命改変プログラム

ファーストなサイコロ

拍手と琥珀

 パチパチとまばらにも聞こえる拍手と歓声。子供達の輝いた目。足を止めてくれた人達は軒並み満足してくれた顔をしてる。それは肉眼ではなく、人形を通しての視界だけど、不思議と普段の視界とは違う物が見える……様な気がする。
 拍手をくれる人達はどこか淡い光が包まれてる様な。観てくれたのは数十人程度。それは人類の数……いや、日本の人口……それもデカすぎるか? この街の人口の家の数%でしかないだろう。けど、それでも満足感はあった。それはきっと皆が楽しんでくれたと、そうわかるからだろう。


「スオウ、お疲れ様」


 舞台裏でリーフィアから意識を引きずりあげると、そんな声が聞こえてきた。リーフィアを頭から取って、そっちを見ると日鞠の奴がやりきったみたいな顔で微笑んでる。レンズの向こうの瞳を細めて笑ってる日鞠を見ると、ちょっと位頭痛があっても、許せる気がしてくる。
 てな訳で、僕も「お疲れ」と言ってやる。日鞠の奴は別段頭痛そうにとかはしてないな……頭良い奴はこういう事も余裕なのか? けど日鞠の事だからな……こいつが普通じゃないだけって可能性の方が高い。


「ん」
「うん?」


 何か手を頭上に上げてこっちを見てくる日鞠。それはつまり、成功を分かち合おうって事だろう。まあ気持ち的には既に分かち合ってるんだけど、態度で示せと。取り敢えず僕は周りが恥ずかしかったけど、こういう出し物後ではどこか許される気がするから、日鞠に向かって手を伸ばした。けどこの野郎、あろうことか僕の手をかわしやがった。


「おい……」


 やめろよそういうの。すっごく恥ずかしいだろ。ただでさえ、舞台裏の注目が集まってるってのに、意地悪とかしないでマジで。僕が結構ノリノリで手を出したのが余計に恥ずかしいじゃないか。


「ごめんごめん、でもスオウ私達だけでやっても意味ないよ」


 そう言って日鞠の視線は側に居たもう一人へと移動する。するとその人は驚いた様にこういった。


「わ、私もかしら?」
「勿論ですよ。主役じゃないですか」
「でも……若い人達の行動には……」
「大丈夫、手を上げてください」


 そんな言葉を受けて、お婆さんはその皺が刻まれた手を頭上の少し前に。日鞠は不満に満たされてた、僕にいつもの、いつも通りの視線を向けてくる。この野郎、全然悪かったなんて思ってないな。けど、確かにお婆さんを除け者になんか出来るわけもない。だってこの人形劇は彼女の物語だから。僕達は最後の最後にちょっとだけ手を課しただけ。ただのそれだけなんだ。
 そんな僕達が、一番の功労者であるお婆さんを差し置いてさも自分たちの手柄の様には喜べない。そう言う事だ。だから僕は日鞠とともにお婆さんの手を目指して一緒にその手を伸ばす。そして––




––パアン!




 次の演劇の為に騒々しい舞台裏だから、その音は実際僕達にしか分からない程に細やかなものだっただろう。けどそれでも十分だった。一つの舞台をやりきった。その絆は年齢の垣根なんか飛び越えて確認できた。


「会長、次の演劇でちょっと問題が」
「わかった、直ぐに行くよ」


 生徒会の娘に呼ばれた日鞠の奴は足早に次に行こうとする。日鞠は主催側だからな。一つの演目が終わった所で日鞠の役割が終了する訳じゃない。このイベントが滞り無く進行して、そして終了する––その時まで、日鞠は働き詰めだろう。ご苦労なこって。
 そんな日鞠と対照的に僕の役割はこれで本当に終わりだろう。僕はヒラだからね。しかも生徒会だけど、生徒会メンバーとは行動を共にしてないし、それは良くは思われてないけど、咎められることもない。どっちも歩み寄ってないからね。


「それじゃあもう行きますね。この後はゆっくりと会場内を回ったりしたらどうですか? 緊張ももうないでしょうしね」
「それもそうだけど、この足だからね」
「そこはほら、スオウが居ますし」
「は?」


