命改変プログラム

ファーストなサイコロ

朝靄に閉ざされて

「はっはっはっ……」


 吐く息は白く、そして直ぐに後ろへと消えていく。深い青色のウインドブレーカーを羽織、朝日が昇ってない街を僕は駆けてる。ラオウさんに稽古付けて貰うようになって、地力の無さに気付いたからね。
 仮想世界でならなんとか成っちゃう体力はリアルでは地道な運動でしか強化出来ない。まあ仮想世界でも実際地道なスキル上げとかが必要な物なんだけど、プッツン来たらなんか動けちゃってたからね。
 イクシードがそう言うスキルってのもあったのかもしれないけど。とにかくリアルではそんな事は起き得ない。どんなにいい目を持ってても、それを活かすための体がヘバッてちゃ意味は無いんだ。
 けどそもそも僕は何で鍛えてるんだっけ? とも思わなくもないな。今はまた何か起こりそうな感じだから、この行動にも意味あるけど、ちょっと前までは日常は戻ってきたと思ってたんだしね。
 最初は確か、自分の変化を確かめたくてラオウさんにちょっと手合わせをお願いした……で、何故かそれが定期的になって……そうなると、自分の体力の無さが判明。いくらちゃんと見えてても、ラオウさんには一向に勝てないのはちょっと癪。
 だからこうやって走り始めたんだっけ? まさか僕自身がこんな事をするなんてね……でも朝の静かな街は走ってみると案外悪くない。空気は澄んでるし、静かな街はいつもと違って見える。日鞠が支配してるような街が、ちょっと自分の物に成ってるような? そんな事を思いながらお気に入りの音楽と走ると一日爽やかに始まってくれる気がする。


「今日も早く着いたな……」


 家に付いてスマホを確認すると、日に日に掛かる時間が短く成ってる事を確認できる。腕に付けたスマートバンドは脈とか、時間や距離とか算出してくれて色々と便利だ。走ってる時には気にならないしね。


「明日からはもうちょっと距離を長くしてもいいな。同じコースだと飽きるし。どういうルートを行くかな? 毎日登校する方は避けたいから、やっぱり反対側の道を模索するかな」


 こうやってコースを考えるのも案外楽しい。それにもっともっと小さい時はそれなりに外に出てたけど、最近はめっきり歩くとかなかったし、走ってみると色々と発見があったりする。灯台もと暗しって奴だ。
 アレだよね。観光名所とかには意外に地元の人ほど行ったことがない……みたいな。地元だから知らないことって案外いっぱいある。普通そこまで興味持てないしね。日鞠の奴は恐ろしい位に知ってそうだけど……そんな事を考えてると、朝もやの向こうから明るい光が見えた。
 そしてそれは隣の家で止まる。朝だからエンジン音とか配慮してるのかな? するとその車から日鞠の奴が降りてくる。おいおい、こんな時間に何やってるんだアイツ? そう思ってふらっと近づく。すると開いたドアをもう一度覗いて頭を下げる日鞠。するとそこで日鞠の手に重なる手が見えた。
 そして運転席に居た奴が顔を出して異様に日鞠に近づく。


(何やってんだアイツ?)


 運転席から顔を出した奴は二十歳か、そのちょっと上っぽくて、ばっちし決めた様なフワッとした髪をしてた。細身だけど、薄いシャツの下に見える体はちゃんと鍛えられてる様に見える。それに何よりもいけ好かないのが、超美形って事だ。
 おいおいどこのハリウッドだよってね。なんか中性的な感じがハーフっぽい。なんか肌白いし……背景にバラとか添えると王子様と呼べるかもしれない。取り敢えずアレは超女で遊んでるタイプだろう。日鞠、騙されてるんじゃね? 


(けど……いきなり出て行くのもな……)


 足が動かないし。覗くように見てしまったから、なんか出づらい。スマートバンドが脈の上昇を知らせるけど、黙っとけと言う感じだ。なんで運動するよりもこんなにも息苦しいんだよ。日鞠は余裕でかわして何か話してるだけ。
 別に恋人っぽい事をしてるわけじゃない。けど……朝帰りってそれだけで恋人っぽくない? 制服だし……もしかして昨日の放課後からずっと一緒だった? おい生徒会の奴等何やってんだ! 粛清しろよ!! 
 無能な奴等に文句垂れてると、車はエンジン音を控えめに吹かせて走りだしてた。そしてその車に手を振る日鞠を見てると、なんかあの車を襲撃したく成る。なにこの気持ち……まさかコレが……戦意!?


(ラオウさんが言ってた。見た瞬間にこいつは敵だ––とわかる奴が時々いると。そういう奴は大抵危険で二度目の邂逅で命のやりとりをすると。アレがそうか!!)


 今、僕の内には明確な戦意がある。間違いない。アイツは絶対に敵だろう。取り敢えず日鞠に注意を促しとくのがいいな。そう思って声を掛けようと門の方へ。けどクルッと向きを変えて歩き出した瞬間、壁に張り付いてしまう。


(おい、何やってるんだよ僕!?)


