命改変プログラム

ファーストなサイコロ

人への道

 昼休みも終わり、再び動き出す周囲。会場の設営ももう後ひと踏ん張り。食事もしたから、体力も回復したし、皆さんテキパキと仕事をこなしてく。そしてそれから一時間位が経つと会場の設営もほぼ終わる。
 冬だけどこれだけ動くと汗が滲んでくる。そして凍るような北風が火照った体の体温を急激に奪ったり……少し体を止めておくとコレなんだから、下手に上着を脱ぐとかも出来なくて厄介。ブルっと体を震わせて両腕を擦る。そして周囲に目を向けると、体育館の入口に列を成す人々が見えた。
 それは年代も性別もバラバラで、彼等は先頭据えられたテーブルにある紙に何か書いてる。それを促してるのが生徒会の人達。受付か何かだろうか? わざわざ一般人をああやって面倒取らせる意味もないしね。
 多分、このイベントに出演? とかする人達なのかも。日鞠の奴が、日の当たらない趣味を持ってる人は多いとか言ってたからな。皆さんちょっとぎこちなく、でもどこか子供みたいな目をしてる気がする。多分合ってるだろう。
 

「こんなイベントに出るとか物好きな奴らだな」
 

 いや、そもそも物好きな趣味を持ってるから出るんだろう。てか結構な人数いるぞ。どういう風に紹介するんだ? 展示物なら、展覧会みたいな感じにするんだろう。中では食べあるきしながら見て回れる様な感じに成ってたからな。
 でもあの中の全てが展示物って訳でも無いだろう。人形劇みたいに壇上を使うものもいると思う。となると時間とかシビアになるのかな?
 よく考えたら、人形劇自体どのくらいの時間使うのかとかしらないし。まあそこまで長い時間やるわけもないと思うけど……せいぜい十分程度? 他の人達もきっとそこまで長いのは無いだろう。例の演劇とダンスを組み合わせたとかの出し物がたぶん最長にで最大の物。
 けどあれは仲間が多く僕達が手伝う事は殆ど無い。あそこは舞台をやるだけあって大所帯なのだ。だから僕達生徒会のフォローは必然的に、個人や数人規模の小さな物になる。でも小さいからといって大変じゃない訳じゃない。
 いろんな事を把握するのは大変だ。けど別にそれは僕の役目じゃない。それは全てを統括する日鞠がやってくれる。今も忙しく、いろんな人達の間を行ったり来たり。長い三つ編みが揺れる姿を僕の目は自然と見つける。
 意識しなくても、何故か日鞠に目が行くんだよね。でもそれは別に特別な何かがあるとかじゃないよ。昔からの習性だ。昔は良く日鞠にくっついてたからな。外に出るのも怖かった僕は、いつだって日鞠の背中にピッタリとくっついてたからな。
 あの頃は足音とかで日鞠が来たかどうかわかったものだ。今考えるとすっげー情けないな僕。けどあの頃は……しょうがない。けどこうやって普通に暮らしてるのを感じると、あの頃が遠くの事だったと思える。
 当たり前の様に学校に行って授業を受けて……不平不満を漏らしながらも、毎日を過ごすのは、これがかけがえのない物だと知ってるから。いくら煙たがられても、ようやく得た日常って奴を僕は失いたくはない。
 

「さて、これからどうするかな」
 

 下手に何か聞くと仕事を振られそうでそれはそれで面倒だよね。そんな事を考えてると、目敏く日鞠の奴が暇そうにしてる僕を見つけたようだ。
 

「あっ、スオウ丁度良かった」
「うおおおお! すまん日鞠! なんかこう凄い尿意が来たからトイレ行ってくる!」
「あっ、ちょっとスオウ!」
 

 僕は日鞠から逃れるようにそう言って走りだした。だって完全に何か言いつけられそうな雰囲気だったもん。とりあえず速攻で日鞠の視界から外れる。けど一息ついて安心仕切った所でスマホが嫌な振動を伝えてきた。ポケットから取り出して見るとそこには『リーフィア持ってきて』とあった。
 自宅に一度帰ってまた来いと言うことか。そういえば人形を遠隔的に操作する方法があるとか言ってたもんな。それの為にリーフィアが必要なのかもしれない。でもこれで合法的に一度家に戻れる。これはラッキーだ。急ぐのも何だし、少しブラブラとして戻ろうかな。
 校舎内に入ると、ちょっとした既視感があって。ついつい窓に手を触れたりしちゃう。あの頃は高いと思ってた窓は今や低い位。広く見えてた廊下だって高校と比べれば狭く感じる。高校と違って、手洗い場が各教室の前にあるんだよね。懐かしい。
 給食の前にはここで手を洗ってたものだ。ヤンチャな奴は水をぶっかけあったりするんだよね。それによく巻き込まれてた記憶がある。歩きながら教室の中を見る。


