命改変プログラム

ファーストなサイコロ

競争で再確認

「これと……それと……あっ、これもお願いスオウ」


 そう言って僕の腕にドサドサと書類やら紙袋やらを持たせる日鞠。両腕には既に五・六個の紙袋が下げられて、両手には数十センチに登るほどの紙の束。腕がプルプルしちゃうよ。いい労働力が出来たと思ってこれ見よがしに必要ない物まで乗せてるんじゃないんだろうな?


「おい、こんなの何のために必要なんだよ」
「色々だよ。地域のイベント何だから、必要書類だってあるの。まあそんなに大規模でも無いから、それは殆ど職員室に持ってく様だよ。その中で必要なのは台本とか、案内状とかタイムテーブルとか、後はその紙袋の装飾だね」
「今日イベントなのに、まだ飾り付けもしてないとか大丈夫なのかよ?」
「大丈夫だよ。近くの保育所や幼稚園、後は小学校とかを招くお楽しみ会みたいな物だからね」
「場所は?」
「小学校の体育館だよ」
「それって例の……」
「例っていうか、母校だけどね」


 やっぱり。小学校とかのワードを口にした時からそうじゃないかと思った。小学校とか、卒業して以来じゃん。あんまりいい思い出ないな〜。まあ僕の学校生活は大体いい思い出あんまりないんだけどね。
 逆に日鞠の奴は小・中と充実してたようだけど。


「スオウは卒業してから一度も小学校行ってないよね?」


 僕に押し付けてた書類の束を幾つか引き受けて日鞠の奴はそう言ってきた。僕は普通に頷くよ。


「じゃあビックリするかもね」
「なんだ? 校舎改築でもしたっけ?」


 ビックリする要素なんて学校にそんな無いだろ。全国に良くある白い校舎の良くある小学校だったと記憶してるけど。でもそんな校舎が改築ですっげー見た目変わってたらビックリすると思う。
 なんだかんだ言ったって、小学校は六年間すごした訳だからね。中学、高校がそれぞれ三年間なんだから、二つ合わせた期間を小学校では過ごしてるんだ。だからそこまでいい思い出がなくても、それなりに積み重ねた物はきっとある。
 このご時世だけど、廃校とかになったと聞かされたりしたら、ちょっとはやっぱり寂しいと思うだろう。


「そうじゃないよ。そうじゃなくてね……ふふ、やっぱりこれは自分で感じたほうがいいかな?」
「なんだよそれ。勿体つけずに教えろよ」
「まあまあ、直ぐにわかるよ。取り敢えず職員室によって、残りの荷物を届けるために小学校まで行くからね」


 日鞠は何やら上機嫌にそう言って生徒会室を後にする。しょうがないから僕もそれに続くよ。廊下には誰も居ない。当たり前と言えば当たり前。今は授業中だからね。一番近い教室から、少しだけ教師の声が漏れてくる。
 けどそっちには行かずに僕達は向かいの扉を目指す。そこが職員室だからね。僕なんかは職員室に入るとき、ちょっと身構えたりするわけだけど、日鞠の奴は全然そんな事無く入ってく。そして日鞠の姿を見た先生達が集まってくる始末。
 どういう事だよ。いや、いつも通りだけどさ。先生達は日鞠の事頼り過ぎだと思う。授業内容から、行事事まで、生徒会に一存してるのはどうかと。お陰で変なイベントが増えてたりする。日鞠は計画性あるようでないようで、けどやっぱりあったんだ……的な奴だからな。


「あら、君もいたのか? サボリか? ん?」


 そして何故か僕を見てくる目が日鞠の時とは全然違う。ジャージ姿の体育教師が僕を敵意を持った目で睨んでるよ。こいつ嫌いなんだよね。男子と女子で明らかに態度が違う。他にも教頭とか、手が空いてる人達がギロギロと……僕に対して敵意あり過ぎだろこいつら。


「違いますよ。スオウには放課後のイベントの準備を手伝って貰ってるんです。今日の授業の分は後で私が補完しておきますので心配しないでください」
「日鞠ちゃんがそういうなら」
「うんうん、彼女がそう言うなら心配ない」


 日鞠がそう言うとあっという間に丸くなる教師たち。ホント教師って信用出来ないよね。だから僕は教師が嫌いです。そりゃあ僕があからさまな不良なら、この態度でも納得できるよ。悪ぶってるのなら、そう言う対応してもらった方が良いだろう。
 寧ろ悪ぶってる癖に普通の真面目な生徒と同じ扱いを求める悪とかダサすぎだろ……と思う。けど僕は違うよ。別に不良を演じてるわけでもない、普通の生徒A的な位置なのに……この扱い。納得出来ない。
 普通にしてるだけなのに、内申点が最低付近とかおかしいと思う。ホントPTAに抗議したほうがいいのかもしれない。けど自分でその点数を見れる訳でもなし、言ったところでどうにもなりそうにないんだけどね。