 なんで隠れる必要がある? いや、でも体が勝手に……


「なにやってるのスオウ?」
「ぬあ!!」


 いきなり顔をのぞかせた日鞠に僕はびっくりして尻もち付いた。心臓に悪すぎるだろ。


「お前……気付いてたのかよ?」
「あはは、私がスオウに気づかない訳ないよ。スオウだって私が近くに居るとピコーンってするでしょ?」
「どこのニュータイプだよそれ」


 僕はなるべくいつも通りに言葉を返す。ちょっと否定する感じにね。けど、どこか安心というか、喜んでたかもしれない。今の日鞠の言葉にさ。だからいつも通りを装うんだ。いつもは気にかけられる事をウザがってるというのに……都合いいよね人ってさ。


「そ、それで……今の奴は……てか高校生がこんな時間に帰るなんて不味いだろ?」
「心配?」


 そう言って覗きこんでくる日鞠の顔はなんとも嬉しそう。だからか、僕は素直になんか成れないよ。


「別に心配って言うか、非常識だなって事だよ。お前は大体非常識だけど、だからこそ、そういう所は常識的にやってたんじゃないのかよ?」
「えへへ、まあそうだね。こういうことはあんまりやっちゃいけないね。でも心配してくれて嬉しいよ」


 心配なんて言ってないのに、何故か日鞠の奴はご満悦だ。勝手に解釈するのやめてくれない。幼馴染みとしてだから。それにやっぱり女子だし、知らない世界とかあんまり行ってほしくないよな。
 日鞠は恵まれてるけど、だからこそ危険だってあると思うし。まあちゃんと地味子を装ってくれてるのはいいんだけどさ。それでもああいう虫が寄ってくるのは問題……って、何考えてるんだ僕は。
 これじゃあまるで、日鞠の事を独占したいみたいな……いや、特別だとは勿論思ってるんだけどね。日鞠は、僕にとっては特別だ。まあこいつの場合、色んな人の特別に成り得るって事もちゃんとわかってる。
 だからまあ……ああいう事もあるよな。僕は視線をあの野郎が握ってた日鞠の腕へ向ける。そしてちょっと強引に取ってみた。


「え? 何スオウ?」
「いや……お前ちょっと肉ついてきたんじゃね?」
「ひどーい、何それ!」


 誤魔化す為に結構酷い事を言ってしまったかも知れない。日鞠の奴はぷんすかしてる。ついついさっきの奴の感触を上書きしてやろうかと理性じゃなく本能が働きやがった。自分の独占欲がこんなに強いとはびっくりだ。


「まあなんだ……モテたいとか思ってるのなら、もっと外見とか気にした方が良いんじゃないか? いつまでもその髪型じゃな」


 くっ、思ってないことが口をついて出てくる。何したいんだよ僕!


「う〜ん、でも私十分モテモテだよ。私って個性は光り輝いてるからね」
「自分で言うかそれ?」
「ふふ、スオウ安心していいよ。別に今の人は恋人とかじゃ全然ないし。ちょっとしたお知り合いってだけだよ」
「ちょっとしたお知り合いとお前は朝帰りするんだ。へぇ〜」
「スオウなんだか小さいよ」


 呆れられた。小さいって……小さいって……なんかショック。確かにちょっと嫌味っぽく言い過ぎたけど……小さいって。そりゃあ確かにネチネチ言う権利なんか僕にはないだろうけど……けど朝帰りはやっぱりどうかと思うんだ。
 学生には学生らしいサイクルってのがあって、朝帰りなんてのは遊び呆けてる大学生とか、不倫してる親とかがやるものなんだ。よって日鞠にはなんからしくない。だから僕は小さくても、幼馴染みとして踏み込むよ。


「お前が僕を心配するように、僕だってお前を心配してるんだ。朝帰りなんて金輪際するなよ。帰れなくなったら連絡しろ。迎えに行くから。チャリで!」
「チャリって……結構遠いよ?」
「どこまでだって迎えに行ってやるっての。最近は体鍛えてるんだぞ」
「うん、そうだね。じゃあお願いしよっかな? 全く、束縛系の彼氏を持っちゃうと大変だね」
「幼馴染みだ!!」


 誰が彼氏だ! 誰が! 僕は彼氏面なんてしたことないっての。俺の女––とか恐れ多くて言えないよ。だって日鞠は束縛されるような奴じゃない。どれだけ大切だからって、狭い場所に囲っておける奴じゃない。
 それを僕は世界で一番わかってる。


「そもそも僕たちはそんな風には……」
「そうかな? 運命共同体だよ。私達は一緒に呪いを受けたんだもん。ずっと一緒なら、私達はそうなるのが普通だと思うけどな。それともスオウは私以上に好きな子居る? 摂理とか?」
「なんでそこで摂理が出るんだよ?」
「別に摂理じゃなくてもいいよ。メカブでもいいし、クラスの誰かでも、クリスでもいい。案外ラオウさんと仲いいよね。筋肉フェチだったの?」
「フェチとかじゃねーよ。ラオウさんはそもそも女性と見るのがなかなかに難しいだろ。僕の中では師匠的位置だし。クリスなんて今の時点で敵だ」
「でも物語的にはそういう敵対してる男女が〜ってのは定番だよね」
「何……そうなってほしいの?」


 僕の事を気にしてる割にはあんまり周囲の女子を気にしないよな日鞠って。摂理のために命賭けた時もそうだけど、僕がこう……揺らぐとは思ってないのか?