「皆ちっちゃいな〜」


 思わずそんな声が溢れるよ。だって本当にちっちゃいんだ。五・六年になったらそろそろランドセルがきついな〜となるけど、この教室に居る子達はまさにランドセルが一番似合う子達だと言える。それもその筈、彼等は一年生なのである。ピッカピカの一年生なのだ。だからランドセルがこの地球上で一番にあってると言っても過言ではない。
 そんな子供達は廊下を横切る僕の事を興味深そうに見てる。教師はなにか訝しそうに見てる。そんなに怪しい雰囲気醸し出してるかな? 一応制服も着てるんですけど……これで怪しまれるってどうよ。イベントの手伝いで来てるって思われないの?
 なんか昔から教師への受けが悪いんだよね。まあ教師の事は置いといて、教室内はなかなか懐かしい。壁に貼ってある習字の目標とか、学級新聞みたいなのとかね。今見ると、とても机や椅子が小さく見える。


「そういえば僕が書いた奴は何故か貼りつけられなかったんだよな」


 後ろの壁の習字を見ながら僕は懐かしさを感じながらそういった。努力とか友情とか絆とか、そんな無難でキラキラな文字が下手なりに壁を彩ってる。どれにも個性って物が感じれるよね。この頃は求めなくたってそう言う物が溢れ出てる感じがある。
 どんどん大きくなってくと、それをいつの間にか忘れちゃうんだけどね。多分こういうのも高学年の方でやると、上手くはなってるんだろうけど、同じ様な字が増えてたりしそう。ある意味そういう併合的な感じが大人になる的な? ちゃんとそれぞれを知れれば、同じように見えてもやっぱり違うとはわかるんだろうけど、人がかかわれる人数には限界がある。
 それはクラス内の四十人程度でもそうだよ。その中の全員と友達な訳じゃない。ランク分けがそれぞれにある。親友的な位置の奴に同じグループとなってつるむ奴。そいつらは友達枠に入るだろう。学校内では比較的話すけど、遊びに行ったりはしない奴なんかもいる。もしかしたらその逆とかもあり得るかも。同じクラスだけど、全然喋らない奴だっている。ただのクラスメイト枠だ。まあそこにはランクはあるけどね。
 比較的話しやすいクラスメイト。時々は話すクラスメイト。名前ぐらいは知ってる奴。名前も知らない奴。とかね。四十人も居るとどうしてもそんな感じになるんだよ。けど僕の場合はもっと分かりやすいけどね。敵か……そうじゃないかだけである。




「今も書くとなるとあの頃と一緒かもしれない……それって成長してないって事なんじゃ」


 小学1年生の時に書いた文字をこの年で書くのはちょっとな……別に他の事を書くことは幾らだって出来る。けど、僕には今なお、その文字はきっとしっくりと来るんだ。いっぱい知っていっぱい変わった。でも、自分がどこを歩いてるのか、向かってるのか、それは結構曖昧だ。
 少し前までは『生きる』って事に必至になってたのにね。人は追い詰められる程に必至に成るもの。僕はまた目的とか無くしたのかも。一応やらなきゃいけないことはあるけど、生命の危機って意味では前の方が緊迫感あったからね。取り敢えず一階部分を渡りきって玄関まで辿り着く。靴は持ってきてたからそこから外に出ようかなと思ってた。
 流石に二階三階にまで上がって見るのもね……まだ授業中だからいいけど、休み時間とかになって変に注目されるのも嫌だし、ここは素早く自宅に返ってちょっとゆっくりするという選択がいいと思う。


「スオウくんスオウくん」
「はい?」


 声を掛けられて振り返ると保健室の先生が居た。ちょくちょくと体育館の方にも顔出してたけど、やっぱり暇なんだろうね。


「なんですか?」
「うふふ、随分おっきくなっちゃって……昔は女の子みたいだったのに」


 そう言ってほくそ笑む先生を見てると恥ずかしくなる。この人は他の先生と違って僕を煙たがったりしなかったんだよね。だから最初の頃は保健室に行ってたっけ。まあ直ぐに日鞠に連れだされてたけど。


「やめてくださいよ。今はもう立派な男なんです。女っぽくなんて無いです」
「そうかしら? 線は細いし、髪伸ばせばまだまだ行けると思うわよ」
「先生は僕に女装趣味に走れと言いたいんですか?」
「そういう趣味……ない?」
「ないですよ!」


 なんだろう……ちょっと昔と違うような……いや、卒業して三年以上経ってるし、それだけの時間があれば人は少しは変わるか。つまりはそう言う趣味が花開いた? みたいな。あった時からお婆さんだったから見た目的には変化はわかりづらいんだけど、好奇心は年の割に旺盛な人だったからな……何かに影響されたとしてもおかしくはない。