 取り敢えず奥の教頭の机に書類を置いて、僕はさっさと職員室から出るよ。長居しても気持ちいい場所じゃないからね。生徒にとって基本教師は敵なのだ。日鞠の奴は直ぐには出てこれなさそうだから、誰も居ない廊下で待つことに。授業中だから空っぽに感じる。皆が教室で教科書とノートを広げて真面目にやってる中、それ以外の空間はなんだか空虚に感じるよ。そしてそんな所に居る僕はちょっと罪悪感。でも授業をサボれたことはラッキーと思う。
 日鞠の手伝いという免罪符がなかったら完璧サボりだし、さっきの体育教師のいうことも間違っちゃ居なかったな。そう思ってると日鞠が丁寧に頭を下げて職員室から出てきた。そして僕に向かってこう言うよ。


「スオウ、早く。これは課外授業だよ」
「お前いつも自由にやれていいよな。羨ましい」


 素直にそう思う。今度は正面玄関へと足早に行く。上履きを下駄箱に閉まって革靴に履き替えてる日鞠。授業なんて出席自由だし、そもそも学校への出席自体が自由みたいな待遇だ。それだけ信用されてるって事なんだろうけど……かったるい授業を受けなくていいだけで羨ましい。


「そう? でも色んな勉強してるよ。机の前に座ってるか、行動するかの違いだよ。学生の本分は勉強だからね」
「僕もそっちの方が合ってると思うんだけどな?」
「確かにスオウの場合はそうかもね。けどなかなか難しいよ。特にスオウは素行不良だし」
「いやいや、僕は至って真面目な優良生徒だろ。嫌な扱い受けてるのに毎日学校に通って、授業も真面目に受けてるんだぞ。素行不良なら既に引きニートに成ってるぞ」
「う〜ん、私は特別スオウの素行が悪いとは思わないけど、先生とかには印象悪いよね。それに特別な扱いを受けるなら、それを納得出来るだけの理由が居るよね。スオウは真面目な格好をしてるだけであって、成績とか中の下だし」


 くっ、それを言われたらどうしようもないな。でもそんなの誰でもそうだと思うんだけど。皆輪の中に溶け込む為に多少の仮面は被ってる物だろ。まあ何故か僕の場合は全然その仮面が効果を発揮しないんだけど……いや、それもこれも目の前のこいつのせいなんだけどね。
 僕も自分の下駄箱に上履きを入れて革靴を取り出す。そして靴を履き、外へ。すると思わずブルっと震えた。


「うおっ、寒!」
「風が冷たいね。でも大丈夫、この程度体動かせば直ぐに温まるよ」


 日鞠の奴はスカートの癖にヤケに元気だな。そういえばこいつが温度を口にすることはあんまりないな。寒さにも暑さにも耐性でも付いてるのか? 日鞠の場合は弱点らしい弱点がほぼ無いからな。マジで人間なのか疑問だ。
 でも昔から知ってるし、人間ではあるんだけど……こいつが人間だからちょっとこっちは劣等感半端ないと言うか……ホント学校中の奴に幼馴染なんてそんな良いものじゃないと教えてやりたいね。
 適度な距離感があるから、皆はその輝きに目を奪われると思うんだ。近くにいすぎると、逆に影が濃くなってしまうんだ。光ってのはそう言うものなんだよ。日鞠の場合は自身が光ってるから、影なんてない。純粋に眩しい奴だ。
 けど僕はそうじゃないからね。その光に当てられて、濃い影が出来てるわけだ。


「はぁ、ホントお前の光で僕の影が濃くなる一方だよ」
「なにそれ? メカブちゃんに影響でもされたの? なんだか中二病っぽいよ」
「中二病とか言うなよ。恥ずかしい」


 メカブと同類とかプライドが……あれはちょっとね。言うだけならまだしも、ファッションセンスもヤバイからな。アイツと町中歩くのは中々勇気必要なんだよね。


「ふふ、でもスオウ、小さい時は案外あんなだったけどね」
「やめろよそういうの」


 昔の事は心の奥底に封印してるんだ。あの頃はほんと普通じゃなかったからね。だから自分ではこれでも十分普通になってると思ってるんだ。まあアレだよね。メカブを見て恥ずかしいと思うのは、少しだけ自分と重ねてた所があったのかしれない。
 そしてなんとなく放って置けずに構うのは、ああいうのがどういう目で見られるのを知ってるから……でも流石にあの大きさに成長してまでやってるって事はもう何かが吹っ切れてるんだと思うけどね。