「私がスオウと敵対してたらそれこそ完璧だったのに……」


 ぶつぶつとそんな風に悔しがってる日鞠。敵対か……実際小さい敵対は何回もあるけど、それは可愛い感じの物だからね。本気で僕たちは互いから離れられるなんて思っちゃいない。そう……だからこそ、日鞠は僕の周りにどれだけ女の子が居ても別段気になんてしないんだ。


「後はクラスメイトは顔と名前が一致しないのばかりだからな。摂理は……圧倒的に可愛いとは思う」


 あの容姿は才能だよね。女子は可愛く生まれればそれだけで人生違うと思う。まああの容姿だからこそ、神様も釣り合い取ってるのかもしれないけどね。そう考えると素朴に可愛くて才能過多な日鞠の方が恵まれてるのかも。
 まあ、幸せは他人が決める物じゃないだろうけど。


「スオウとは釣り合い取れてないよね」
「うるさい。悪かったなイケメンじゃなくて」
「別にイケてないとは思わないけど、スオウ綺麗な顔してるしね。けど、摂理ちゃんほどに別次元に可愛いと、やっぱり相手の方も別次元じゃないとね。慎重は百八十は欲しいよね。ガチムチよりも細マッチョで、爽やかイケメンがあってると思う」
「さっきの様な奴?」


 さっきの車の奴はちょうどそんな感じだったよ。まあ更には軽薄そうな感じ受けたけどね。


「随分と嫌われちゃってるね。けどイケメンが全員軽薄って訳でもないと思うけど。もっと本質を見なきゃ駄目だよ。私達は誰しもが違うんだからね。その分、私達は分かり合ってる。理想だよね」
「お前は……本当に直ぐにそういう事を……好きって簡単にわかることなのかよ」


 ハッキリ言って、僕にはよくわからないよ。特別はまだわかるけど……その特別の好きと、恋愛の好きは違うらしいじゃん。でも結構誰にでも触れられたり、何気ない仕草ではドキッとするじゃん。それは恋の始まり? 


「わかるよ。でもそう云うのは女の子の方が敏感かもね。スオウは私の事を好きだよ。自分の気持ちが分からないのなら、私の言うことを信じてみるのもいいんじゃないのかな?」


 なに、その新手の恋人作りの手法みたいなの。こっちの気持ちおかまい無しじゃん。いや、好きと過程してのお試し付き合いみたいなの? 


「それでお前は満足なのかよ」
「ふふ、遅いか早いかの違いだよ。いずれ結婚するしね」


 すごい自信であった。頭痛くなる。けど、別段想像できない事じゃないのが怖い。一番自然にそうなりそうなんだよね。しょうがない、ここら辺でハッキリ言っておこう。
 僕は真剣な顔して日鞠を見る。すると目が合った瞬間、こっちから逸らしてしまった。


(あれ〜散々見飽きた程の顔なのに、しっかり見るとやっぱり可愛いなこいつ)


 て、いかんいかん。僕がこんなんでどうする。僕はもう一度日鞠を見る。ださい黒縁メガネの奥の大きな瞳が真っ直ぐな輝きを放ってるのがわかる。それはずっと同じ、変わらない輝き。日鞠が輝いてるから、日鞠の世界は輝いてる。


「こほん……正直いうと、僕はお前への気持ちが恋かどうかなんてわかんない。お前の事は好きだよ。誰かに取られるのとか嫌な気もする。でも家族っていう感じの方が強いっていうか……僕にとってお前は、恋人って気はしないんだよね」
「スオウはさ、私を迎えに来てくれるって言ったよね?」
「おう?」


 それがなんなの? 日鞠の奴はぐいっと近づいたと思ったら、不敵に笑って今度は距離を取って軽やかにステップを踏む。痺れるような寒さが地上を冷やし、周囲を優しく閉じる様な朝靄が僕達だけの世界を演出してる。


「私が困ってたら、何を置いても助けに来てくれる? 私の事、どこに居ても見つけてくれる?」
「なんだよ突然?」
「いいから答えてよ」
「そうだな……お前の事を傷つける奴は許さないし、僕がお前を見つけれない訳ない」
「そっか」


 断言したやったよ。それは希望とか妄想なんかじゃ決してない。僕たちは決して切れない物で繋がってる。それは忌まわしい物……だけど日鞠は……それだけじゃないって思ってるのかもしれない。
 目の前にいる幼馴染みは、とても満足気な表情を湛えて佇んでた。



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