「なんだか変わりましたね。変な趣味まであるようで……」
「ふふ、ほら、保健室は変な子が来るところじゃない。だから自然とね」


 それは暗に僕が変な子だったと言ってるのだろうか? いや、確かに変な子だったと思うけどね。


「日鞠ちゃんは相変わらずよね。この街にいたら自然と彼女の噂は耳に届いてくるわ。小学生の時からそうだったけど、不思議な子よね」
「そんな不思議生物とずっと一緒に居るこっちはいい迷惑ですけどね」


 僕は自虐的にそう言ってため息を付く。すると今度は優しげな瞳で見つめられた。


「なんですか?」
「いえいえ、そういう君もかなりの不思議生物よね〜と思って」
「あの頃はでしょ? 今の僕は常識と社交性を身につけましたから。既に人として落ち着いてますよ」


 僕は自信を持ってそういった。けど先生は僕の全身を見回してから頭を傾けてみせる。


「そうかしら?」
「なんでですか!? どう見ても普通でしょ!!」


 あの頃とは全然違うよ。てか違う筈だよ! むしろ違ってなかったらショックだよ。既に結構ショックだし。


「確かにあの頃と比べたらずっと接しやすくはなったわね。そこは先生も嬉しいわ。でもご両親とはあのまま何でしょう?」
「あれは……両親の問題なんで」


 僕のそんな言葉に先生はちょっと悲しげな顔をするよ。先生として、出来なかった事が心残りなのかもしれない。


「子供にとって親と言うのはとても大きな存在。私達は結局他人でしかあれない。そこに踏み入る事を拒否されたらどうしようもない。けどね……私はずっと先生だから。いつだって相談には乗るわ」


 そう言って先生は紙切れを渡してくれた。そこには先生の電話番号とメールアドレスと住所があった。個人情報満載である。住所まで書く必要はあったのだろうか? たぶん行かないと思うんだけど……日鞠の奴は行ってそうだけどさ。


「え〜と、それじゃあ僕は一旦家に戻って取ってくる物があるので」
「ええ、イベント楽しみにしてるわ」


 先生は胸の前で小さく手を振ってる。それは小学生の時によく見た光景。先生は……先生だけど、よくこうやって見送ってくれた。だから玄関を出る前に振り返ってこう言うよ。


「先生……先生は僕にとってただの他人なんかじゃないですよ。日鞠だけじゃない。先生のおかげで卒業できたと思ってます」


 そう言って足早に校門まで走った。だって恥ずかしいじゃん。






「おっ、スオウどこ行ってたんだよお前?」
「ふが! ふががっ、ふがふが!」
「ちょっと家にリーフィアとりにな……って口に食べ物詰め込んで喋るな摂理」


 戻ってきた僕を目敏く見つけたのは秋徒と摂理だった。少し家でゆっくりし過ぎたか、とっくに放課後になってたようだ。高校の制服着た奴や、中学の制服来たやつ、そこらの近隣住民なんかが既に体育館の中や外にいる。
 これで既に人形劇とか始まってたら終わりだな……そんな事をを思ってると後ろからか襟首掴まれた。


「こらスオウ、どんだけゆっくりしてるのよ。直ぐにテスト始めるからね。動作は副会長と確認済みだけど、複数体の制御とかには慣れといた方がいいよ」


 日鞠の奴は僕の事を猫みたいに摘んで引きずる。そんな様子を日鞠の奴が不満そうに見ながら言うよ。


「ふがふ……ごっくん。一緒に回ろうと思ってたのに摂理ばっかりズルいよ」
「ごめんね摂理ちゃん。でも今日はスオウは私のだよ」
「誰がお前のだ。誰が」


 そんな事を言いながらも僕は素直に日鞠に付いてく。実際人形劇とかやりたくないけど、あのお婆さんの為だしな。顔出すわけでもないし、協力はするべきだろう。アシスタントが生徒会の役目だ。これでも一応生徒会の自覚はある。認めてないだけで。


 体育館の奥の方の部屋に行くと、慌ただしく動きまわる人達が多数いる。それなりの人数がいるから、生徒会が一生懸命回してるようだ。


「あれ? 人形劇って壇上でやるんだっけ?」


 そんなスペース必要なかった様な……


「普通の人形劇なら狭い範囲でいいね。そこらの隅で十分。だけど今回使う装置では大胆にそしてダイナミックに動けるからね。舞台は大きい方がいいんだよ。てなわけで早速そこで伸びてる奴を退かしてスオウとリンクさせよう」
「うお!?」