「よ〜し、じゃあ走ろうか?」
「はあ? マジで言ってんのお前?」
「寒いんでしょ? それなら走るのが一番」
「着込めよ。コートとかマフラーとか手袋とかあるだろ」
「じゃあ一回教室戻る?」
「うぐ……それは……」


 それ言われるとちょっとな。そうなんだ……着こむ物は全部教室なんだ。超戻りづらい教室だよ。今頃きっと日鞠を出汁にサボったって思われてる事だろう。そんな所に戻るのは針の筵。


「私は生徒会に置いてるからそれでもいいけど?」
「よし、久々に競争でもやるか? 負けたほうがジュース奢りな」
「スオウ財布持ってるの?」
「ふふ、勝てばいいだけだ。そして単純な足の速さならお前にだって負けない」


 そもそも日鞠スカートだしな。膝丈だからミニって訳じゃないけど、流石に全力疾走は出来ないだろう。技術的な事が絡むと大抵負かされるが、こういう単純な勝負なら勝算もある。それにマジで財布はないし。これも教室のカバンの中だ。
 てな訳で負けるという選択肢はない。


「別に勝負の内容はそれでもいいよ。けど財布がないスオウが相手じゃ、報酬は不満だな。得られないじゃない。だからちゃんと与えられる物にしてもらおうかな?」
「なんだよその与えられる物って?」
「ふふ、それは秘密かな? 私が勝てば嫌でもわかるよ」
「つまり僕が勝てば何も問題ないって事だろ。まあそれでもいいよ」


 僕達は二人して校門前に立つ。取り敢えず日鞠は女としてはスペック高過ぎだからハンデなんてもってのほか。まあスカートの分があるから、紙袋は一袋だけ多く僕が持つことに成ったけど、日鞠も両手に紙袋を持ってるから、かなり走りづらいだろう。
 負ける気がしないぜ。僕は軽くジャンブしたり手首や足首を回して体を解す。一方日鞠の奴は何やら呼吸を繰り返してる。そして紙袋を両手で抱えて胸の前に持っていった。


「じゃあ行くよスオウ。小学校の場所は覚えてるよね?」
「六年間通ったんだぞ。それに近所だし、忘れる訳無いだろ」
「良かった。じゃあよ〜い、ドン! で行くからね」
「––おい、やめろよそういうの」
「よいドン!」
「––っておい!!」


 日鞠の奴は定番のトラップを仕掛けて先にかけ出した。なんて奴だ。いや、日鞠の奴は案外正々堂々でもずる賢い事をやったりもするんだよね。まあ可愛い物が殆どなんだけど……けど、このリードは中々に厳しい。
 あいつ、忍者か? と言う走りしながらすげー早い。それでいて、スカートの流動は最小限と来てる。一体どんな走り方なんだよ。ホント何でも出来る奴だ。けどこのまま無残に負ける訳もに行かない。
 僕は紐部分を持ってた紙袋を直にがっしりと握って、無駄に揺れるのを防ぎつつ両手両足を精一杯動かす。すると一気にスピードがあがる。吐く白い気が後ろに素早く流れて、脈動を強めた体からは汗が染み出てくる。
 既に寒さはない。走りだすと一気に体が熱くなった。あっという間に日鞠の背中に追いつく。真っ直ぐ走り続けてるけど、あと少しで信号に差し掛かる。丁度青になってる。けどこの距離は微妙。赤で止まるのは致命的だ。
 すると更に一段階加速する日鞠。日鞠の三つ編みが激しく揺れて目障りだ。点滅しだす信号。けどなんとか滑りこんで僕達は信号を渡って、左側に曲がる。まばらに居る通行人を風の様によけて、僕達は更に拮抗する。そして一気に路地裏に。庭みたいな物。考えてることは同じだった。のんびりしてた猫とかがビックリして毛を逆立てて威嚇してたりもするけど、一瞥して走り去る。日鞠は「ごめんね」と呟いた様に聞こえた。そして路地から左右を確認して飛び出す。スピードはゆるめてない。
 日鞠は右、僕は左を確認してるから問題ないんだ。こういう所では幼馴染だからこそ互いにフォローできる。誰かに迷惑なんて掛けたくないからね。そして再び通行人を避けて、信号を渡る。 そして更に裏路地へと入る。けど久々に通ったら案外狭い。
 体が大きくなった僕達じゃ追い越すことが出来ない。だからか、日鞠の奴が余裕を見せてペースを落す。


「ここから後半戦だね。スオウ、諦めた方がいいんじゃないかな?」
「馬鹿な事を言うなよ。本番はこれからだろ」


 もう後少し。まだ勝つチャンスはある。僕は裏路地から出ると一気に飛び出すよ。ここで初めて僕が前に出る。駄菓子屋を過ぎて、まだあった小さな文房具店も過ぎる。何故か学校の近くにはあるんだよね。