 おい、何言ってくれんのこいつ? 僕はさっさと帰りたいんですけど。


「どうせもう暇でしょ? 丁度いいじゃない」
「いや、あのな。僕だっていつだって暇って訳じゃ……」
「会長〜」
「うん! じゃあ後はよろしくねスオウ」


 そう言って日鞠の奴はさっさと次の仕事に向かいやがった。漂う気不味い雰囲気。お婆さんはなんだかもし訳なさそうに言ってくるよ。


「用事があるのならどうぞ。私は大丈夫ですから」


 うぐ……そんな気を使われたらなんか罪悪感が……そもそも用事なんてないしね。それに足を引きずるような様を見てると心が’痛むと言うか……


「別に少しなら……」


 僕は小さく呟くよ。折角のイベントだしね。出演者として成功もしたんだし、ご褒美位あってもいいよね。僕等は所詮お手伝い。また次の機会がないとも限らないし、その時の為の布石くらいは打っとかないとね。こういうイベントは関係者作りが大切だ。
 信頼関係? ちょっとはそういうのに貢献してやろう。


「取り敢えずそれ持ちますよ」


 バスケットをお婆さんから貰い受け扉の方へ向う。ここは体育倉庫側から出なきゃいけないから、扉が重いのだ。流石に足をくじいたお婆さんでは開けれないだろう。だから僕が先に行って開けてあげないとね。まあ勿論沢山人いるし、開けれる人に頼むことは簡単だ。
 けどここはほら、気が利く所を見せないとね。


「よっと」


 ガララ––無機質な音共にスライドして開く扉。体育館に居る人達の視線はそれぞれの展示物や、壇上で始まった演劇に行ってるようで、変に注目される事もなかった。てか一応ここ舞台裏みたいな物だし、見えないようにしとけよ……とも思う。
 扉には一応『関係者以外立入禁止』の張り紙が貼ってあるけど、セキュリティ的な意味合いないよね。地域の小規模なイベントだからまあ何か起こるとも思わないけど。起きるとしてもスリとか? でもイベント前に捕まえたしな。


(よく考えたらあのスリも予行演習でもしてたのかも?)


 でもあんな強引に取るのはただのヒッタクリであって、技術が必要そうなスリとは違うか。スリはもっと慎重にそして何気ない顔でやるもの––


「ん?」


 僕の開眼した瞳にそれは写る。それなりに人が居て、混雑してる中、普通ならきっと気づかない。多分いままでの僕なら、見逃してただろう。でも今の僕は一味違う。視界に写る全て……それを意識しなくても、僕は把握できる。
 だから普段は意識を散漫にしてるわけだけど、何かが自分の意識に引っかかったんだと思う。僕は品の良さそうなスーツを着た三十代くらいの男を視線で追う。奴はこっちが意識してることには気付いてない。それはそうだろう。体育館と言う狭い空間に人が詰まってるんだ。
 一人くらい怪しい奴が至って誰も気づかないだろう。それに格好だけなら別に怪しくないしね。


「随分人が来てるわね。これは見て回るのも大変そう……どうかしたの?」


 僕の厳しい視線に気付いたのかお婆さんがそういった。男の視線の先を追うと、舞台の方へ集まってる観客たちが見える。彼等は壇上の演目に視線を奪われてるから自分たちの荷物に無頓着な状態だ。それはまさにいいカモだろう。
 そしてその中には特徴的な車椅子に座って舞台に目を奪われてる奴が見える。隣には秋徒も居る。けど秋徒は壇上よりもスマホに夢中の様だ。二人共無防備……それを狙ってるように見える。いや、多分摂理の方。摂理は車椅子にカバン掛けてるし、車椅子の方には他にも荷物いれるスペースがある。体に触れてなきゃ、多少弄られても気付き様がないからな。
 ある意味摂理の奴は狙い目なのかもしれない。


「ちょっと待っててください」


 僕はそう言ってバスケットを床に置く。そして音を立てずに人混みに紛れていくよ。速攻で捕まえてもいいけど、こういうのは現行犯が鉄則。あてずっぽうだと思われたら暴れられるかもしれない。アイツが往生際悪かったらどの道一緒かもしれないけど、現行犯だと観念しやすく成る気がするじゃん。
 今この場には老人や子供が多いんだ。あんまり物騒な事はしくたくはない。てな訳で僕はスーツ姿の男性の後ろに張り付く。男性も摂理の後ろに……


(やるか?)


