるもの?」
「それでわかるか」


 いやマジで。違和感を感じれと? 無理だよ。そもそも僕達はシステムを可視化なんか出来ないんだよ。元がわからない物にどうやって違和感を感じれというのか。


「なんだか溶け合ってなかったコードみたいな。もしかしたら他の敵にもあるかもだし、そんなに気にしなくてもいいよ。それよりも今この状況の打破が最優先」
「まあ、今はそれでいい」


 なんだか日鞠は説明する気なさそうだし、こいつもそれを見つけた直後に盗られたからよく分かってないのかも。苦十の奴はそれが狙いだったんだろう。でも日鞠が言うように他の奴にもソレがあるのか––多分無いような気がするな。
 いや、ただの勘なんだけど……アイツ実は僕達に姿を見せたかったんじゃ? なんだかそんな気もするんだよね。だからこそアギトに重要な何かを仕込んでた。それが本当に重要で意味があるものなのかは指して重要ではない。一瞬なんだ、そう言う風に思わせる為の物でも実はいい。
 もしかしたら重要かもしれないし、結局の所僕達は今の段階ではそれに結論を付けることは出来ないんだしね。
 だからこそ、これ以上苦十の事を考えるのは時間の無駄だろう。外ではずっとバトルは続いてるんだ。それにオウラさん達の事も気になる。もしかしたらだけど、日鞠の奴なら、そっちにも手を回してるかもしれないな。


「なあセツリ達の方の状況はわかるか?」
「ああ、あっちなら無事だよ。至って平和な状況だったよ」
「そっか……」


 ずっと気になってたからな。でも、こうなると逆になんか不安というか怪しいというか……どうして敵側は手を出さないんだ? 何か理由があるんだろうけど不気味だな。


「取り敢えず向こうが無事なら、こっちに集中出来ていいじゃないですか。え〜と日鞠さん? 会長さん? どっちで呼べばいいのかな?」


 シルクちゃんが日鞠を見て首をひねる。僕達は普通に日鞠言ってたけど、名前の表示は会長だからな。知り合いである僕達は日鞠と普通に呼べるけど、シルクちゃんはリアルでは面識ないし、日鞠と呼ぶのは憚られるんだろう。
 だからといって、ここで会長呼びも浮く感じだしね。


「別に私的にはどっちでもいいんですけど、ルールに則るなら会長ですかね。てかスオウ達もここでは会長って呼んでよね」
「今更だな。それにリアルでも会長なんて呼んでないのに……」


 そもそもなんで肩書が名前なんだよ。違和感バリバリなんだけど。


「会長とかなんだか偉そうでムカつくわね」
「あはは、ごめんなさい」


 セラの嫌味にもアッケラカンと返す日鞠。でも確かに会長とかなんだか知らない奴が聞いたら、おいおいどんな大物だよ……と勘違いしそうだよね。普通の奴なら、その時点で名前負けしちゃうだろう。けど日鞠の奴は既にその名を表してしまってる。
 どうせリアルで生徒会長だからとか安易な理由なんだろうけど、既に会長的位置にいるからな。名は体を表すとはこの事か。


「ちっ、でどうすればいいの? 策があるんでしょう?」
「はい、勿論。この街には広大な地下がある。それと地上に連動した建物がある。地下は流れを、地上の建物はその発信装置みたいな物です。だから流れを断ち、一つでいいから建物を破壊します。それで一応はこの状況は収まるはずです」
「なるほど……けどそれなら建物だけ壊すってのはだめなのか? 実際地下はかなり広そうだったぞ」


 暗闇であんまり見えてはなかったんだかけどさ……直ぐに死んだし。けど街を網羅するとなるとやっぱりかなりの広さのはずだ。その流れを断ち切るって簡単な事じゃない。それなら地上にある建物を壊すほうが手っ取り早い気がするけど。


「別に地下に行く必要なんてないよスオウ。流れを止めるだけだもん。落盤でもさせとけば十分。こういうのはその形が大事なんだよ。殆どのプレイヤーが気にしてないけど、魔法陣にだって意味はあるからね。
 そこを知らぬ間に改竄されてたら大変な事になるんだよ」
「なるほどね。正しい発動には正しい陣が必要って訳か。でもそれなら、奴等が孤児院を狙ってるのはなんでだ? 既に発動してるだろ?」
「あそこは例外的なものなんじゃないのかな? 他の建物に比べて作られたのも新しいし」
「後付された何かって事か……」


 その何かがわかれば、領主の狙いも見えてきそうだな。でも今はこの事態の収拾が先だ。


「どこを壊すとかお前ならもう見つけてるんだろ? どう動けばいい?」
「落盤は仲間に頼むよ。スオウ達は近くの時計台を破壊して。街のシンボルみたいな建物だけど、あれが一番破壊しやすそうだからね」
「わかった」


 僕達は頷いて行動を開始する。早くこんな悪夢みたいな状況終わらせないとな!!

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