 部屋の隅でリーフィアを被ったまま悶えてるのはどうやら副会長の様だ。いったい何が? こんな機能リーフィアにあったか? てかこんなのみたら怖いんですけど……


「彼はちょっと頑張り過ぎちゃったんだよ。日鞠ちゃんをよっぽど渡したくなかったのね」


 そう言って無慈悲にも突いてるのは雨乃森先輩だ。するとそこに影の様にもう一人制服の奴が副会長を抱えた。


「先輩、副会長は自分が運びますから、他の皆を手伝ってください」
「はいはい風砂君の頼みじゃ断れないなぁ」
「変な事言わないでくださいよ」


 ふむ……なんだか怪しい雰囲気を感じる。でも僕、殆ど生徒会の奴らとは行動しないからな〜。僕が訝しむ目で見てると、風砂の奴が照れくさそうに顔を逸らす。まあいつもの反応だ。照れくさそうを除けばね。


「多分スオウなら大丈夫だと思うけど」


 そう言って日鞠の奴は隅にあった人形たちを持ってくる。そして僕にリーフィアをかぶらせた。色々と支持されたとおりに言葉を紡いで行き、変な設定を施す。更には耳ら辺にあるカバーを開けてそこに何か差し込んだ? 
「よし、じゃあいつもの通り、例の言葉いってみよー」
「例の? ダイブ・オン––か?」


 その瞬間、意識がリーフィアへと吸い込まれてく行く感覚にとらわれる。そしていつもならLROへと降り立つはず。けど今日は違った。そこは真っ白な空間で、三つの視界が小型の窓みたいなのに表示されてる。それには倒れてる僕の姿が角度が違って見えてた。


「スオウ聞こえてる? 今スオウはこの人形達と思考間ネットワークを使って直接つながってるんだよ。右手上げてみて」


 日鞠の言葉に従って右手を上げると、同時に接続してる人形全ての手が上がった……様な気がした。視界を動かしてみると確かに他の人形の手も上がってる。けど、全部同じように動いてるのか、顔を見合わせるとか出来ない。横に並んでるから、中心の奴の視界から、他を見れる感じ。


「なあこれって、意味ないんじゃ……」


 そんな事を僕は白い空間で言う。けど日鞠にはどうやら伝わってない。きっと人形には音声出力機能はないんだろう。そんな事を思ってると、何かを察したのか、人形を置いて日鞠もリーフィアをかぶる。すると声が聞こえてきた。


「これで話せるよ。私達はリーフィア同士でリンクしてるからね」
「なるほど。で、なんでお前は人形に別々の動きをさせれるんだ?」


 視界に映る日鞠が操りだした人形は全員がそれぞれ自由に動いてるかの様だ。僕のとは全然違う。どういうことなんだ一体?


「簡単だよ。複数の自分が居る感じでやるんだよ」
「わかるか!」
「まあまあ、やってみようよ」


 僕は日鞠の言うように別々の人形に意識を分けるようにして命令を与えてく。最初はこんなのとても出来るものじゃない……と思ってたけど、根気よく続けていくと、次第にコツを掴んでく。


「うんうん、なんとか複数体操れるようになってきたね」
「これ……かなり頭に負担掛かるぞ。ズキズキする」
「でも十分凄いよスオウ。副会長はいくらやっても出来なかったからね」


 それであんな状態になってたのか。でもこれ……自分がなんで出来るのか結構謎だな。ハッキリ言ってこんなのが得意な方じゃないのは確かだ。それなのに僕には出来て副会長には出来ないってのは一体……けどそんな事を考えてる暇は今は無いようだ。


「それじゃあ二人共、お願いね。あんまり無理はしないで」


 お婆さんが人形たちを見ながらそう言ってくれる。今の僕達は言葉を伝える事はできない。だから一生懸命人形を動かして「心配しないで」って伝える。ハッキリ言って僕が家でサボってたせいで練習は足りない。でもセリフとかは全てお婆さんが朗読してくれる。僕達は息を合わせて人形を動かすだけ。
 それなら……なんとかなると思う。他の奴とはきっと無理だろう。でも相手は日鞠。少しのやりとりでもそこら辺の心配はいらない。一応台本もデータで表示されてるしね。


 僕達の意識を宿した人形をバスケットに入れて、お婆さんは雨乃森先輩の手を借りて壇上へ。温かい拍手が聞こえる。そしてそれが収まった所で、静かにお婆さんは自己紹介をしてバスケットを置いた。そこでようやく僕と日鞠は動き出す。最初はぎこちなくバスケットから這い出て、それから、次第に滑らかに。驚きの声が聴こえる中、舞台に大きく広がってペコリと頭を下げる。
 そして静かに、染み入るようなお婆さんの声とともに、物語の幕が上がった。

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