 これが日鞠の奴なら、スリなんて物を見逃す筈はない。アイツ特有の超感覚でほっといても現行犯で捕まえるだろう。けど摂理にはそんな人外的要素はない。むしろ普通よりもか弱い女子だ。誰かが守らないといけない。それが自分なのかどうか……は分からない。
 でも、少なくとも僕が放って置いていいはずはないんだ。何故なら、僕がアイツをもう一度このリアルに連れ戻したから。もしも本当の意味で「助けた」と言えるのだとしたら、それは摂理の奴が自分自身で人生ってやつをもう一度歩けるようになってから––だと思う。
 だからそれまでお節介でもなんでも、責任は果たす。自分の我儘を通した責任をね。


 何気ない動作と共に伸ばされる腕。そこには悪意も何もないような感じ。いや、実際何も感じない。この目にも、何も見えないんだ。ただ自然に、何気なくを装う……それはまさにスリのプロ。経験浅そうな奴とかなら、もっと周りを警戒して挙動不審になったり、腕をプルプルと震えたりするだろう。
 けどこいつはそんなの一切ない。迷いも恐怖もないかのようだ。自分が捕まるなんて微塵も思ってない。摂理のカバンに触れる手。手早くチャックを開けて、音もなくその中へ……この時点で十分に犯罪だろうけど、やっぱり物的証拠が欲しい所だ。
 そう思ってると、奴は徐ろに手を引き出す。けどその手には何もない。財布がなかったのか? すると奴は突如、この場から離れるように歩き出した。急いでるけど、でもあくまで自然にだ。


(バレた?)


 別段怪しい動きはしてないはず……けど奴のあの動きはそうとしか。


(もしかして仲間が居るのか?)


 その考えには至らなかった。スリとか基本的には個人でやってる物だとばかり……でもこのいきなりの行動の変化は監視の目に気付いたとしか思えない。でも奴は一番集中してる時だったはずで、こっちには視線を一度も回さなかった。
 だから奴に気づかれたとは思えない。もしも嫌な予感が全身を駆け抜けて、それに従っての行動とかなら、もうどうしようもないけどさ……でもあそこまでやっててそれはね。僕の監視に気付いたのだとしたら、それはきっと他に仲間が居たから……そう考えるのが自然ではないだろうか。


 取り敢えず僕は周りに視線を巡らせながら、スリの後を追う。向こうも不自然に見えない程度の速度で歩いてるから、そこまで急ぐ必要はない。それに現行犯ではないし、どう捕まえるか……けどこのままみすみす逃すってのもな……
 きっとどこかでまたスリをやるだろう。そしたら他の誰かが困ることになる。それは確実。ここで捕まえれば、被害は減る。


(多分、さっきスッた財布をアイツは隠し持ってる筈)


 それを見つければ奴がスリだと証明できる。スーツの癖にカバンの一つも持ってないから、多分戦利品を手元に置いとくとかあんまりしないタイプなのかもしれないけど、奴はスッた後に直ぐ摂理に狙いを定めてた。どっかに捨てるとかそんな暇はなかった筈。
 それなら、内ポケットとかに入ってる可能性は高い。もう直ぐ外だ……仲間と合流でもしてくれれば、ある意味一網打尽にするチャンス。でも何人いるかわかんないってのはあるな。そんな大人数じゃないとは思うけど。視線を周囲に走らせてそれっぽい奴を探してるけど、流石にそう簡単には分からない。僕の眼なら全員の行動を正確に把握できるけど、外に向かってるのは僕達だけじゃないし、出入りだってまだ激しい。
 この中からそれっぽいのってはね……出たとこ勝負で行くしかないか。


「あの、ちょっと–––––ってあっ!?」


 声を掛けた瞬間、地面を思い切り蹴って駆け出すスリ。こっちはまだ出入口の人混みに押されてる。タイミング的には完璧な瞬間。声を掛けたとは言っても、奴が振り返る素振りなんてなかった。それでも見計らったかの様なタイミング。やっぱり仲間が居るのは確実の様だ。しかもすぐ近く? 