「げっ」


 前方でトラックが二台向かい合ってる。一般車ならなんとか通れなくもない道幅だけど、流石にトラックともなるとどっちかが下がらないと行けない状況。これは流石に止まるしか無いか……そう思ってたけど日鞠はスピードを落とさずにバックしてくるトラックに突っ込んでいく。そして塀と手前の電柱を使って塀の上に上がってトラックをやり過ごす。アイツやっぱり忍者だろ。僕も急いで後を追うよ。
 塀の上に登ると既に日鞠は道路に下りて角を曲がってた。このままじゃ不味い。僕は急いで後を追う。最後は歩道橋を渡ればもう直ぐだ。日鞠の奴は歩道橋の直ぐ手前。不味いぞ……僕は道路の前を後ろを確認する。こうなったら道路を横断するしか勝ち目が……交通ルールを守るという約束はしてないし、別に……


「スオウ!!」


 緊迫した声。道路から目を外して前を見ると、歩道橋の階段でお婆さんを支える日鞠の姿。そしてなんだか似合わないバックを抱えて敵意むき出しにこっちに走ってくる男が一人。これはアレか? ひったくりか!! 僕は気を引き締めてソイツに向かう。


「どけえええええええ!!」


 そう言って棍棒みたいな物を取り出して振り回すひったくり。こんな物まで用意してるとはなんとも用心深い奴。その割には顔隠してないけど。無造作に振り回される棍棒は厄介。けど、僕の目にはその軌道がハッキリと見えてる。僕は紙袋を道路に放り捨てて、犯人が振り下ろして伸びきった腕を左手で抑えこんで、空いてる右手で鳩尾を強打した。
 その瞬間、声にならない声を上げて体を丸めたから、抑えこんでた腕を捻って、背中に回る。これでもう抵抗も出来ないだろう。ちょっと締め上げれば激痛が犯人を襲う。


「スオウ、やったね」
「お婆さんは?」


 日鞠の視線を追うと、そこにはお婆さんとそれを支えるおじいさんが居た。夫婦なのだろう。


「無事みたいだな」
「うん、良かったよ。私が頼んだのに怪我とかさせたら申し訳ないからね」
「頼んだ?」
「そう、イベントでね。出し物してもらうんだ」


 だから小学校に行こうとしてたのね。そう思ってると、いきなり天を付かんばかりの声が響く。


「このバカヤロウがあああああ!! 何しとんのじゃああああ!! 許さんぞおお!!」


 すごい形相で近づいてくるのはおじいさんだ。その人は普段はきっと杖を付いてるんだろう。けど今は怒りのせいか、それを振り回してこっちへ向かってくる。そしてバシバシとその杖で班員を叩く。
 すると犯人も怒りが湧いてきたのか毒を吐く。


「やめろよクソジジイ!! 殺すぞ!!」
「貴様なんぞに殺されて死ぬか!! 自分が何をやったか思い知ればいいんじゃ!!」


 僕は取り敢えず手首を強めに捻って、犯人を黙らせる。そしておじいさんには日鞠が声を掛けるよ。


「まあまあお婆さんも無事だったんだし、許せとは言いませんけど、あんまり外傷を与えるのは不味いですよ。もっと効果的に行きましょう」
「効果的じゃと?」
「ええ、例えばこうやって輪ゴムを取り出します。それを引っ張って眼球にくっつけます。そして離します」
「ぐぎゃああああああああ!!」
「ほらね。効果覿面でしょ」


 えげつない事をやるやつである。眼球を攻撃するとか拷問かよ。しっかりと瞼を閉じる犯人。それしか抵抗できないからね。けど瞼の皮膚は薄いんだよね。引っ張られたら開いてしまう。そこを攻撃されて涙目である。


「ご……ごめんなさい」


 ついにはそんな言葉が。


「もう良いですよお爺さん。私はこの通り無事なんですし。後は警察の方に任せましょう。日鞠ちゃんもありがとうね」
「いえいえ、お無事で何よりです」
「ふん、お前は甘すぎる。こういう奴は何度でも繰り返すぞ。ここらできついお灸を据えるのは今後の為じゃ」
「このクソジジイ……」


 ポツリと犯人が呟いた。あんまり反省してないようだ。実際こういう奴は何度だってやると思うんだよね。だからきついお灸は僕も賛成だな。けどそう思ってるとお巡りさんがパトカーでやって来た。下手に暴力を振るってる所は見られたくないので、開放する前に強く締めあげて殺った。
 そして耳元で、「次やったら警察にお世話に成ったほうがマシだったと教えてやる」と脅しておいた。それから事情聴取とかがあって三十分程無駄にした。結局勝負は有耶無耶で終わってしまったよ。一体日鞠の奴の要求は何だったのか……まあ分からない方が良かった気はするけどね。



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