(でもそんな事よりも今は––)


 混雑を抜けて、僕も直ぐに後を追うように走りだす。けど走って逃げてる間に証拠を捨てられでもしたら終わりだ。そうなったら無関係を装われる。まだ直線を走ってるからそんな事してないようだけど、一度でも視界から外れたらアウトだろう。
 そのチャンスを奴が逃すわけがない。向こうはスーツに革靴だから走るのは……と思ったらあの野郎運動靴履いてやがる。不釣り合いだろ。けど逃げる時の事も予め考えての事なのかもしれない。


「くっそ!」


 案外速い。スリなんてやってる奴なんてどうせ不健康で直ぐに追いつけると安易に思ってたけど、全然そうじゃない。このままじゃ校門から外へ逃げられる。LROなら肉体の限界とか超えれるのに!! リアルではそうも行かないよ。


(どうするどうするどうする)


 そう思ってる間にスリは校門を抜ける。校門に隔たれて見えなくなる一瞬。ここまでか……と思った時、「ぐあああ!」なる声が響く。校門に近づくと、スリが地面に伸びてた。一体何が? 側には一仕事終えたかの様に手を叩く人物が一人。


「まったくレディーにぶつかって置いて謝りもしないなんて、この国の男性はマナーと言うものがなってないデスね。天罰……いいえ、単純な罰デ〜ス」


 そんな片言の言葉はどこか聞き覚えのある声。それに流れる様な金髪。色白い肌にブルーの瞳は周りの目を引いている。僕はこいつを……知っている。


「お前……なんでここに?」
「あれれスオウ? スオウじゃないですか。お久しぶりデスね」


 白々しい。こんな白々しい挨拶があるだろうか? いや、確かに大人しく諦めてくれたなんて思っちゃなかったけど、こんなあっさり再びその姿を拝むことになろうとは思ってなかったよ。スリなんて一気に頭から飛んでって、意識は目の前の外人……クリスの奴に向けられる。


「そんな警戒しなくても良いデス。別に何かする気ないですから。ただ知り合いを迎えに来ただけデスよ」
「知り合い?」


 こいつの知り合いがこの学校に? いや、イベントに来てるって事か? 僕達の監視目的? 警戒するなと言う方が無理だろ。


「これと同じ感じの人形を持ってるグランドマザーです」


 取り出した人形はクリスを模して作られたのが一目でわかる。デフォルメされて可愛くて、なんだか見覚えのある……あれ? これってあのお婆さんの人形に似てるような? 確かあの人形は手作りだって……


「心当たり、ありそうデスね」


 そのしなやかな指を口元に持って行き、クスっと笑うクリス。僕の反応を見て楽しんでるかの様。


「お前……どういうつもりなんだ?」
「別に、方針転換デス。良くある事ですよ。どうせもうバレてるんですから、いっその事もっとも近い場所に居たほうが何かと都合もいいじゃないでしょうか。他の組織への牽制にもなるデスしね」


 もっとも近い? なにか引っかかる言葉だな。


「取り敢えずこの小悪党はあげますよ。それじゃあ私はグランドマザーを向かえに行きます。ああ、そうそう、これからよろしくお願いデス」


 人懐っこそうな笑みを向けるクリス。だけどそれに騙されちゃいけない。こいつが狙ってるのはLROの技術。そしてそれに関係してる僕や摂理の身柄でもある。気を許せばいつの間にか国外に連れだされてる……なんて事に成るかもしれない。
 そんな事は……嫌だ。


(もう、誰かの実験動物になんかは……なりたくない)


 僕は小学校の敷地に入ってくクリスの背中を見つめる。けど、取り敢えずまずは、這いつくばってでも逃げようとしてたスリを捕まえた。

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